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301 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 14:07:57.16 ID:cKc6HvOD0
早朝――。

ほとんど眠れずに朝を迎えたメンバー達は、誰が言い出したわけでもなく、自然と校舎裏に集まっていた。

川栄「今日はね、防壁作りはお休みだって。みんなで校舎の中に避難」

川栄は眠い目をこすりながら、田野に言った。

田野「そっか…何かしてれば気が紛れるんだけどな」

川栄「さすがに先輩達が戦っている間、寝てるわけにもいかないしね。あたしのヴォイドがもっと優秀だったらな…」

川栄はそう言うと、寂しそうにうつむいた。

田野「まだどんな力かわからないんですか?」

川栄「うん…。なんか銃弾?みたいなやつと、リストバンドのセットなんだけど、何に使っていいのか…」

田野の問いかけに、川栄は困ったように説明する。
すると、傍で聞いていた市川が割って入った。

市川「それならまだいいよ。変にヴォイドの力が判明すぃて、わたすぃみたいにぽんこつのヴォイドだった場合、すっごく馬鹿にされるよ」


303 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 14:09:29.59 ID:cKc6HvOD0
仲俣「ぽんこつといえば…ぱるる…」

市川「あ…」

仲俣「今日で無事に戻ってこれるかな、ぱるる…」

仲俣が不安げに呟いた。

市川「まりやぎさんも…」

竹内「由依ちゃん…」

中村「それに、中塚さんもだよね」

仲俣「わたし達…このままここでおとなしく待つ以外しか出来ないのかな…」

仲俣がぽつりとこぼす。
それに市川が噛み付いた。

市川「だってどうすぃようもないじゃない!わたすぃ達全員、意味不明のヴォイドで、役立たずなんだよ?こんなわたすぃ達にどうすぃろっていうの!」

入山「みおりん落ち着いて…」

入山が消え入りそうな声で市川をなだめる。
そう言う入山も、激しく動揺し、自分の無力さに苛立っていた。


304 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 14:10:45.02 ID:cKc6HvOD0
仲俣「ご、ごめんね。だいそれたことだとは思うの。でもね、なんかあたし達、何もしないうちから諦めているような気がして…」

竹内「……」

仲俣の言葉に、竹内は考えこんだ。
痛いところをつかれた気がした。
確かに仲俣の言ったとおり、自分は使い方がわからないからと言って、ヴォイドの可能性を探すことを諦めてしまっている。
だけど、ダンスがわからないから、劇場に立つことを諦めたりするだろうか。
わからなければ、わかるまで練習する。
絶対に劇場に立つ。
今までだってそうしてきた。
ヴォイドも同じだ。

竹内「美宥、練習する。このヴォイドを使いこなせるようになるまで、いっぱい練習すればいいんだよ」

竹内はそう言って、自身のブォイドを胸の前でぎゅっと握ってみせた。
先程前田に会って、全員ヴォイドを取り出してもらっていたのだ。

中村「美宥…」

竹内の決意はすぐさまメンバーに影響を与える。

中村「あたしもやるよ。練習」

岩田「あたしも」

こうして校舎裏に集まっていた面々は、それぞれ自分のヴォイドの力を試しはじめた。
一体どんな力が秘められているのか。
それを知るため、様々な方法を試みる。
誰も、何も不平や不満を口にするものはいなかった。
ただひたすらにヴォイドと向き合い、数時間が経過した頃――。


305 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 14:12:21.32 ID:cKc6HvOD0
竹内「美宥、なんかわかった気がする」

竹内が口を開いた。
入山が頷く。

入山「わたしも…なんとなくだけど…」

仲俣「わたしも、たぶんそうかなって思うことがある。もっと試してみないと確信はないけど」

仲俣の言葉に、中村は笑みを見せた。

中村「すごい…良かったね」

それからすぐに表情を曇らせ、うつむいた。

中村「あたしは全然駄目。どうしたらいいんだろう…」

中村は首から小さな鏡を下げている。
それが彼女のヴォイドだった。
その形状からして、戦闘タイプのヴォイドであるとは考えにくい。
ならば何かメンバーの役に立てるヴォイドであってほしいと中村は願っていた。

川栄「わたしも駄目でした。よくわかんない」

落ち込んだ様子の中村を気遣うように、川栄が告げる。
ヴォイドを役立てることが出来ない自分が、情けなくて仕方なかった。

――あたしのせいで前に篠田さんに怪我させてしまったこと…せめてあれを挽回できるくらいの力がこのヴォイドにあれば…。

川栄は未だあの日のことを引きずっていた。
そして、実は竹内に言われるより以前から密かにヴォイドを試し、その力を探ることを続けていたのだった。
しかし、未だ成果が見えない現状に、焦りを感じていた。
つい先ほどまで同じ役立たず組と思っていた竹内や入山、仲俣が自分のヴォイドの持つ力に気付きはじめたというのに、自分は一体何をやっているのだろう。

――このままで、いいのかな…。ううん、駄目だ。もっともっと努力しなきゃ。

川栄はそう思い、自分を追いこんだ。


306 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 14:13:10.44 ID:cKc6HvOD0
仲俣「あ、そろそろ朝食の時間だからみんなのとこ戻ろう。早く行かないと余計な心配かけちゃう」

仲俣がお姉さんらしくメンバーに声をかける。

川栄「だ、駄目です!」

すかさず川栄が叫んだ。

仲俣「え?」

川栄「あ、あたしはもう少しここで練習してから行きます」

仲俣「でも…」

仲俣が困ったように首をかしげる。
すると今度は中村が宣言するように言った。

中村「わたしももっと練習する!このままずっとみんなの後ろに隠れて、何も出来ないなんて嫌なの!」

中村は地面を見つめ、小さく肩を震わせた。
温厚な中村が初めて怒りを見せた瞬間。
彼女は今、自分自身の弱さに怒り、必死に戦ってそれを打ち負かそうとしているのだった。


307 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 14:14:11.74 ID:cKc6HvOD0
竹内「じゃあ美宥も一緒に練習する」

岩田「わたしも…練習します。まだ自分のヴォイドがどんなだかわからないままだし」

中村の言葉に感化されてか、残りのメンバーも練習続行を宣言しはじめた。

仲俣「しょうがないなぁ…じゃあわたしはみんながここに居る事、報告してくるよ。そうすれば心配かけずにじっくり練習できるでしょう」

中村「ありがとう」

仲俣は呆れ顔で、校舎に向かって歩き出そうとする。
しかし内心では、頼もしいチームメイト達の姿に、感動を覚えていた。

――大丈夫、わたし達はみんなやれる。必ず…先輩方のように活躍してみせるんだから…。

仲俣をそうして、小さく笑みを洩らした。
と、次の瞬間、驚きに目を見開いた。
その目標とする先輩が目の前に現れたのだ。

仲俣「あ、おはようございます」

すぐさま丁寧に頭を下げる。
ちょうど朝食の時間を知らせるため自分達を探していたという先輩に、練習のことを告げた。

――!!

その時、耳元で何かを呟かれた気がした。


308 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 14:14:48.31 ID:cKc6HvOD0
仲俣「え?どういう意味ですか?」

すぐさま聞き返す。
しかし相手は踵を返すと、立ち去ってしまった。
仲俣は呆然とその場に立ち尽くす。

――何で…。

今のは冗談?
あるいは自分達への嫌味?
それともわたしの聞き間違い?

――だってあの人がこんなこと言うわけないし…。

仲俣は混乱する頭で考える。
自分の勘違いであってほしい。
だけど、確かにそう聞こえたのだ。
耳元で呟かれた言葉。
「練習なんかしても無駄になるだけだよ。これから起きること、何もわかってないんだね…」
仲俣は妙な胸騒ぎを覚えた。

――嫌な予感がする…。


309 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 14:15:47.59 ID:cKc6HvOD0
校庭――。

前田「じゃあ、行ってくるね」

レジスタンスとの約束に合わせ、前田達は学校を後にした。

峯岸「必ず無事で帰って来てね」

前田「うん、みぃちゃん、たかみなをお願いします」

峯岸「わかった、まかせて」

篠田「あきちゃー?行くよー?」

篠田が頭上に向けて呼びかける。
上空ではすでに高城が出発の準備を整え、スタンバイしていた。
篠田の言葉に、羽ばたきで返す。
篠田はそれを確認すると、改めて自分のヴォイドを握り直した。

小嶋「あっちゃん、このヴォイド一旦元に戻してくれる?持って歩くの重たくて」

小嶋は緊張感のない声で、前田に話しかけた。


310 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 14:16:17.73 ID:cKc6HvOD0
前田「駄目。約束の場所に行くまでに襲撃されるかもしれないから、いつでも使えるように持ってて。そもそも今日のこと自体、向こうが仕掛けた罠かもしれない。警戒したほうがいいよ」

すぐさま前田は厳しい声を返す。
小嶋は不服そうに唇を尖らせた。

小嶋「ともちんのヴォイドはいいなー。軽そうで」

板野「……」

仁藤「もう時間ないですよ」

仁藤が急かすと、そこでようやく一行は出発した。
前田は先頭に、目的の場所を目指す。

――見ててね、優子。優子の仇は必ず取るよ。

前田の胸に、レジスタンスへの憎悪が燃え上がる。
もう何日も、それだけを支えに生きてきた。

――ついに、この日が来たんだ…。


312 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 14:17:34.89 ID:cKc6HvOD0
数十分後、調理室――。

阿部「水これくらいでいいですかー?」

阿部は自身のヴォイドであるホースから水を桶に移すと、河西に尋ねた。

河西「うん、ありがとう。持ってくね」

河西が駆け寄り、水の入った桶を持ち上げようとする。
しかし桶は予想以上に重たく、河西は苦笑いを浮かべた。

河西「ちょっと、多すぎちゃったかな」

阿部「あ、すみません」

秋元「ともーみ、あたしが持つよ」

すかさず秋元が救いの手を差し伸べる。
しかしそれより先に桶は田野が持ち上げていた。

河西「わぁー、すごいね!すごいね!」

河西は嬉しそうに拍手をすると、田野を賞賛した。
田野のヴォイドは怪力を発揮する。
秋元はそんな田野を見つめながら、行き場のなくなった手を静かに下ろした。

――同じグローブ型のヴォイドなのに、向こうは力仕事が出来て、あたしはただ火を放つだけ…。

他人と比べたって意味がない。
頭ではわかっている。
しかしヴォイドの力で優劣を判断されてしまう今の状況では、劣等感を持たずにいられることが難しい。
秋元は他人に嫉妬してしまう自分が、嫌で仕方なかった。

――だけど、今日でこんな生活は終わるんだ。あっちゃん達が勝利すれば、もうヴォイドなんて必要なくなる。

秋元はそう自分に言い聞かせ、動揺する心を落ち着かせようとつとめた。


314 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 14:21:33.49 ID:ieVPZnSiO
河西「さてと、お水も準備できたし、スープ作りをはじめようか。勝利を信じて、お祝いの料理だよ」

河西はそう言うと、包丁を動かしはじめた。
その傍では市川がちょこまかと動きまわり、手伝いをしている。
いつもより多めに食材を使い、出来る限り豪勢な食事を作るつもりだ。

河西「みおりん、あそこの棚からアンチョビの缶詰持って来てくれる?」

市川「はーい、わかりますぃたー」

河西に言われ、市川は棚に駆け寄る。
それから困ったように河西を振り返った。

市川「河西さーん…」

河西「?」

市川「缶詰、なくなってます。一つもありません」

河西「え?またぁ?昨日も食材がちょっと減ってたよね?」

市川「はい…」

秋元「一体誰が盗んでるの…?」

秋元は薄気味の悪さを感じて、空になった棚を見つめた。


315 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 14:23:53.26 ID:ieVPZnSiO
河西「怖いよね、ネズミかな?」

秋元「そんなことあるわけないじゃん。犯人は絶対人間だよ」

市川「え?それってやっぱり、メンバーの中に犯人がいるってことですよね?」

阿部「あ、中塚さんおはようございます」

河西「……」

秋元「……」

河西「え?」

秋元「なんでいるの?」

秋元と河西は同時に阿部のほうを振り返った。
阿部の見つめる先には、準備室へと続く扉がある。
上半分がガラスなっている扉で、中が覗けるようになっていた。
阿部はその扉に向かって頭を下げている。
そして河西達が見守る中で、ゆっくりと扉が開かれた。


317 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 14:26:47.60 ID:ieVPZnSiO
秋元「……」

河西「あ、由依ちゃん…」

阿部「あ、まりやだ」

準備室から出て来たのは、これまで探し続けていたメンバーの姿。
中塚は憔悴しきった顔でうつむき、横山は怯えた表情を浮かべている。
そしてそんな横山に支えられるようにして、永尾は小さく会釈をした。

秋元「なんでここにいるの?みんな今までどれだけ3人のことを探したか…」

河西「ずっとここにいたの?」

市川「隠れてたんですか?あ、もすぃかすぃて、たまに食材がなくなってたのは…」

3人に次々と問われ、中塚達はおろおろと顔を見合わせた。
最初に口を開いたのは横山だった。

横山「自分の命を守るためやったら、仕方ないじゃないですか!」

横山はまるで逆ギレするかのように、秋元達を睨んだ。

横山「こうしないと、前田さんから逃げられないと思ったんです。いけませんか?」

河西「逃げるって…なんで…?」

河西がおそるおそる聞き返す。

中塚「わたし…聞いちゃったんです…」

今度は中塚が、暗い声で言った。

秋元「聞いた?何を?」


318 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 14:30:11.66 ID:ieVPZnSiO
中塚「爆発があった日。あの日、爆発の衝撃で気を失っていたわたしは、目が覚めてすぐにメンバーを探して歩きました。たくさん歩き回って、やっと篠田さんと小嶋さんの姿を見つけて…うれしくて駆け寄ろうとしたら、気付いたんです。お2人を襲おうとしている…」

秋元「ロボットのことか。あれはレジスタンスのロボットで、」

中塚「知ってます。調理室でみんなが話しているのをずっとこの部屋から聞いていましたから」

中塚はそう言って、準備室の扉を指差した。

中塚「わたし怖くてその場から動けなくて、ずっと様子を窺っていることしか出来なくて。そうしたら前田さんが出て来て、ヴォイドって言うんですか?その武器でロボットを倒したんです」

河西「うん」

河西は真剣な顔で中塚の話に耳を傾ける。
中塚は一度河西に向かって頷き返すと、感情を抑えようと必死の声で続きを話した。

中塚「その後、たかみなさんも来て、4人は話しこんでいました。前田さんは篠田さんと小嶋さんからもヴォイドを取り出してみせました。そして、説明してたんです」

中塚「たかみなさん言ってました。ヴォイドを使って、レジスタンスを倒すしかないって」

秋元「そうだよ。だからみんな頑張って、今もそのレジスタンスと対決しに行ってる」

横山「駄目ですそんなの!駄目…絶対駄目…」

突然横山が叫んだ。


321 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 14:35:45.25 ID:ieVPZnSiO
秋元「ゆいはん…?」

興奮してがくがくと震えだした横山を、中塚がなだめる。
少しして横山の呼吸が落ち着くと、中塚は話を再開した。

中塚「そしてその後、わたしは聞きました。ヴォイドについての恐ろしい真実…」

河西「何を聞いたの?」

中塚「ヴォイドが壊れればその持ち主である人間も同時に…死ぬ」

河西「ひぃっ…!」

河西が小さく悲鳴を洩らす。
それきり、調理室は静まり返った。
秋元は驚愕の表情で目を見開き、市川は河西と抱き合い、涙ぐんだ。
田野と阿部はぽかんとした表情で立ち尽くしている。

中塚「それからわたしは逃げて、その途中で由依ちゃんとまりやちゃんに会ったんです。なんとか身を隠せる場所を探してこの中学校にたどり着いて、そうしたら前田さんや他のメンバーも避難してきた」

中塚「わたしは由依ちゃんとまりやちゃんにもヴォイドのことを話し、相談して、ここに隠れることにしたんです。前田さんに見つからないように。見つかれば、ヴォイドを取り出されてしまう。そうなったらあの恐ろしいロボット達と戦うはめになるかもしれない」

中塚「ヴォイドを使って戦うということは、自分の命を無防備にさらして…命を消耗しながらいつ死ぬかもしれない危険と隣合わせで戦うってことなんです。そんなこと…出来ますか?」

河西「そんな…全然知らなかったよ」

中塚「言えば、誰もヴォイドを使おうとしなくなる。だからあえてメンバーには黙ってたんじゃないですか」

秋元「……」


323 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 14:38:00.36 ID:ieVPZnSiO
横山「みなさんは前田さんに騙されてるんです。そんな簡単に前田さんに命を差し出していいんですか?前田さんはずるいです。みんなは前田さんにいいように使われているだけなんですよ!!」

そこでまたしても横山が叫んだ。
激しく震えだす。
横山に支えられていた永尾が苦しげにうめいた。

横山「あ、やぎしゃん…」

横山はそこで我に返り、永尾の顔を覗き込んだ。

秋元「あのさ、さっきから気になってたんだけど、まりやちゃん…具合悪いの?」

河西「うん、なんか顔が青いよ?大丈夫?座る?」

阿部「吐く?桶あるよ」

田野「あ、それ料理用の桶ですよ」

永尾「へ…平気…です…」

秋元「そんなわけないでしょ、いいから無理しないで座りなよ」

秋元は永尾に駆け寄り、肩をかそうとした。

永尾「あ、ほんとに…大丈夫、です…」

しかし永尾は抵抗する力もなく、秋元にしなだれかかる。
その瞬間、永尾の長い髪がふわりとなびいた。

阿部「あ…」

阿部が何かに気がついて、口をあんぐりとあけた。
その隣で田野が息を呑む。


324 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 14:40:12.71 ID:ieVPZnSiO
秋元「ちょっ、どうしたのこれ…」

秋元は驚きの声を上げると、思わず永尾の両肩をつかんで、自分のほうに向けさせた。
永尾は秋元の視線を避けるように、顎をずらす。
髪に隠されていた部分、永尾の右頬が露になった。
そこには魚の鱗のように、びっしりと結晶が生えている。

秋元「…キャンサー化してる…」

河西「いや…いやぁぁぁぁぁ」

秋元「どうして?発症したの?いつから?」

永尾「……」

永尾は今にも泣き出しそうな顔で唇を噛んだ。
しかし結晶化した右頬は動かせないらしく、その表情は奇妙なものとして秋元の目に映る。
秋元の中に絶望が広がった。

横山「今の河西さんみたいな反応が返ってくると思ったから、人目を避けるためもあってわたし達はずっとここに隠れてたんですよ。こんなふうになって、メンバーの前に出られますか?」

秋元「……」

横山「わたしはレジスタンスとかもうどうでもいいんです。そいつらを倒したらやぎしゃんは元の顔に戻れるんですか?そんなものと戦う暇があったら、やぎしゃんの顔が治るような治療法を見つけるほうが先だと思うんです」

横山は無表情にそういい捨てると、何も文句は言わせないとばかりに秋元から永尾を引き剥がした。

横山「前田さんはみんなのためとか言って戦ってるみたいですけど、今本当に助けを必要しているのはやぎしゃんなんですよ」


325 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 14:41:34.74 ID:ieVPZnSiO
河西「…うっ…うぅぅっ…」

とうとう河西が泣き崩れた。
河西はもう、何を信じたらいいのかわからなくなっていた。
今までヴォイドをこの生活の唯一の救いだと思っていた。
そしてそんなヴォイドを与えてくれた前田に、感謝すらしていた。
まさか自分がこれまで喜んで使っていたものが、自身の命だったとは思いもしなかった。

――怖い…。

ヴォイドについて、河西の中で再び恐怖が湧き上がる。

――それに、キャンサー化したら…。

メンバーに発症者はいなかった。
それだけで、河西は安心していた。
何の根拠もなく、みんなに発症者がいないのだから自分も大丈夫だろうと思いこんでいたのだ。
しかし今それは、ただの現実逃避に過ぎなかったのだと痛感した。
永尾は発症している。
だったら自分も、いつ発症してもおかしくないのではないか。

――あんなふうには絶対なりたくない…。

永尾には悪いが、素直にそう願った。
ヴォイド――自身の命――を使うことへの恐怖、キャンサー化への不安、そして、前田の裏切りを知って味わう絶望と怒り。
様々な感情が河西を襲う。
それは河西の許容範囲をとうに超えていた。

市川「あ、河西さん!河西さん!大丈夫ですか?すぃっかりすぃてくださいっ!」

河西はゆっくりと後方に倒れ、そして、失神した。


329 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 14:48:26.45 ID:ieVPZnSiO
一方その頃、前田達は――。

前田「見えてきた!」

学校を出てから、目的地目指してひたすら歩いた。
はじめはいくらか会話もあったが、徐々にそれも減り、ついにはみんな無言になった。
勝利を願い、信じてやまない者はごく少数で、大半は何かしらの不信感を抱いている。
しかし復讐に燃える前田を前にして、誰も胸のうちを打ち明ける者はいなかった。
前田の気持ちは痛いほどわかる。
そして自分達もまた、大島の仇を討ちたい考えている。
だけど――。
前田はちょっと焦りすぎてはいないだろうか。
物事を冷静に見ることはできているのだろうか。
我を失った状態の前田を信じていいのだろうか。
メンバーはいつしか、前田の言葉に懐疑的になっていた。
辺りの静けさが、それに拍車をかける。
こんなにもおとなしく、敵は自分達を待ち構えているものなのだろうか。
なんだか自分達は今、敵の罠の中へと足を踏み入れているような気がしてならない。
敵の思惑通りに動かされているような…。

板野「ロボットの数、少ないね」

瓦礫は片付けられ、開けた場所に数体のロボットが整列して待ち構えていた。
まだ攻撃をしかけてくる様子はない。

宮澤「で、レジスタンスの連中はどこにいるんだろう?ロボット相手ならいつもの狩りと変わらないよ」

宮澤は拍子抜けした様子で辺りを見渡す。


331 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 14:51:07.00 ID:ieVPZnSiO
篠田「まずはロボット相手に腕試しでもさせる気かな?大元が出てくるのはその後だよ」

小嶋「なんか面倒臭いね」

前田「いい?みんな気を抜かないで。先に仕掛けるよ」

前田がメンバーに合図を出す。
メンバーは一斉にヴォイドを構えた。

板野「まずい…」

が、板野が苦い顔をした。

板野「みんな一先ず退却!退却だよ!」

ヴォイドを振り回しながら板野が叫んだ。

前田「え?何言ってるともちん。これからなのに…」

板野「危ない!!」

前田が怪訝そうに訴えたと同時に板野は前田の腕を引いて地面に伏せた。
間一髪のところで、宮崎が攻撃を受け止める。

篠田「仕掛けてきたか…」

渡辺「みゃお…」

出遅れた渡辺が小さく呟いた。
その間にメンバーは身を隠す場所を探して走り回る。
相手からの攻撃がやむことはない。
そして予想を越えた破壊力である。


332 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 14:54:12.50 ID:cKc6HvOD0
前田「どうして?あのロボットの数でこの攻撃…おかしいよ!」

そう言う前田の耳元で、空気の切れる音がした。

宮崎「すみませんわたしのヴォイドだとこれ以上の防御は…」

板野「…人がいる。ロボットの後ろに大勢隠れてる。覆面をして…たぶんあの人達がレジスタンスだ」

前田「あのロボットは囮だったってこと?」

板野「うん、そして同時にあのロボットは盾の役割。レジスタンスはロボットに身を隠して、隙間から攻撃してきてる」

前田「いけそう?」

板野「わかんない。でも向こうの武器は拳銃みたいなやつだけみたい」

前田「だとしたらみんなで一気に向かえば…」

宮崎「あっちゃん!早くどうするか決めて!」

前田と板野が話している間も、宮崎は防御し続ける。
しかしひとりでは賄いきれず、銃弾はたびたび3人をかすめた。

前田「先手を取られたけど…ここでやられるわけにはいかないよ。みんないるー?!本当の相手はロボットじゃない!その後ろを狙って!」

前田が叫ぶと、あちこちからメンバーの返事が上がった。


333 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 14:54:51.57 ID:cKc6HvOD0
藤江「でもでも、どうしたらいいの?この攻撃をかいくぐるなんて無理だよ!」

藤江は完全にテンパっている。

篠田「落ち着いてれいにゃん。れいにゃんのヴォイドなら充分射程内だから」

藤江「でもわたしひとりじゃ…」

藤江は弓を持ち直した。
手には早くも嫌な汗をかいている。

前田「麻里子はロボットを全機破壊!向こうが盾となるロボットを失ったところで反撃する!」

篠田「でもどうやってあそこまで近付くの?」

渡辺「…わたし行く…!」

篠田の問いかけに、渡辺が答えた。

渡辺「わたしの盾に隠れて、ぎりぎりのところまで近づけるんじゃない?」

前田「わかった!全員まゆゆの後ろについて!前進!」

メンバーは走り出した。
レジスタンスの攻撃は止まず、何度も砂が跳ねる。
渡辺の後ろで、篠田はその華奢な背中を見つめた。

――麻友がこんなに積極的に動くなんて…。

渡辺は今、必死に盾を構え、メンバーを守っている。
その姿は頼もしく、篠田は目を見張った。

――あたしも頑張らなきゃな…。

成長した渡辺を目の当たりにし、篠田はいよいよ身を正した。

――絶対に…勝つ…!!


334 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 14:55:51.18 ID:cKc6HvOD0
走り続け、ついにレジスタンスと対峙するところまで来た。
前田が合図すると、メンバーは立ち止まり、指示を仰ぐように彼女を見る。

前田「まゆゆ?わたしが合図するまで盾を下ろさないで。もう少し近づいたところで合図するから、そうしたら一斉に攻撃開始!一気に相手を壊滅に追いやる!まゆゆとみゃお、ともちんは攻撃を避けながら退却。この作戦は最初の攻撃にかかってるから、みんなしっかりね!」

宮澤「もちろん!」

小嶋「緊張するね麻里ちゃん」

篠田「陽菜、顔笑ってるよ?」

前田「さ、行こうまゆゆ」

渡辺「わかったよ…」

渡辺がくぐもった声で返事をした。
しかしその場から動こうとしない。

前田「まゆゆ…?何やってるの?」

渡辺「……」

メンバーの見ている前で、渡辺の肩が激しく震え出す。

宮崎「大丈夫だよ。ここまで来れたんだし、いざとなったらあたしもカバーするから」

宮崎が眉を下げた。
やはり渡辺も限界か。
本番を前にして足がすくんだらしい。
メンバーは渡辺を励まそうと、その肩に手を伸ばした。
渡辺が俯く。
ツインテールが小さく揺れた。


335 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 14:56:48.07 ID:cKc6HvOD0
篠田「みんないるから。ここまでまゆゆのおかげで来れたんだよ。みんなまゆゆを信じてるから大丈夫だよ」

篠田は渡辺の背中に優しく声をかける。

篠田「だから、」

渡辺「違うの!」

突然、渡辺が金切り声を上げる。

渡辺「信じなくていいの…みんな…みんな…ごめんなさい!」

渡辺は叫ぶと同時に、盾を下ろした。
ふいを突かれたメンバーは銃弾に当たり、倒れる。
一瞬のうちに立っているのは前田と渡辺だけになった。

前田「なんで…」

渡辺「……」

前田「なんで盾を下ろしたりしたの?まだみんな攻撃の準備をしてなかったのに!こんなことしたらまともに攻撃を受けることになるってわからなかったの?あたしが合図するって…言ったじゃん…」

前田はおろおろと倒れたメンバーを見下ろした。
いつの間にか相手の攻撃は止み、辺りを静けさが包んでいる。
そんな中、渡辺はその場に立ち尽くし、感情の見えない目で前田を捉えていた。


336 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 14:57:55.42 ID:cKc6HvOD0
渡辺「大丈夫。麻酔銃だから。みんな眠ってるだけ」

渡辺が言うと、倒れているメンバーの手元が光りだし、次々とヴォイドが消失した。
意識を失っている証拠だ。

前田「ひどいよ…なんでこんなことするの…」

前田はその場に崩れ落ち、両手で顔を覆った。
予想だにしなかった出来事を前に、完全に思考が停止している。
ただ泣くしかなかった。
意識を失っている間はヴォイドを取り出すことはできない。
仮に倒れているメンバーからヴォイドを取り出せたとしても、今更自分ひとりでどうやってレジスタンスと戦うことが出来るのか。
ヴォイドを持たない前田はただのアイドル。
圧倒的に無力だった。
ついさっきまで、勝利を信じてやまなかったのに――。

――なんでこんなことになっちゃったの…なんで…。

しゃくり上げる前田を残して、渡辺が歩き出す。
迷いなく向かった先は覆面を被ったレジスタンスの場所。
覆面部隊は渡辺を当たり前のように受け入れると、倒れたメンバーに近づいてくる。

前田「やめて…来ないで!あっち行って!」

前田はばたばたと手を動かした。
しかし覆面部隊は前田の姿など見えていないかのように、淡々とメンバーを抱え上げ、そのまま連れ去ろうとする。
前田は思わずそんな覆面隊員にすがり付いていた。


337 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 14:58:31.34 ID:cKc6HvOD0
前田「やめて!連れてかないで!お願い…みんなを連れていかないで…お願いします!お願いします!」

もうなりふりなんて構っていられなかった。
今の前田に出来ることといったら、ただ頭を下げるしかない。

前田「お願い…やめてください!お願いします!」

前田にすがりつかれた覆面隊員が、忌々しげに体を揺する。
前田を振りきると、銃口を向けた。

覆面隊員「しつこいぞ!これ以上邪魔するなら撃つ!」

前田「…いいです。その代わりみんなのことは見逃してください」

覆面隊員「……」

カチャリと冷たい音が響く。
続いて額に硬いものが当たる。
銃口を突き付けられたのだ。
前田は覚悟して、目を閉じた。
覆面隊員は笑っている。
マスクの下で愉快げに。

覆面隊員「……」

いよいよ引き金を引くその時になって、一陣の風が舞い上がった。
覆面隊員の前を、空から降りてきた何かが横切った。
次の瞬間にはもう、前田の姿は消えている。
だが覆面隊員が慌てることはない。
見上げれば、遠ざかっていく2人の影を確認することができる。

覆面隊員「高城のヴォイドに救われたか…。まあいい、前田を相手にするのはボスの仕事だ…」


338 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 14:59:42.72 ID:cKc6HvOD0
中学校――。

峯岸「あっちゃん!」

中学校に戻った前田と高城を最初に見つけたのは峯岸だった。
峯岸は心配で、ずっと窓の外を気にしていたのだ。
高城に抱えられながら飛んできた前田は、ひどく混乱していた。
来ている服は汚れ、あちこちが切れてしまっている。
しかし峯岸が一番驚かされたのは、一点を見つめて何事か呟き続ける前田の様子だった。
その目は完全に正気を失っている。
一体何があったというのか。
峯岸の背中にぞわりと冷たいものが走る。

峯岸「あっちゃん何があったの?みんなは?みんなはどうしたの?あっちゃんとあきちゃだけ?」

前田「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」

峯岸「え…?」

峯岸は前田の肩を掴み、激しく揺すった。

峯岸「どうしたの?おかしいよあっちゃん。あきちゃ…?」

一向に目を合わせようとしない前田を諦め、峯岸は今度、呆然と立ち尽くす高城に説明を求めた。
高城は必死に感情を抑えながら、自分が見たことを話して聞かせる。
上空から見ていた戦いの風景と、渡辺の裏切り。
連れ去られたメンバーと、自分が咄嗟に前田を抱え上げ、死に物狂いでここまで飛び逃げてきたこと。


340 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 15:00:31.59 ID:cKc6HvOD0
峯岸「嘘…でしょ…」

すべてを知った峯岸は、唇を震わせた。
がくりと膝を落とす。

峯岸「嘘だよ…嘘だと言ってよあきちゃ!」

高城「本当なんです…」

高城が苦しげに答える。
それを聞いた瞬間、峯岸は駆け出した。

高城「あ、みぃちゃん…!」

峯岸は闇雲に校舎内を走り、そして人影のない場所までやって来ると、声を上げて号泣した。
今まで経験したことのない悲しみが彼女の心を貫いている。
連れ去られたメンバー。
前田の悲痛な姿。
失った希望。
そして、渡辺のとった行動。
すべてが暗い影となって峯岸を包む。

――まゆゆは…レジスタンスの一員だったの?

信じたくなかった。
しかし錯乱した前田の様子を尋常ではない。
峯岸は暗い現実をなんとか受け止めようと、懸命に息を整えた。


341 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 15:02:11.12 ID:cKc6HvOD0
一方その時、前田は――。

高城「あっちゃん…これからどうするの?」

峯岸が立ち去った後、高城は思いつく限りの言葉をかけ、前田を落ち着かせようとしていた。
難しい言葉はわからない。
効果的な言葉の使い方もわからない。
だから高城は、一つ一つに気持ちをこめて、前田に話しかけた。
何の計算もない高城の言葉は、いつしか前田の心の奥に響く。
高城の思いが、前田に正気を取り戻させた。

前田「ごめんね…」

高城「ううん、亜樹は大丈夫だよ」

高城に支えられ、前田は立ち上がる。
すると慌しい足音とともに、仲川が現れた。

仲川「あ、あっちゃんあきちゃお帰りー」

前田「ごんちゃん…」

仲川がいつもと変わらぬ態度で前田に抱きつく。
前田はしかし、後ろめたさから身を引いてしまった。
仲川が拍子抜けした表情で首をかしげる。
それから思い出したように、問いかけた。

仲川「あ、そういえば由依ちゃん達が言ってたんだけど、ヴォイドが壊れると持ち主も死んじゃうって本当?」


342 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 15:03:38.15 ID:cKc6HvOD0
前田「な、なんでそのこと…」

高城「あれ?由依ちゃん見つかったの?どこにいたの?」

仲川にはなんの悪意もなかった。
ただ自身の疑問を解決しようと思っただけの問いだった。
しかしその無邪気さが、かえって前田の心を締め付ける。

仲川「うん、なんか由依ちゃん達、ずっと調理室の奥の準備室に隠れてたみたいだよ。あ、それでね、今そのことで体育館が大騒ぎなの。ヴォイドが壊れると死ぬなんて嘘だよね?」

仲川「もうみんな怖がっちゃってさぁ、あっちゃん早く来て、みんなに本当のこと教えてあげてくれる?なんか泣いてる子までいて、心配だから早く安心させてあげないと」

仲川はもう一度前田に手を伸ばし、その腕を強く引いた。
前田は思わずその場に踏ん張ってしまう。

仲川「あっちゃん?」

前田「…ほんと…だよ。ヴォイドが壊れると、その持ち主は消滅する」

仲川「え?なんで今まで教えてくれなかったの?」

前田「…ごめん」

仲川「え、えぇ?やだよ遥香死にたくないよー」

前田「……」

高城「あっちゃん…」


345 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 15:04:16.73 ID:cKc6HvOD0
前田「ごめんね。本当にごめんなさい。みんな体育館に集まってるんだよね?あたし、これからみんなに本当のことを言う」

仲川「でもね、みんな今すごく混乱してて…あれ?そういえばみんなは?一緒じゃないの?」

仲川はそこでようやく状況に気がついた。

仲川「ねぇみんなは?みんなどこー?」

前田「そのことでも、みんなに伝えなきゃいけないことがあるんだ…」

前田は苦しげに顔を歪める。

高城「あっちゃん、みんなには亜樹から説明しようか?亜樹出来るよ。ずっと上から見てたもん。うまくは説明できないかもしれないけど、今はあっちゃん休んでたほうが…」

前田「いい。あたしはちゃんと本当のことをみんなに伝えなきゃいけないから」

高城の申し出を、前田はきっぱりと断る。
即座に顔を上げ、体育館へと歩き出した。
高城と仲川は無言で前田の後について行った。
覚悟を決めた前田の背中。
だが、高城は気付いてしまった。
前田の足が震えていることに――。


346 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 15:05:07.15 ID:cKc6HvOD0
体育館――。

高橋「ヴォイドの真実について、黙っていたことを謝罪します」

メンバーの騒ぎに気付いた高橋は、足の痛みに堪えながら体育館まで下りてきていた。
高橋の隣には泣き腫らした目の峯岸が、寄り添うように立っている。
今、メンバーはその2人を取り囲むようにして、説明を求めていた。

高橋「確かにクリスや由依が指摘したとおり、ヴォイドが破壊されると持ち主は消滅します。みんなが混乱しないよう、時期を見て話そうと思ってました」

河西「そんな…知ってたらあたし、絶対ヴォイドを使ったりしなかったよ」

失神から回復した河西が涙声で訴える。

大家「うちはもし知ってたら、少なくとも今より慎重に使うようにはしてたかもしれんな」

中田「うん…」

島田「あの、そのことは前田さんも知ってたんですか?」

島田が核心をついた。

内田「もし知っててみんなからヴォイドを取り出してたのなら…ずるくない?」

野中「え?わたしに聞かれても…」

内田の問いかけに、野中がうろたえる。
今は何を言っても、前田を非難しているようにしか聞こえない気がした。
野中は前田を悪者にはしたくなかったのだ。
だがそんな野中の思いとは裏腹に、メンバーの間からは次々と前田を責める言葉が上がる。
結局野中は、メンバーの手前、どっちつかずの態度を取ることしか出来なかった。


347 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 15:06:34.70 ID:cKc6HvOD0
高橋「あっちゃんにはあたしから、みんなにこのことを伏せておくよう助言したんです。悪いのはあっちゃんじゃなくあたしです」

高橋はそう言い切ると、深々と頭を下げた。
しかし一度興奮したメンバーがそれでおさまるわけもなく、ますます不満が増大する。
その矛先は高橋ではなく、やはり前田。

大場「でも、結局ヴォイドを取り出していたのは前田さんです。いくらたかみなさんから助言されたのだとしても、前田さんにはみんなに真実を伝えるべきかどうか、判断する権利があったはずです」

大場「だけど、前田さんは今までそのことをみんなに黙り、ヴォイドを取り出し続けました。やっぱり本当に責められるべきは前田さんではないでしょうか。たかみなさんは前田さんを守るため、わざと自分が悪者になろうとしているようにしかわたしには見えません」

仲俣「みなるん、言いすぎだよ…」

仲俣が止めに入る。
大場はだが毅然とした態度で前田を非難した。

大場「前田さんはわたし達を騙し、今までいいように使ってきました。少しでもわたし達の命を大切に思うのなら、こんなこと出来なかったはずです。所詮わたし達は前田さんにとって、道具でしかない。前田さんはずるいです!!」

大場の言葉が、高橋にとどめをさす。
高橋は口ごもった。
大場の意見には、口を挟む余地がない。
どうしたら、前田の思いを的確に伝えられるだろうか。
前田がどんな思いで戦うことを選んだのか。
結局のところ、その心内は本人にしか語ることができない。

横山「わたし、曖昧なのは嫌いです。ちゃんと本人の口から真相を聞きたいです」

高橋の考えを読みとったかのように、横山が発言した。
横山の隣では永尾がタオルを被り、顔を隠すようにしてうつむいている。


348 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 15:07:42.57 ID:cKc6HvOD0
高橋「……」

場違いなほど明るく穏やかな太陽の光が、窓から差し込んでいる。
それはきらきらと、体育館に舞い上がる埃を映した。
メンバーは前田への不信感を露にした表情で、ただ、その時を待っている。
そして前田がやって来た。

高橋「あっちゃん…ごめんね…」

高橋が眉を下げる。
前田は視線だけでそれに答え、メンバーの前に歩み出た。

前田「まずはじめに伝えなきゃいけないことがあります。作戦は失敗しました。あたしとあきちゃ以外のみんなは…レジスタンスに連れ去られました」

前田の言葉に、メンバーの間には衝撃が走る。

石田「そんな…れいにゃん…」

石田が俯いた。

松井珠「どうしてですか?必ず…必ず無事で帰って来るって、玲奈ちゃん達を助け出すって、約束したじゃないですか…」

珠理奈は思わず立ち上がった。
泣くのをこらえているのか、顔を強張らせている。

前田「アクシデントがあったんです。まゆゆが…」

柏木「麻友?」

前田「まゆゆはレジスタンス側の人間でした。あたし達はまゆゆの裏切りに遭い、作戦は失敗したんです。でも、今責められるのはまゆゆじゃなくてあたしですよね。ごめんなさい。ヴォイドのこと黙ってて…本当にごめんなさい!」

前田ががばりと頭を下げる。
メンバーは何か言おうとして、しかし感情ばかりが先に出て肝心の言葉が見つからない。
ただ憤りだけをぶつけるように、前田を睨んだ。


349 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 15:08:32.39 ID:cKc6HvOD0
前田「……ひっ、うぅっ…」

長いこと頭を下げ続ける前田に、峯岸が駆け寄った。
峯岸の肩を揺すられ、頭を上げた前田は、苦しげに胸を押さえ、しゃくり上げた。
そしてそのまま後ろに倒れこんでしまう。
呼吸が速い。

峯岸「まずい、過呼吸だ…!」

高橋「あっちゃん!」

前田は声を出すことが出来ないのか、激しく胸を上下させながら呻いた。
メンバーの間から秋元が飛び出す。

秋元「ちょっと横にさせたほうがいい」

秋元と峯岸に支えられ、前田は体育館から運ばれていく。
残されたメンバーは府に落ちない表情で、しかしそれ以上どうすることも出来ず、無言で膝を抱えた。

横山「うち、前田さんに言いたいことがあったのに…」

横山が消え入りそうな声で呟いたのを、北原は密かに耳にする。


350 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 15:10:25.54 ID:cKc6HvOD0
数時間後――。

永尾「心配かけてごめんね」

島田と合流した永尾は、申し訳なさそうに肩をすぼめた。

島田「いいよ。永尾が無事で本当に良かった」

そこまで言ったところで、島田は永尾の頬についた結晶を思い出し、口をつぐむ。

永尾「気にしないでよ。ひどい顔でしょ?ほんと…変…」

永尾は島田を気遣って、笑おうとした。
確かに笑おうとしたのだ。
しかし――。

――あれ…?

本人の思いとはうらはらに、涙がこぼれる。

島田「永尾…」

島田が気まずそうに目を反らした。

永尾「あのね、わたしはるぅにお願いがあるんだ…」

島田「お願い?何?」

永尾「前田さんを責めないであげてほしいの」

島田「え…?」


351 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 15:11:52.79 ID:cKc6HvOD0
永尾「知ってるよ。わたしずっと調理室でみんなが話しているのを盗み聞きしてた。わたし達がレジスタンスに攫われたと思って、みんなで探してくれてたんでしょ?たくさんたくさんロボットと戦って、なんとかわたし達を見つけようとしてくれてたんでしょ?」

島田「う、うん…」

永尾「それなのにわたし達は今日までずっと隠れてた。今日見つからなかったら、今もまだ隠れていたかもしれない」

永尾「前田さんをずるいというなら、わたし達も同罪だと思うんだ。みんなにばっかりヴォイドを使わせて戦わせて、わたし達は安全なところに隠れてたんだもん」

島田「だって永尾はその…キャンサー化してるし…」

永尾「そう。わたしはもうキャンサー化してる。このまま進行すればやがて体全体が結晶化して最後には砕け散る。すごく…怖いよ…」

島田「……」

永尾「でもね、こんな体になって気がついたこともあるんだ。命は大事だよ。そしてその命を守れるのは自分自身でしかない」

永尾「だけどね、命は温存するだけじゃなくて、どう使うかが重要なんだと思うの。はるぅ…わたしはこの命を、どう使うべきかな?わたしに出来ることはないのかな?」

島田「命を…使う…。それってヴォイドも同じってこと?」


354 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 15:16:41.11 ID:ieVPZnSiO
永尾「そう。ヴォイドをどう使い、どう守り抜くか。それは結局自分次第。取り出した前田さんは悪くないと思うの。それにこのままレジスタンスの思い通りにさせていたら、いずれみんなもわたしのようにキャンサー化することになる」

永尾「わたしはそれを食い止めたい。こんなの、わたしだけで充分だよ。みんなには辛い思いさせたくないよ。キャンサー化して死ぬか、死ぬ気でヴォイドを使うか。どっちがみんなのためになるか、はるぅはわかるよね?」

島田「そ、それは…」

永尾の言葉に、島田ははっと目を見開いた。
今この瞬間まで、失礼ながら島田は永尾のことを弱者として見ていた。
キャンサー化して、ただ死を待つしかない永尾は、しかし生きる希望を忘れてはいない。
生きるとは、どうやって命を長引かせるかではない。
どうやって命を輝かせるかなのだ。
島田は永尾からそう教えられた気がした。
そして同時に、自分はどのように命を使うべきか考えた。
だが、答えをもう出ている。
永尾は言ったではないか。
ヴォイドをどう使い、どう守り抜くか。

島田「もし次があるのなら、うちは必ずレジスタンスと戦う。そして、みんなの仇をとる。はじめから心配なんていらなかったんだ。ヴォイドを守ればいい」

島田「壊されることばかり考えて何もしないのは、自分の力を信じていないだけ。逃げてるだけ。あたしはやるよ、永尾」

島田は永尾を見つめ、強く頷いた。
永尾が満足そうに微笑む。
キャンサー化により頬は引きつっているが、それは島田がこれまで見たこともないほど、美しい笑顔だった。


356 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 15:19:54.96 ID:ieVPZnSiO
一方その頃川栄は――。

川栄「……」

――わたしに出来ることってなんだろう…。

川栄は島田と永尾の話を立ち聞きしていた。
そして、考えた。

――わたしも何かみんなのために出来ることを見つけなくちゃ。誰かのせいにして、現実から逃げていたら駄目なんだ…。

川栄はようやく自分と向き合う覚悟を決めた。
これまで犯した失態。
不甲斐ない自分。
無力な自分。
いつまでもみんなに頼ってばかりの自分。
後輩だからって、いつまでも誰かに甘えていては駄目なんだ。
自分がどうしたいか、どうするか。
きちんと自分自身で決めなければ。

――わたしは…やっぱりもう一度戦いたい。

役立たずなのはわかっている。
それでももう、現実から目を逸らさないと決めた。
島田と永尾を呼びに来た川栄だったが、2人には声をかけず、静かにその場を立ち去った。
その足取りは決意に満ちて、力強い。
川栄はそのまま誰もいない教室を見つけると、中に入った。
今日はもう誰とも話さない。
気持ちが揺るがないうちに、自分には何が出来るか見つけるんだ。
川栄はひとり考えはじめた。


357 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 15:22:16.63 ID:ieVPZnSiO
一方その頃、前田は――。

前田「みぃちゃんもういいよ。大丈夫だからみぃちゃんも休んで」

峯岸「でも、」

いつの間にか日は暮れ、薄暗くなった美術室で、前田は静かに声をかけた。
もう呼吸は落ち着いている。
今までずっと、峯岸が背中をさすってくれていたのだ。

高橋「あっちゃん、本当にごめんね。こうなったのはあたしのせいだよ」

高橋が力なく言う。

前田「ううん、たかみなのせいじゃないよ。あたしがいけないの」

高橋「そんなことない!!…つっ…」

高橋は思わず立ち上がろうとして、しかし足の痛みに顔を歪めた。

峯岸「いいからたかみな座ってて!それに今はどちらが悪いとか決めてる場合じゃないよ」

前田「……」

高橋「だけどこんな状態じゃ、みんなの協力は期待できないよ」


360 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 15:24:15.12 ID:ieVPZnSiO
前田「…もう…どうしたらいいの…」

前田は頭を抱えた。
考えなければならないことがたくさんある。
これからどうすべきか。
どうやってメンバーを救えばいいのか。
しかし、今の前田の頭に浮かぶことはただ一つしかなかった。

――ごめんね、優子…。あたし、優子の言った優しい女王にはなれなかったよ…。

信頼を失って初めて気がついた、メンバーの優しさ。

――あたしはこの力で、メンバーを守っていたんじゃんない。メンバーがあたしを守ってくれてたんだ。それなのにあたしは勘違いして、みんなにきつく当たってた…。

いくら謝ったところで、もうメンバーは戻ってきてはくれないだろう。
それだけ自分はひどいことをしてきたのだ。
ヴォイドランク制だってその一つ。
他人の個性をとやかく言って順位をつけるほど、自分は優れた人間だったろうか。
いや、そんなことはない。
手に入れた能力に傲慢になり、力でメンバーをねじ伏せようとした自分は、最低な人間だ。
周囲の冷ややかな視線に気付かず、自分で自分を祀り上げた、哀れで滑稽な女王――それがあたし。

――もし優子が生きていたら、そしてあたしと同じ能力を持っていたら、きっとこんな失敗は犯さなかった。メンバーも優子になら信じてついていっただろうな。そこがあたしと優子の大きく違う点。あたし…もう駄目だ…駄目だよ優子…。

峯岸「あっちゃん、あたし…今でもあっちゃんのことが好きだよ」

前田の苦悩を見透かしたように、峯岸が語りかけた。


362 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 15:29:17.91 ID:ieVPZnSiO
峯岸「ヴォイドのことはショックだったし、ヴォイドランク制も反対だった。でも今まであっちゃんが決めたことに誰も文句を言わず従っていたのは、すごいことだと思うの」

峯岸「みんなどこかで不満を抱えながらも、やっぱりあっちゃんを信じていたんだよ。だからこそ、信じる心が強かったぶん、今回はショックが大きかったんじゃないかな。大丈夫、どれだけ時間がかかっても、みんないつかはあっちゃんのことを許してくれるよ」

峯岸「あたしはわかる。それだけあっちゃんと一緒にいた時間が長いんだもん、あっちゃんがどれだけ不器用で一生懸命で頑固なのか、知ってるよ。あっちゃんが自分の都合だけでメンバーに嘘をついていたんじゃないって、みんなちゃんとわかってくれるよ」

峯岸「こういうのは時間が解決してくれる。だからさ、元気出してよ」

前田「みぃちゃん…」

峯岸「うん」

前田「でも、今は時間がないの。連れ去られたみんなを早く助けないと」



363 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 15:30:38.61 ID:ieVPZnSiO
峯岸「そうだったね。あたし、戦闘タイプのヴォイドを持ってる子達にかけあってみようか。ほら、あたしはさっきの体育館で矢面には立たされていないわけだから、ちょっとは聞く耳持ってもらえるんじゃないかな」

前田「ありがとうみぃちゃん。でも、いいの。そんなふうにしてみんなの自由を潰すことはもうやめにするの」

峯岸「え…でもじゃあ、これからどうするの?行くんでしょ?また戦いに」

高橋「レジスタンスの本拠地はわかったの?」

前田「ううん」

高橋「そっか…」

高橋は無念そうに肩を落とした。

前田「ごめん、ちょっとひとりで頭冷やしてくる」

前田はそう言って、ふらふらと美術室から出て行った。
そしてそれ以降、高橋と峯岸の前に姿を現さなかった。
前田は消えた。
中学校に残されたメンバーは、ぶつけようのない不満を抱え、じりじりとした時を過ごす。


364 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 15:33:01.13 ID:ieVPZnSiO
数日後――。

柏木「…はぁ…」

柏木はひとり、校舎の壁にもたれていた。
外は風が強く吹いていて、柏木の長い髪は美しくなびき、彼女の表情を隠す。
柏木はまだ、渡辺のことでショックを引きずっていた。

――麻友…どうしてみんなを裏切ったの…?

前田のことよりも、渡辺の一件のほうが今の柏木を悩ませている。

――麻友がそう簡単にみんなを裏切るわけない。きっと理由があるんだと思う。だとしたらそれに気付いてあげられなかったあたしにも責任がある。

柏木「麻友、ごめんね。もっと麻友の話、聞いてあげていれば良かったね」

柏木は姿の見えない渡辺に向け、口の中で呟いてみた。
ずっと一緒だと思っていた。
可愛い同期。
可愛いチームメイト。
そして大切な…友達。
柏木の中で、渡辺の存在は大きい。
それは裏切られた今も変わらない。


365 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 15:35:19.27 ID:ieVPZnSiO
仲谷「ゆきりん…?」

可憐な声に気付き、柏木が顔を上げると、仲谷が心配そうにこちらを見ていた。
柏木はそれまで、仲谷がそばにいることに気付いていなかった。
きっと風で足音が消されてしまったのだろう。

柏木「ん?」

柏木はなるべく平静を装って、尋ねるように目を見開いた。
仲谷はじっと柏木の顔を覗きこんでいる。

仲谷「たぶん…まゆゆ…のことだよね?ゆきりんがそんな顔になるなんて」

柏木「え?何?あたしそんな変な顔してた?」

柏木は慌てて自分の頬に両手をおく。

仲谷「うん、すごく険しい顔してたよ。いつものゆきりんじゃなかった」

柏木「あ、えーっと、ほら、風が強いからだよ」

仲谷「そう…」

柏木「なかやんは?どうしたの?あ、たなみんは一緒じゃないの?」

仲谷「たなみんは、みんなと一緒に防壁を作ってるよ」

柏木「そっか、そうだったね。あたしも手伝わなきゃ」


366 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 15:36:58.86 ID:ieVPZnSiO
メンバーは今、防壁作りを再開していた。
またいつレジスタンスが襲ってくるかわからない。
瓦礫で作った簡素な防壁でも、ないよりはましだと思った。
そして何よりも、体を動かしている間は余計なことを考えないで済む。
メンバーは現在、誰もヴォイドを所持していない。
持ち主が意識を失えばヴォイドは元に戻ってしまう。
つまり、深い眠りに落ちれば消えてしまうのだ。
これまでは毎朝前田が全員のヴォイドを取り出していたが、今は肝心の前田がいない。
前田はあの一件以来、メンバーの前から姿を消していた。
逃げたのではないか。
メンバーは前田の行動に憤りをつのらせていたが、やがてそれにも疲れてしまった。
怒りの炎を燃やし続けるには、それなりのエネルギーが必要なのだ。
そして今さら理解する。
大島の件で怒り続けていた前田の精神力は、やはり並外れていたのだと。
それだけ大島への想いが深かったのだろう。
そこだけは評価したいと、素直に思えた。

仲谷「ねぇ、あっちゃんどこに行っちゃたんだと思う?」

踵を返した柏木の背中に、仲谷が問いかけた。

柏木「わかんない。どこで…何をしているのか…」

振り向いた柏木が、深く眉を下げる。

仲谷「わたし、みんなの前では言ってないけど、本当はもうあっちゃんのこと、許してるんだ」

柏木「なかやん…」


367 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 15:39:23.31 ID:ieVPZnSiO
仲谷「だから、もしあっちゃんが現れたら言うの。わたしはあっちゃんの味方だよって。わたしのヴォイドは全然使えないし、弱い人間だけど、せめてあっちゃんの心の支えになりたい。それから、まゆゆとも会ったら、何も言わず抱きしめてあげるんだ」

仲谷「まゆゆはきっとひとりで考えすぎて、おかしくなってるだけなんだよ。本当はすごくいい子だもん。わたしやゆきりんが傍にいるってことを思い出したら、また元のまゆゆに戻ってくれるよ。元の優しいまゆゆに…」

柏木「……」

仲谷「ね?ゆきりんもそう思うでしょ?」

仲谷が笑いかける。
柏木は唇を噛んだ。

柏木「あたしは…そうは思わない」

仲谷「え…?」

柏木「なかやんは弱い人間なんかじゃない。それからまゆゆよりも…もっとずっと優しいのはなかやんだよ」

仲谷「ゆきりん…」

柏木はウインクをすると、静かに去っていった。
残された仲谷は、いつまでもその背中を見つめている。


368 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 15:44:04.66 ID:cKc6HvOD0
一方その頃、前田は――。

前田「…早くしないと…」

前田はメンバーのいる中学校から離れたところに位置するビルの中にいた。
あれ以来、ここで何をするでもなく一日を過ごしている。
焦る気持ちはあるものの、どう行動すべきかわからない。
ただ一つ決めたことは、誰にも迷惑をかけず、自分だけで決断するということ。

前田「例えばあたしがひとりで投降して、その代わりにメンバーを自由の身にしてもらうっていうのはどうかな。あたしがいなくなれば、みんなはヴォイドを使えなくなる」

前田「そのほうがレジスタンスは動きやすくなるし、みんなを攻撃する理由もなくなる。あたしがいなくなればいいんだよね。最初から、あたしなんかいなければ…」

――だけど…。

前田「たかみなはレジスタンスを倒して、みんなで生き残ろうって言ってたんだ。これだとあたしは、たかみなまで裏切ることになっちゃう…」

誰もが納得し、平穏が訪れる解決策はないものだろうか。

前田「あたしひとりで出来ること…」

何度考えても、決まって同じ着地点に落ち着く。

――あたしさえいなければ…。

そして前田が今日何度目かのため息をついたその時だった。

前田「…え…?」

突然、外から誰かの声が聞こえてくる。
いや、気付かなかっただけで声はもうずっとビルの外から響いていたのかもしれない。


369 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 15:44:56.12 ID:cKc6HvOD0
前田「誰だろう?」

前田は忍び足で窓まで近づくと、そっと外を覗き見た。
そこではひとりの少女がかけ声を上げながら、地面を転がったり、鉄パイプを振り回したりしている。
少女の幼い顔立ちには見覚えがあった。

前田「あれは確か…」

と、前田の視線に気付いたのか、少女がくるりとこちらに顔を向けた。
前田は咄嗟にしゃがみこむ。
しかし少女はその一瞬を見逃さなかった。
慌しい足音が近づいてきたかと思うと、前田の目の前に細い足が並ぶ。
前田はおそるおそる見上げた。
少女が驚愕の表情で立っている。

前田「川栄ちゃん…だっけ?」

川栄「はい。前田さん、こんなところで何やってるんですか?」

姿を見られ観念した前田は、ゆっくりと立ち上がると、気まずそうに問いかけた。

前田「川栄ちゃんこそ、何やってたの?」

川栄「わたしですか?わたしは、えーっとその…練習、してたんです…」

川栄もまた、気まずそうに答えた。

前田「練習?」


371 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 15:46:10.12 ID:cKc6HvOD0
川栄「はい。わたしのヴォイド、全然使えないじゃないですか。だったらもう、素手で戦うしかないなって。わたし、もうみんなの背中に隠れているのは嫌なんです」

川栄「わたしに出来ることは何かないかって考えて、これしか思い浮かびませんでした。次にレジスタンスと戦う時はわたしも頑張ります!」

前田「戦うって…その鉄パイプで…?」

川栄の手には錆びた鉄パイプが握られている。
こんなもので本当に戦えると思ってるのか。
これではロボットの機体に掠り傷を与えるよりも先に、鉄パイプのほうが折れてしまうだろう。

川栄「はい。わたし戦います。練習したんです。こんな武器でも、相手の隙をつけばうまく攻撃できるんじゃないですか?それにほら、受身の練習だって…」

川栄は鉄パイプを手放すと、おもむろに床を転がりはじめた。
前田は呆然とその様子を眺める。
しかしいつまでたっても川栄が転がり続けるので、さすがに止めに入った。

前田「わかったから、わかったからもういいよ川栄ちゃん。立って」

川栄「えぇ?あ、はい…」

川栄はなぜか不服そうに立ち上がる。
それから真っ直ぐに前田を見つめた。

川栄「どうでしたか?」

前田「え?今の?えーっと…」

前田は困ったように視線を泳がせる。
なんとも答えずらい質問だ。
すると川栄は悲しげに眉をひそめた。


373 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 15:47:30.56 ID:cKc6HvOD0
川栄「こんなんじゃまだ駄目ですか?わたし、一緒に戦えませんか?」

前田「一緒に戦うも何も、あたしはもうみんなを巻きこむつもりはないんだよ」

川栄「そんな…巻きこむだなんて。わたし全然そんなふうに思ってません」

前田「いいよ無理しなくても。川栄ちゃんだってあたしのこと、恨んでるんでしょ?」

川栄「恨む?何でですか?」

前田「え、だって…あたしみんなに本当のことを伝えないままヴォイドを取り出してたし…」

川栄「そんなこともう気にしてないですよ。少なくともわたしは、前田さんに感謝しています」

川栄はけろりとした顔でそう言った。

前田「感謝…?」

川栄「はい。ヴォイドをランク付けされて、最初はすごく落ち込んだけど、でもそのおかげで今のわたしがあるんです。わたし、たくさん考えました。たくさん悩みました。そして、初めて自分で答えを出しました。前に進もうって思えました」

川栄「下の位置にランク付けされているのなら、それより下はない。あとは上を目指すだけ。ヴォイドが最弱でも、それをカバーできるくらい自分自身が強くなればいいんです。努力すればいいんです」

川栄「そんなふうに考えられる自分のことを、わたしちょっとだけ好きになれました。ヴォイドランク制は前田さんがわたし達に与えてくれた試練だと思っています」

前田「川栄ちゃん…」


374 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 15:49:02.83 ID:cKc6HvOD0
川栄「だけどそうやって自分を好きになり、自分を信じられるようになるには、まずメンバーのことを信じることが大切だとわたしは思います」

前田「メンバーを…信じる…?」

川栄「そうですよ。前田さん、もっとわたし達のことを信じてくれませんか?前田さんがわたし達を信じてくれたら、きっとメンバーも前田さんのことを信じられると思います。お願いします、ひとりで考えこまないでください。もっと、メンバーを頼ってください」

前田「だけど…あたしはもうメンバーを頼らないって決めたの。これはあたしひとりで解決する。それにもう…みんなからヴォイドを取り出すことが怖いの…」

川栄「怖い?」

前田「ヴォイドを取り出す時、みんなの心があたしの中に流れこんでくる。みんなの抱える恐怖や不安、嫉妬…負の感情も全部。みんなを裏切っておきながら、そんな個人的な感情まで覗き見るなんてフェアじゃないでしょう」

川栄「前田さん…」

川栄はそこで深呼吸すると、前田の手を掴んだ。
素早く自分の胸元に持っていく。

前田「駄目、川栄ちゃん!」

慌てて前田は手を引こうとした。
しかし川栄の力は案外強い。
身動きができないまま、前田は川栄を睨んだ。

前田「あたしが触れたら、ヴォイドを取り出されちゃうんだよ?」


375 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 15:50:41.69 ID:cKc6HvOD0
川栄「いいです。あたし、前田さんが好きですから。信じてますから。ヴォイドを取り出される時、ちょっと怖いけど、取り出されるわたしのほうにも伝わるんです。前田さんの怒り…悲しみ…」

川栄「そしてそういうのがわかると、なんかうまく言えないんですけど、安心するんですよ。あぁ、前田さんもわたし達の同じ。悩んで怒って泣いて、普通の女の子なんだなぁって。そして前田さんと分かり合えた気がしてくるんです」

川栄「大島さんの件以来、前田さんから伝わってくる感情は怒りばかりだった。それがすごく辛かった。でも、今なら大丈夫な気がします。お願いします。わたしのヴォイドを…取り出してください!!」

川栄の切実な瞳に捉えられ、前田は覚悟を決めた。
自ら手を伸ばし、川栄に触れる。
川栄は目を閉じた。
前田もまた、そんな川栄と何かを共有するかのように瞳を閉じる。
瞼に光を感じた。
ゆっくりと目を開ける。

川栄「ほら、大丈夫じゃないですか」

川栄は自身のヴォイド――銃弾――を両手に包み込むように持って、にっこりと微笑んでいた。

前田「銃弾…」


376 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 15:51:24.33 ID:cKc6HvOD0
川栄「そうです。前にロボットに向かって投げたけど、全然効き目なかったんですよね」

前田「あとそれは、リストバンド?」

前田は川栄の両腕を見つめた。
手首に黒いバンドが巻かれている。
よく見ると、それには小さなメモリやボタンのようなものがついていた。

川栄「はい、これもヴォイドですね。色々試したけど、やっぱりこれもいまいち使い方がわからなくて」

川栄はなぜか照れ臭そうに笑うと、適当にボタンを押した。
その瞬間、室内に男の声が響く。

『おい、これで全部か?』

前田「え?な、何?」

前田は硬直したまま、辺りに視線を走らせた。
しかしそれらしい人影は見えない。

『っかぁー!!派手にやってくれたねぇまったくっ』

続いて別の男の声が聞こえた。
川栄が慌てた様子でリストバンドを振る。

川栄「こ、これです。このバンドから声が聞こえてくるんですよ」

前田「えぇ?」

川栄「今までこんなことなかったのに…」

前田「しっ…今なんか、まゆゆって言ったような…」

前田と川栄は無言で、リストバンドに耳を澄ました。
2人の男の音声は続く。


377 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 15:52:15.31 ID:cKc6HvOD0
『渡辺がこちら側の人間だってわかって、奴ら相当慌ててるかもな』

『これで戦意喪失して、あっさり捕獲されてくれればいいんだが』

『そうだな。おっと、早くこのロボット達を修理するぞ。全員捕獲作戦までに間に合わせないと』

『これで前田達に破壊されたロボットは全部なんだよな?』

『あぁ、あちこちに転がってるのを回収してここまで運んでくるのに、随分時間がかかったぜ。しかし…中学校に残っている奴らに強力なヴォイドを持ってる奴はもういないのか?』

『いや、松井珠理奈には気をつけたほうがいい。あいつのヴォイドは協力だ。あとは…島田かな。あ、あと秋元にも注意が必要だな』

『秋元?なんでだよ?』

『あいつは火を出現させるらしい。気をつけないと、火達磨にされるぞ』

『ははは、火っていってもどうせ小さいやつだろ。そんな威力ねぇよ。第一、あいつが戦闘に参加したことはないからな』

『本当だろうな?』

『間違いない。ボスが言ってた』


378 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 15:53:30.95 ID:cKc6HvOD0
『しっかし、ボスはやるよなぁ。まさか奴らが必死になってロボット狩りしていた位置から間逆の方向にアジトを作るとは』

『いや、それは順番が違う。アジトの場所がばれないようにロボットを餌にしてたんだからな。おかげで奴らはこの場所にまったく気付いてねぇよ』

『おぉ、そうだったそうだった』

『さ、無駄話はこれくらいにして、さっさとロボットの修理始めるぞ』

『おう。んん?なんだこりゃ機体に何か張り付いてるぞ』

『銃弾だろ?さっさと抜いて、その穴修繕しろよ』

『いや、それがこの銃弾、刺さってるわけじゃないんだよ。張り付いてるんだって!』

『ごちゃごちゃうるせぇな。貸せ!ん?銃弾じゃないのか?まぁいい、こんなもん踏み潰してごみ箱行きだ』ガツッ

『ツーツーツー…』

そこで音声は終了した。
静まり返った室内で、前田と川栄は顔を見合わせる。

川栄「今のってもしかして…」

前田「銃弾って、前に川栄ちゃんのヴォイドを使った時のやつだよきっと。まだ機体に残ってたんだ」

川栄「だけど…銃弾じゃなかった…」

前田「うん、川栄ちゃんのヴォイドは…」

川栄「盗聴器だったんだ!」


380 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 15:58:08.58 ID:ieVPZnSiO
その夜――。

高橋「あっちゃん、どこ行っちゃったんだろう…」

峯岸に包帯を変えてもらいながら、高橋は呟いた。

峯岸「やっぱりみんなにあんなふうに責められたら、居ずらいよね…」

峯岸が唇を噛む。
以前から前田にはあらぬ勘違いや噂が絶えなかった。
本当は優しくて、誰よりもメンバーのことを考えている子なのに、それがいまいち周囲に浸透しないことが歯痒い。
時間をかけて話せば、きっとみんな前田の思いに気づくだろうに、それが出来ない今がくやしくて仕方なかった。

――あっちゃん、もう出てきてよ。たかみなもみんなも、心配してるんだよ…。

峯岸は心の中で前田に語りかける。
と、廊下から声が洩れてくることに気付いた。

峯岸「?」

高橋「この声…まさか!!」

峯岸は慌てて飛び上がると、乱暴に美術室の扉を開いた。
廊下の声が室内に流れこんでくる。
それは校内放送だった。

峯岸「あっちゃんだ!あっちゃんの声だ!」

そして校内にいるメンバーへ向け、前田の放送がはじまる。


382 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:01:13.47 ID:cKc6HvOD0
前田『みんなにお話ししたいことがあります。まず今回のこと、本当にごめんなさい。許してほしいとかお願い出来る立場じゃないことはわかっています。だけどもう一度だけ、みんなに謝るチャンスをください。みんな…ごめんね』

前田は感情の高ぶりを抑えこむように、ゆっくりと語りはじめた。
時々裏返る声が、聞く者の心を締め付ける。

前田『あたしは本当に嫌な人間でした。みんなに大切なことを伝えないままヴォイドを取りだし、ランク付けまでして、みんなの心を踏みにじりました』

前田『みんなにはきっと、あたしがひどく横暴で自分勝手な人間に見えただろうね。あたしは…自分を見失ってたんです。それはあたしが弱くて卑怯な人間だから』

峯岸「そんなことない!そんなことないのに…」

峯岸は思わず叫んだ。
放送室にいる前田にこの声が届くわけないとわかっていたが、叫ばずにはいられなかった。

峯岸「そうだよね?たかみな…」

背後で押し黙ったままの高橋を振り返る。
高橋は重々しく頷いた。

前田『他人の体からヴォイドを取り出すという力。女王の力。あたしはこの力を持ったことで、どこか優越感のようなものを抱いていたんだと思います。努力したわけでもなく、たまたま手に入れた力のくせに、あたしは謙虚さを忘れ、これまで自らの力に溺れていたんです』

前田『そしてみんなに辛い仕打ちを与えました。あたしは女王にはなれなかった。みんなの手本となり、みんなを先導する強く優しい女王には…最後までなれなかった』

高橋「最後…?」

高橋の眉がぴくりと動く。
心がざわついた。

峯岸「最後って、何言ってるのあっちゃん…」


383 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:03:07.66 ID:cKc6HvOD0
前田『仲間を…メンバーを武器にして戦う。あたしが手にしたのはそんな罪深き王冠でした。滑稽な女王でした。これを償うため、あたしは明日、レジスタンスのもとへ投降します。そして代わりにメンバーを解放してもらいます』

高橋「……」

峯岸「たかみな…」

峯岸はいつしか、高橋の横にぴったりと寄り添っている。
そうして前田の声に耳を澄ませた。

前田『思えばあたしがセンターでいられたのも、みんなの支えがあったからでした。ヴォイドも同じ。あたしの力がすごいんじゃない。本当にすごいのはみんなのほう。なのにあたしはそれを忘れ…取り返しのつかないことをしてしまった』

前田はそこで声を詰まらせた。
しばらく沈黙が続く。

高橋「大丈夫あっちゃん、みんな聞いてるよ…」

高橋が祈るように両手を組んだ。
前田の次の言葉を待つ。
そして再開された放送は、涙声だった。

前田『あたしはみんなの笑顔が好き。みんなの歌が好き。みんなのダンスが好き。みんなのことが…AKBのことが…本当に大好きだったよ。みんなと一緒に活動できた日々を誇りに思う。だけどあたしはみんなに助けてもらうばかりで、何もしてあげられてなかった』

前田『あたしはもうすぐAKBを去ります。だから最後に、謝罪と一緒に恩返しをさせてください。これはあたしがみんなに出来る唯一のこと。あたしが投降すれば、レジスタンスもいくらか妥協してくれると思うんです』

前田『そうしたらみんなでまた一からやり直してください。あたしの好きだったAKBを再建して、新たな希望をみんなに与えてください。あたしは…』

突然前田の言葉が途切れる。
奥でドアの開かれる音が聞こえた。

前田『え?珠理奈…』


385 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:05:26.56 ID:cKc6HvOD0
放送室――。

松井珠「ひとりでかっこつけないでください!」

放送室に飛びこんだ珠理奈は、真っ直ぐに前田を睨んだ。
走ってきたのか、肩が激しく上下している。

松井珠「前田さんひとりが犠牲になれば、それですべて丸くおさまるんですか?こんなことでメンバーが納得すると思ってるんですか?前田さんにはまだまだやらなきゃいけないことがあるはずです」

松井珠「これから長い時間かけてメンバーに謝罪していかなきゃ駄目ですよ。こんなのただの逃げですよ。あたし達はいつだって、前田さんのすべてをを受け止める準備は出来てるんです。前田さんが向かって来ないだけなんです!」

珠理奈は激しい口調で問いかけながら、その目は悲しみを湛えて濡れ光っていた。
前田は息を詰まらせる。
2人のやりとりは放送を通じて全員が耳にしていた。

松井珠「馬鹿にするのもいい加減にしてくださいよ。あたしだって前田さんと同じくらいみなさんのことが好きです」

松井珠「あたしがこれまで頑張って超えようとしてきたAKBは、こんな簡単に壊れちゃうものだったんですか?違うでしょ!前田さん…もっとあたし達のことを信じてください」

珠理奈の言葉に、前田ははっと息を呑む。
川栄にも同じことを言われたと思い出した。

――あたし…また間違えてる…。

そうだ、自分はいつもどこかで諦めていた。
頑張って話したところで、所詮気持ちが通じ合うことなどない。
いくら謝ったって、きっとみんな許してくれない。
そう考えて、努力することを投げ出していた。
メンバーはいつだって自分を受け止めてくれようとしていたのに、ずっとそれに気づかないふりをしていた。
必死になって、それが失敗に終わったら傷つくから。
傷つくのは怖い。
惨めで格好悪い。
だけどそこで立ち止まったら、何も変わらない。

――わかりあうための努力を諦めるということ。それはそのままメンバーを信じていないことと同じ。


387 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:06:32.70 ID:cKc6HvOD0
前田「あたし…間違ってた。今やっと気付いたよ」

松井珠「はい。だから前田さんひとりでは行かせませんよ。もう一度戦いましょう。あたしも一緒に行きます」

前田「ありがとう珠理奈。ありがとう…ごめんね」

この期に及んで、簡単な言葉しか思い付かない自分が情けない。
しかし一方で、これでいいのだと思える自分がいた。
珠理奈にはちゃんと伝わっている気がする。
その証拠に珠理奈は穏やかに微笑んで、前田を抱き締める。
と、タイミングを見計らったかのように背後で声が聞こえた。

秋元「あたしじゃなくて、あたし達の間違いでしょ?珠理奈」

そこには秋元が扉に寄りかかり、悪戯っぽい笑顔を浮かべている。

松井珠「才加ちゃん…」

珠理奈は驚いて、前田から離れた。

前田「才加…」

秋元「何が出来るかわからないけど…あたしも一緒に行くよ」

秋元はそう言って、今度はにやりと笑ってみせた。
その肩越しに、亜美菜が顔を覗かせる。


388 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:07:07.06 ID:cKc6HvOD0
佐藤亜「亜美菜も行くよ?頑張るよ!」

前田「亜美菜ちゃんまで…あっ!」

仲川「へへへ」

そして仲川が人懐こい笑顔を浮かべて飛び込んできた。

仲川「遥香も頑張る!みんなを助ける!」

前田「ごんちゃん、亜美菜ちゃん…みんなありがとう」

前田は信じられないものでも見るかのように、賛同したメンバーの顔を眺めた。
誰ひとりとして不安に揺れる者などいない。
そればかりか、賛同者達は皆、慈愛に満ちた表情で前田を見つめ返している。
それは不思議な光景だった。
前田は初めて心からメンバーと繋がれた気がした。

佐藤亜「あ、あれ?」

と、亜美菜が廊下に立つメンバーの気配に気づき、放送室の中に引き入れた。
憮然とした表情で現れたその少女は――。


389 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:08:06.98 ID:cKc6HvOD0
石田「べ、別に前田さんを許したわけじゃないですからね」

前田「はるきゃん!」

石田「れいにゃんやみんなのことが心配なだけだし、それにあたし、やっぱり前田さんのことが…」

松井咲「好きなんでしょ?」

石田と一緒に現れた咲子が、茶化すように言った。

石田「ばっ、なんで言うの?」

石田は今度は不貞腐れたように咲子の肩を小突いた。

松井咲「あらわたし、はるきゃんのそういうとこ好きよ?」

石田「ふざけないで!」

秋元「まあまあ2人とも、来てくれて嬉しいよ。ね、あっちゃん?」

前田「うん。ありがとうはるきゃん、咲子ちゃん」

石田「……」

放送室は一気に和やかな雰囲気になった。
だが前田はまだ不安を拭いきれずにいる。
他のメンバーは、今頃どうしているのだろうか――。


391 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:12:10.35 ID:cKc6HvOD0
その時、体育館では――。

放送がはじまり、誰が言い出すでもなく体育館に集まっていたメンバー達は、それぞれ考えに耽っていた。

田名部「才加ちゃんも明日前田さんと一緒に行くみたいだね。なかやんはどうするの?」

田名部が問いかける。
仲谷は悲しげに眉を下げた。

仲谷「わたしも一緒に行きたい。あっちゃんを助けたい。でも…わたし足手まといになるんじゃないかな…」

田名部「え?なんで?」

仲谷「だってわたしのヴォイドは…」

田名部「そんなの関係ないよ!」

仲谷「ううん、いいの。わたしのことは気にせず、たなみんは明日行ってね。せっかく強いヴォイド持ってるんだから」

仲谷の言葉に、田名部は少しの間考えこんだ。
しかしゆっくりと首を横に振る。

田名部「あたしは行かない。最後までなかやんと一緒にいるよ」

仲谷「そう…ありがとう」

田名部の決断に、仲谷はふにゃりと笑ってみせた。
その表情はこころなしか悲しげである。


392 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:13:03.16 ID:cKc6HvOD0
一方高城は――。

高城「美郷ちゃん、行こう」

高城は立ち上がると、野中の手を取った。

野中「え?行くってどこへ?」

野中が焦る。
高城は当たり前のように言った。

高城「あっちゃんのところだよ?」

野中「そ、そんなだいそれたこと…わたしなんか何の役にも立たないヴォイドだし」

野中は泣き出しそうな表情で首を振った。

高城「美郷ちゃんのヴォイドってなんだっけ?」

野中「コントローラーみたいなやつ…。だけどまだ使い道がよくわからないの」

高城「ふうん…」

高城はそこでふと、あの夜見た光景を思い出した。

――もしかして美郷ちゃんならあれが出来るかもしれない…。

思い付いたらすぐに行動したくなる。
高城は強引に野中の腕を引っ張った。

野中「え?えぇ?」

野中がよろめきながら立ち上がる。

高城「美郷ちゃんに見てもらいたいものがあるんだ」

高城は好奇心に満ちた目をぱちぱちとしばたかせた。

野中「見てもらいたいもの…?」


394 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:14:26.35 ID:cKc6HvOD0
一方島田は――。

島田「うちも前田さんとこ行く!」

島田は勢いよく立ち上がった。
隣に座る永尾が、びくりと肩を震わせる。

永尾「はるぅ…」

島田「大丈夫。永尾は待ってて」

島田はそう言うと、慌ただしく体育館を後にした。

加藤「あたしも行きます!」

つられて加藤も立ち上がる。

阿部「あ、行くんだ?頑張ってね」

阿部は加藤の決断を見ても平然としている。
代わりに市川が大袈裟なほど狼狽えた。

市川「えぇ?無謀だよ!何かあってからじゃ遅いんだよ?」

加藤「でも…島田さんも行ったし、あたしも頑張らなきゃ…」

市川「でも、」

大場「いいじゃん。本人が行きたがってるんだから行かせてあげなよ」

と、大場が口を挟んだ。
すかさず阿部が指摘する。

阿部「大場さんは行かなくていいんですか?戦闘タイプのヴォイドなのに」


395 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:15:31.35 ID:cKc6HvOD0
大場「え、うん…」

市川「あれー?怖いんですか?」

大場「え?そんなんじゃないけど…。みおりん行けば?」

市川「わたすぃですか?」

市川がわかりやすく視線を泳がせた。
その仕草は可愛らしく、大場はまたしても市川をからかいたくなってしまう。

大場「あれ?みおりんのほうこそ怖いんじゃないの?」

すると市川は立ち上がり、大場を見据えた。

市川「わたすぃは…わたすぃは…」

小さな拳を震わせる。

大場「?」

市川「怖いですよ。怖いけど、わたすぃ…行きます!」

加藤「え…でもさっきは…」

大場「だけどみおりんのヴォイドじゃ無理なんじゃ…」

市川「無理じゃないですよ!できますよ!いざとなったら頭突きで戦えばいんです。玲奈っち行こう」

市川は強引に加藤の腕を取り、出て行ってしまった。
そんな中、永尾はひとり考えている。
今こそ動く時だ。

永尾「……」

無言で立ち上がる。
すると横山が駆け寄ってきた。

横山「やぎしゃんまさか…」


396 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:18:29.84 ID:ieVPZnSiO
永尾「ごめんね由依、あたし行くね」

永尾はあえて横山を見ずに言った。
横山は捨てられた仔犬のような目で永尾にすがりついた。

横山「何ゆうてんの?そんな体で…」

永尾「こんな体だからだよ。時間がないの。まだ体が動くうちにやらないと、あたし絶対後悔する」

横山「でも前田さんは…」

永尾「前田さんは充分苦しんだよ。だからもう解放してあげなきゃ。ごめんね、あたし行きます」

横山の視線を振り切って駆け出す。
横山はそんな永尾の後ろ姿を呆然と見送った。

北原「横山…」

いつの間に来たのか、横山の肩に手を置く北原。

北原「まりやちゃんは大人になったんだよ。たくさん苦しんで考えて、その上であっちゃんを許した。あたし達もまりやちゃんの姿勢を見習わなきゃいけないのかもね…」

北原が諭すように言う。
だが北原ははなから前田のことを憎んではいなかった。
それよりも今は、自分のヴォイドの無能さが情けなくて心苦しい。

横山「北原さん…」

横山は案外きっぱりとした視線で北原に向き合う。

横山「うちはまだ、前田さんを許しませんよ」


399 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:20:54.70 ID:ieVPZnSiO
数分後、放送室――。

前田「本当にいいんだよね?」

永尾「はい…」

放送室に集まったメンバーが、前田と永尾を取り囲む。
結局あれから柏木、増田、梅田、高城、野中、菊地、小林、島田、市川、加藤が加わり、室内に人が溢れた。
最後に現れたのは永尾で、彼女は前田に自分の決心を伝えると、ヴォイドを取り出してほしいと願い出た。
前田は永尾の意思を確認した後、左手を伸ばす。
放送室が光に満たされる。
そして出現したヴォイドは、メンバーをひどく驚かせた。

前田「こ、これは…」


400 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:23:36.04 ID:ieVPZnSiO
翌朝、美術室――。

前田「たかみな、行ってくるね…」

横になったままの高橋に、前田は声をかけた。
高橋はハッとして、目を見開く。

高橋「あっちゃん…」

前田の顔はここ数日で驚くほど変化していた。
険しさが消え、今はとても穏やかな顔をしている。
自分の弱さ、甘え、そういった感情を受け止めた上で、それでも前に進もうとする者の表情。

高橋「場所はわかってるの?」

前田「うん、大丈夫だよー」

高橋「そう…」

前田「必ずみんなを助けるから。みんな帰ってくるからね」

高橋「みんなっていうのは、あっちゃんも含まれてるんだよね?」

前田「……」

高橋「お願いだから必ず全員無事で帰って来てよ」

前田「わかったよ。約束するよ」

前田は優しく高橋を宥めた。
なんだか立場が逆転したみたいで、くすぐったい。
今日は高橋のほうが子供みたいだ。


401 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:25:26.69 ID:ieVPZnSiO
前田「あ、それからみぃちゃん…」

前田は今度、峯岸に顔を向けた。
峯岸が微笑む。

峯岸「わかってるよ。たかみなのことは任せて」

前田「ありがとう。玲奈ちゃんが戻れば、たかみなの足もすぐに治るはずだから」

峯岸「うん」

前田「あと、みぃちゃん悪いけど…ヴォイドを取り出させてもらってもいいかな?」

峯岸「?」

前田「もし何かあった時、みぃちゃんのヴォイドでたかみなを守ってほしいの」

峯岸「でもあたしのヴォイドは…」

前田「大丈夫。役に立たないヴォイドなんてないんだよ。みぃちゃんはきっとやってくれる」

前田の言葉に、峯岸はゆっくりと頷いた。
前田も頷き返す。
左手を伸ばした。
峯岸の感情が流れこんでくる。
強がりばかり言うのは、周りに迷惑をかけたくないから。
本当は傷ついているのに、笑顔を絶やさないのは、まだ自分はやれると信じているから。
意地っ張りで繊細な峯岸の心――。

峯岸「ありがとうあっちゃん」

峯岸は自分のヴォイドを胸の前で抱いた。


402 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:27:19.68 ID:ieVPZnSiO
前田「じゃあみんなのいる体育館に顔を出したら出発するね。了解が得られれば他の子からもヴォイドを引き出して行くつもり」

峯岸「そっか、行ってらっしゃい」

前田「うん」

前田は2人に背を向けると、部屋を出ていこうとした。
それを高橋が呼び止める。

高橋「待ってあっちゃん」

前田「え?」

高橋「あたしのヴォイドを…持って行ってくれないかな?」

高橋は懇願するように切り出した。

高橋「あたしはヴォイドを持っていたって、この足じゃ戦えない。あっちゃんと一緒に行けない。だからせめてヴォイドだけでも、一緒に行かせてほしいんだ」

前田「でもそんなことしたらたかみなは…」

高橋「わかってる。ヴォイドが壊れたら死ぬ。それを承知の上で、あたしはあっちゃんに持って行ってほしいんだよ。不吉なこと言うみたいだけど、あっちゃんが死ぬ時はあたしも一緒だよ。お願い…あたしを使って戦って」

前田「で、出来ないよ!出来るわけないじゃん」


404 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:28:40.40 ID:ieVPZnSiO
高橋「出来るよ。あたしはあっちゃんを信じてる。必ずみんなを連れて戻ってきてくれる。あたしのヴォイドを持っている間は、あっちゃんもそう簡単には死ねないでしょ。あたしはいつもあっちゃんの傍にいる。あたしもみんなと一緒に戦いたいの」

前田「たかみな…」

峯岸「あっちゃん、たかみなのお願いきいてあげなよ」

前田「わ、わかったよ」

前田は神妙な面持ちで高橋のヴォイドを取り出すと、美術室を後にした。
ひとりになると、ふいに涙が零れた。
戦いを前にして不安だからじゃない。
それは嬉し涙だった。
高橋のヴォイドが掌にずしりと重みを与える。
高橋の命の重み。
何物にも変えられない貴さ。
前田はそれをぎゅっと抱き締めると、体育館に向かった。


405 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:31:17.54 ID:ieVPZnSiO
体育館――。

前田「ありがとう…」

川栄のヴォイドを取り出して終えた前田が、礼を口にする。

川栄「前田さん、やっぱりわたしも一緒に…」

前田「大丈夫だよ。川栄ちゃんは昨日だけで充分すごい力をあたしに与えてくれた。だから今日はみんなとここに隠れてて。お願い」

川栄「前田さん…じゃあ、わたしのお願いも聞いてくれますか?」

前田「何ー?いいよー」

川栄「失礼します」

川栄はそこで、思い切って前田に抱きついてみた。
ずっと憧れだったのだ。

前田「あはは、重たいよー」

前田はそんな川栄を笑顔で受け止めた。

川栄「前田さん、どうか無事で…」

川栄が耳打ちする。
前田はこくりと頷いた。

大家「あっちゃん、次うちの番」

大家が隣にやって来て、催促する。
川栄は前田から離れた。
それから前田はすぐに大家のヴォイドを取り出し、これで体育館に集まったメンバーのほとんどがヴォイドを所持していることになる。
残るは1名――。

前田「えっと…智実ちゃん…?」

みんなの輪から外れ、ひとり俯いている中塚に声をかけた。
中塚は気まずそうに体を揺する。

中塚「……」

前田はしゅんとして中塚から視線を外した。

――やっぱり、あたしに触れられるのは怖いよね…。


406 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:33:10.05 ID:ieVPZnSiO
大家「あ、あっちゃんそろそろ出発したほうが…」

大家が気を利かせて声をかける。
結局前田は中塚のヴォイドを取り出すことなく、出発に向け体育館を後にした。

前田「あ、えっと由依ちゃんは?」

北原「声かけたんだけど教室にこもったまま出てこないんです」

前田「そっか…そうだよね…」

中塚の反応を見ればわかることである。
横山はまだ自分を許してくれていない。

北原「なにか伝えますか?」

前田「じゃあ…色々と怖がらせてごめんねって伝えてくれる?これからのAKBを頼みますって」

北原「はい…」

前田「あ、最後のはきたりえにも言ってるんだからね」

前田はそこで照れたように笑った。

北原「必ず無事に帰ってきてくださいね…。前田さんがいなくなったら、これからAKBの成長を見る人がいなくなっちゃう…」


407 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:35:47.20 ID:ieVPZnSiO
そして、出発の時――。

前田「行こう…」

前田に賛同してレジスタンスのアジト行きを決意したメンバー達が、校門の前に集合している。
それぞれがヴォイドを手にする中、永尾だけは手持ちぶさたに視線を泳がせていた。

前田「大丈夫だよ」

そんな永尾へ前田が気遣うように声をかけた。

永尾「はい…」

秋元「あっちゃん、向こうの方角で合ってるんだよね?」

前田「うん、そのはずだけど」

松井珠「それらしいものは何も見えませんね…」

珠理奈が額に手をかざしながら背伸びをする。

松井珠「アジトはかなり遠い…とか?」

菊地「走る?」

秋元「いや、あまり体力を消費したくない」

前田「仕方ないよ。歩こう」

仲川「うん、遥香いっぱい寝たから歩けるよ。遠くても平気だよ」

仲川は両手を握り、自身の体力をアピールした。

秋元「よっしゃ、出発!」

自身のヴォイドがどこまで役に立つのか。
果たしてちゃんと戦えるのか。
そんな不安な思いを吹き飛ばすように、秋元は声を張り上げた。
戦えなくても、いざとなれば脅しくらいにはなるだろうとも考える。

柏木「あ、ちょっと待ってください!」

秋元の声で気合いを入れ直したメンバーを、柏木がひき止める。


408 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:37:53.94 ID:ieVPZnSiO
前田「どうしたの?」

柏木「あきちゃが見当たらないような…」

柏木はそう言って、周囲を見渡した。

前田「あぁそういえば!んー…先に上から偵察に行ったのかな?」

松井咲「あ、でもみちゃもまだ来てませんよ?」

秋元「ほんとだ…んん?」

増田「何やろ?この音…」

こちらへ近づいてくるエンジン音。
メンバーは瞬時にヴォイドを構えた。
門の死角から一台のトラックが現れる。
メンバーが息を呑む中、トラックはゆっくりと近づき、停止した。
助手席のドアが開く。
中から飛び降りて来たのは――。

仲川「あ、あきちゃだー!」

現れた高城の姿を見て、仲川が飛び跳ねた。


409 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:40:32.67 ID:cKc6HvOD0
仲川「そのトラックどうしたのー?」

高城「これは玲奈ちゃんが前に直してたものだよ」

高城はおっとりと説明する。

高城「亜樹ね、前に玲奈ちゃんが壊れたトラックに包帯を巻いてあげてたの見たんだよ。すごいよね、怪我だけじゃなくて、トラックまで直しちゃうんだよ玲奈ちゃん。だからね、アジトまでこれに乗って行ったらどうかなーって。ほら荷台、こんなに広いし」

高城は両手を広げて、荷台を指し示す。

仲川「いいなーいいなー。あ、でも遥香運転したい!」

仲川の言葉に、柏木が大袈裟なほど目を丸くする。
全員が全力で仲川の申し出を拒否した。

前田「ごんちゃん免許持ってないじゃん」

柏木「え?それより免許持ってる人ってこの中にいないでしょ…」

秋元「てかこのトラック、誰がここまで運転してきたの?」

高城「あ、それは…」

全員の目が運転席に集中する。
そんな中降りてきたのは――。

松井咲「みちゃ?!」

野中はメンバーの元までやって来ると、恐縮したように微笑んだ。


410 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:41:10.93 ID:cKc6HvOD0
松井咲「なんで?みちゃ免許持ってたっけ?」

野中「ううん…」

石田「車運転したことは?」

野中「な、ないよ。だけどこれ…」

前田「ヴォイド?」

野中「わたしのヴォイド、プレステのコントローラーみたいなやつじゃないですか。今まで色々試したけど何が出来るヴォイドなのかさっぱりわからなくて。でも昨日の夜、亜樹ちゃんに言われて試してみたんです。わたしのヴォイドは車を操縦できる…」

前田「え、すごーい…いいなー」

高城「ね?すごいよねー」

高城はメンバーの反応を見て、それがまるで自分のことかのように微笑んだ。

野中「随分遅れちゃったけど、やっとわたしのヴォイドも活躍できた。気づかせてくれてありがとう、亜樹ちゃん」

野中は高城に向き合うと、きゅっと口角を上げてみせた。

秋元「みちゃやったなー!だけど本当に活躍するのはこれからだよ。さ、早く運転席に。みんなは荷台へ移るよ」

菊地「はーい」

秋元の声に、メンバーは慌てて荷台によじ登る。


411 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:41:42.87 ID:cKc6HvOD0
佐藤亜「亜美菜トラックの荷台に乗るなんて初めてだよー」

仲川「遥香も。一度やってみたかったんだ。わーい!」

増田「ちょっ、遥香!早くどこかに掴まらんと。走り出したらコケるで」

前田「そうだよごんちゃん、はしゃぎすぎだよー」

前田が苦笑する。
と、背中に視線を感じた気がした。
振り返る。
校門の陰から、ひとりの少女がこちらを窺っていた。
前田と視線が合うと、さっと目を反らす。
前田は荷台から飛び降りると、少女に歩み寄った。

前田「どうかしたの?」


412 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:42:20.11 ID:cKc6HvOD0
その時、校舎2階では――。

北原「行ったよ。みんな…」

教室の隅で膝を抱えて座る横山に、北原は声をかけた。
横山はさして興味のない表情で、短く返事をするだけだった。
だが北原は勘づいている。
横山が激しく動揺していることに。
レジスタンスの元へ行ったメンバーを心配しているのか。
永尾のことが気になるのか。
確かにそれもあるだろうが、なんとなく違う気がした。
横山にはもっと別の、核心的な部分があるはずだ。
そしてそれを自分の中で認めるか認めないべきか葛藤している。

北原「あ、あたしちょっと外の空気を吸ってからまた来るね」

しばらくひとりにしてあげたほうがいいと判断して、北原は退出した。
廊下に出ると、後輩達がヴォイドを手に、何か集まってやっている。
練習でもしているのだろうか。
微笑ましさと同時に、北原は焦りを感じた。


413 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:43:04.37 ID:cKc6HvOD0
その頃、1階教室では――。

仲谷「たなみん、わたしに遠慮なんかしなくていいんだよ」

仲谷はさっぱりとした笑顔で、そう切り出した。

田名部「遠慮?してないよ」

仲谷「じゃあ気付いてないのかな。たなみんはわたしに遠慮してるんだよ。本当はあっちゃん達と一緒に行きたかったのに、そうしなかった。自分まで行ったら、わたしが傷つくと思ったんでしょ?」

田名部「傷つく?なかやんが?」

田名部は目を丸くして聞き返した。

仲谷「そう。わたしはたなみんも知ってのとおり、戦えないヴォイド。たなみんはそのことでわたしが、みんなに負い目を感じてると思ってる?」

仲谷は悟りきった顔で言った。

田名部「そ、そんな…」

田名部が口ごもる。

仲谷「確かに最初はそうだったよ。でもね、わたし待つことは全然苦じゃないんだ。待ったぶんだけ、自分が成長出来るって信じてるから。わたしのヴォイドもそう。いつか必ず、役に立つ時が来るんだ」

田名部「なかやん…」

仲谷「だからわたしに遠慮なんかしないで、たなみんのしたいようにすればいいんだよ。堂々とそのヴォイドを使って、みんなを助ければいい。わたしはいつだって、たなみんを応援してるよ」

仲谷はそっと、本当に優しく田名部の背中を押した。
だがそれで、田名部の心は決まった。

田名部「あたし…今から前田さん達を追いかけてみる!」

仲谷「うん、まだ出発したばかりだから間に合うよ」

田名部は一目散に校舎を飛び出した。
前田達の姿はすでに消えている。
代わりに校門の前でトラックのタイヤ痕を見つけた。
昨日まではここにこんなものはなかったはずだ。
田名部は少しを考えた末、そのタイヤ痕を辿っていくことにした。
一歩、また一歩と地面を確かめるように歩く。
先へ、先へ。
次第に歩みは速まり、いつしか田名部は駆け出していた。
走る。
メンバーを助けるために――。


414 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:43:47.74 ID:cKc6HvOD0
一方、アジトに向かう前田達は――。

あれから長いこと走った。
だが、レジスタンスのアジトらしき建物は見えてこない。

――もしかして、あたしの見当違いとかじゃ…。

次第に不安が募る。
荷台に座るメンバーは絶えず緊張し続けたせいか、疲労しているように見えた。

高城「あっちゃん、そろそろ亜樹、様子見てこようか?」

揺れる荷台の上で、高城が前田のもとへ這いずってきた。

前田「本当?行ってくれる?」

高城「うん」

高城は返事をした次の瞬間には、上空へと飛び立っていた。

松井咲「あ、あきちゃパンツ見えてる」

石田「ちょっ、今はそんなこといいから」

高城はぐんぐんと上昇したかと思うと、突然何かに弾かれたかのように方向転換し、目指す方角へと飛んでいった。
あっという間にその姿が見えなくなる。

秋元「あきちゃが何か見つけてくれるといいんだけど…」

メンバーは祈るように、高城の帰りを待った。
そして予想より早く、高城は戻って来る。

前田「どうだった?」


415 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:44:35.68 ID:cKc6HvOD0
高城「うん、たぶんあれで間違いないと思うんだけど…あっちゃんの言ったとおり、向こうにそれっぽいのがあったよ。なんかお城みたいなの?」

秋元「城?」

増田「城って…またずいぶんとわかりやすいな…」

高城「うん、見てみればわかるよ。ほんとにお城だから」

目的地が明確になったところで、俄然緊張感が増してくる。
前田が運転席側の窓を叩いて合図すると、野中はスピードを上げた。
そのまま走り続けて、やがて高城が見たという建物が見えてくる。

前田「トラックのまま行ったら目立つから、ここからは歩いて近づこう」

地面に降り立ったメンバー達は、正面に聳え立つ建物を見上げた。
周囲の建物が皆爆発の影響で倒壊、もしくは半壊している状態なのに対して、それはひび一つなく、堂々とした佇まいでメンバーを迎える。

仲川「すごいねー。ほんとにお城だね」

和と洋が合わさったような中途半端なデザイン。
一見すると単純な造りのようだが、その門構えからは鼠一匹でも通さない厳格さが感じ取れた。
さらにメンバーを躊躇させたのは、ぐるりと城を囲む水路の存在である。
これもやはり、侵入者対策なのか。
間違いない、これはやはりレジスタンスのアジトだ。

秋元「おかしいな、門番がいないなんて…」

秋元が眉間に皺を寄せる。


416 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:45:09.32 ID:cKc6HvOD0
佐藤亜「それだけセキュリティーに自信があるんだよ。門に触れた途端電流が走るとか、底が抜けて穴に落とされるとか、それくらいは準備してありそう」

とにかく今は他の進入口がないかどうか探る必要があった。
前田達はおそるおそるとアジトに近づくと、忍び足で周囲を探索する。

前田「水路は…深そうだね」

秋元「うん、これを抜けるには正面の橋を使うしかないか」

松井珠「あ、こっちこっち!なんか通路みたいなのが続いてますよ」

と、裏側を探っていた珠理奈が手招きをした。
そこにはレールのついた鉄橋が、水路を越えて城の裏口へと伸びていた。
その先は暗く、中を確認することができない。

前田「ここから入るほうがいいかな?裏口のほうが見張りは少なさそうだし」

前田はここへ来て、あることを懸念していた。
敵はロボットだけではない。
覆面部隊もいるのだ。
もちろん覆面の下は、彼らも自分達と同じ人間。
なるべくなら傷つけたくなかった。
なんとか覆面部隊の目をくぐり抜け、レジスタンスのボスまでたどり着けないものだろうか。
前田は直接、レジスタンスの大元と話をつけるつもりだった。

秋元「それよりあっちゃん、あたしに考えがあるんだけど…」

悩む前田の横で、同じく頬に手を当てて考えこんでいた秋元が、ある提案をした。


417 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:46:11.83 ID:cKc6HvOD0
数分後――。

野中「行きます!」

野中の合図とともに、トラックは猛スピードで走り出した。
砂埃を巻き上げて城まで突進する。
と、途中で荷台から秋元、柏木、珠理奈、梅田、咲子、菊地が飛び降りた。
彼女達は正面の橋まで一気に走る。
そして手前まで来ると、菊地がヴォイドを放った。
耳障りな音を立てて、それは門を破壊していく。
何度か試すうちに、鍵の外れたような音が聞こえた。

秋元「前進!」

秋元のかけ声で、そのまま城への侵入を試みる。
が、その直後、背後から複数の足音が近づいてきた。

覆面隊員「お前達!何やってる!」

柏木「ちょっ、ちゃんと見張りいるんじゃないですか!どうするんですか?」

秋元「そのまま走れ!奴らはあたしがひきつける」

松井珠「だったらあたしも…」

秋元「駄目だ。珠理奈のヴォイドだと奴らが死ぬ。憎いけど、絶対に殺しちゃ駄目なんだ。殺したら珠理奈まで奴らと同類になる。走れ!珠理奈走れ!」

もう考えている暇などなかった。
一行は橋を渡り、門を抜ける。
アジトの中に侵入した。
が、秋元は入ってこない。
彼女はひとり、橋にとどまっていた。


418 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:47:00.98 ID:cKc6HvOD0
覆面隊員「お前…何する気だ…」

秋元は今、橋の上で覆面隊員と対峙した。
不敵な笑みを浮かべて、ヴォイドを構える。
その様子に、覆面隊員達は身構えた。
隊員達は秋元を警戒するあまり、自身の立ち位置を忘れたようだ。
秋元はその瞬間を見逃さなかった。
すっと身を引くと、後ろに飛びのく。
と同時に、火を放った。
橋が赤く染まっていく。

覆面隊員「わぁぁぁぁ」

覆面隊員「退却!退却だぁぁぁ」

慌てたのは橋の上にいる覆面隊員達だった。
咄嗟に秋元側へと飛び移ろうとするも、距離が足りない。
やむなくアジトの外へと追い出される形となった。

秋元「これで少しは時間稼ぎになるかな」

とりあえずの追っ手はやり過ごした。
秋元は急いでアジトの中へと侵入する。


419 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:50:17.77 ID:ieVPZnSiO
一方その頃、前田達は――。

前田「このまま突入するよ。美郷ちゃん」

野中「わかりました」

前田達はトラックごと鉄橋を突破する気だった。
すべては秋元の計画だ。
二手に分かれれば、全滅を防げる可能性がぐっと上がる。
秋元達は正面から侵入し、敵の注意を引く。
向こうには珠理奈を筆頭に、戦闘タイプのヴォイドを集めた。
もしも追っ手が現れた時、充分戦えるように。
その間に前田達は捕らえれたメンバーを探し、ボスを見つけて直接交渉する。

岩佐「なんか…静かすぎて逆に怖いですね」

計画通り、橋を越えて城の内部へと侵入した。
どこまでも続く広い通路。
壁にはところどころに工具のようなものがぶら下っているだけで、脇道らしきものはない。

前田「みんなヴォイドの準備はいい?油断しないで」

島田「はい!」

野中「え?え?」

突然、運転席の野中が慌て出した。


420 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:51:47.14 ID:ieVPZnSiO
前田「どうしたの?」

野中「前から…何か来ます…!」

岩佐「何なんですか、何か変な音しますけど」

荷台に座るメンバーに緊張が走る。
前田は身を乗り出すと、野中に指示をした。

前田「避けて!」

野中「無理ですよ。通路が狭すぎます。このままだと…衝突します…」

増田「下がるんや!後ろに下がれば…」

野中「駄目!相手が速すぎる。キャーー!!」

野中は衝突に構えて身を縮めた。
ぎゅっと目を閉じる。
同じく荷台にいるメンバーも互いに抱き合い、頭を伏せた。

野中「……」

だが、いつまで経っても衝撃がやってこない。
野中はおそるおそる目を開けた。
すぐ隣を、横たわった状態のロボット達が滑っていく。

野中「何が起きたの…?通路が…通路が広くなってる!」

野中はきょろきょろと周囲を見渡し、口をあんぐりと開けた。
ふとバックミラーを見やる。
そこには荷台の様子が映っていた。
驚愕の表情をしたメンバー達が、ひとりの人物を見上げている。
その人物は杖を手に立ち上がり、荒い呼吸を繰り返していた。


421 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:53:15.63 ID:ieVPZnSiO
佐藤亜「間に合った…」

亜美菜は肩で息をしている。
その間にもすぐ横を、次々とロボット達が流れていく。

島田「あの、今のってまさか…」

島田が尋ねた。

佐藤亜「これでちょっと通路の幅を広げてみたの」

亜美菜がはにかんだ顔で、杖を掲げる。
パステルカラーであちこちに装飾品のついたファンシーなその杖は、亜美菜によく似合っていた。
彼女のヴォイドは、対象となった物を太くすることができる。

前田「亜美菜ちゃん…」

佐藤亜「さ、もう大丈夫だよ。先へ進もう」

前田「ありがとう」

佐藤亜「あ、でもこのロボット達、どうしてあたし達を襲ってこないんだろう」

亜美菜はそこで思い出したように、流れるロボットの群れを眺めた。

増田「この通路は、ロボットの出動用やったんやな。レールがあるのもそのためやろ」

前田「…ロボットの目的は…あたし達じゃないんだよ…」

前田が低い声で言った。

加藤「え?どういうことですか?」

前田「あきちゃ、急いで中学校にいるみんなのところに戻って知らせて!たぶんこのロボット達は、みんなを襲おうとしているのかもしれない!」


423 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 16:58:05.68 ID:ieVPZnSiO
中学校、渡り廊下――。

竹内「大丈夫かな…」

竹内は背中を壁に預け、遠い眼差しで呟いた。

仲俣「前田さん達?」

仲俣は竹内のもとへ歩み寄りながら問いかけた。
そのまま足元へ腰を下ろす。

仲俣「大丈夫だよ。きっとうまくいくって」

竹内「うん、あとみおりんと玲奈っち…無茶しないといいけど…」

仲俣「はるぅのヴォイドはマシンガンだからいいとして、その2人は確かに心配だよね…」

大場「みおりん…」

結果的に市川を焚き付ける形となってしまった大場は、責任を感じていた。
市川の身に何かあったらと思うと、いてもたってもいられなかった。

――無事に帰って来て…みおりん…。

祈るように両手を組む。
市川が戻って来たら、昨日のことを謝ろうと考えた。

中村「あ、そういえば玲奈っちのヴォイドって何だっけ?」

竹内「え、何だろう…」

阿部「あれ?知らないんですか?」

仲俣「確かカチューシャだったよね?」

仲俣は視線を上げると、思い出したように言った。

竹内「じゃあ美宥と同じアクセサリータイプのヴォイドだ」

竹内はそう言って、耳につけたイヤリングを揺らした。
それが彼女のヴォイドである。

中村「あたしのもネックレスだから同じかな。未だにどんな力なのかよくわかんないけど」

仲俣「そこがアクセサリータイプの難点だよね。見た目でどんな力が隠れているか想像つきにくい」

そう言う仲俣もまた、ヴォイドには苦戦していた。
彼女のヴォイドはリングである。

――これを使う機会はたぶんないだろうな…。

そして仲俣は自身のヴォイドが持つ能力に気付いていた。


424 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:00:18.41 ID:ieVPZnSiO
大場「……」

渡り廊下に集まっている5人のうち、ただひとり戦闘タイプのヴォイドを所持する大場は、なんとなく疎外感を持つ。

阿部「あのー、ところであれ、何だと思います?」

先程からボーッと庇の向こうを眺めていた阿部が、唐突に口を開いた。
しなやかな動作で、長い手を向ける。

仲俣「ん、何ー?」

仲俣はのんびりと阿部の示した先に視線を向けた。
その顔は瞬時に歪み、青ざめていく。

大場「どうしたの?…うわっ!」

そして、彼女達は目撃する。
学校を包囲するように集まったロボット軍。

中村「なんで?なんで来てるの?どうすんの?」

大場「わたしに聞かないでよ」

仲俣「と、とにかくみんなに知らせなきゃ。早く!」

5人は校内に戻ろうと動き出した。
すると頭上から奇妙な音声が振ってくる。


426 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:02:16.31 ID:ieVPZnSiO
『ミナサン、スミヤカニコウシャカラデテクダサイ。ワレワレハ、ミナサンニキガイヲクワエルツモリハアリマセン。タダシ、ハンコウスルバアイ、ヨウシャナクコウゲキシマス。イマカラニフンマチマス。タダチニトウコウシ、ワレワレノカンシカニハイッテクダサイ』

それは金属を擦り合わせたかのような不快な声だった。

中村「どうする?」

中村がチームメイト達の顔色を窺う。

竹内「おとなしく出て行けば攻撃しないって…」

大場「でも要するにこれってあいつらに捕まるわけでしょ?何されるかわかんないよ」

阿部「向こうが嘘ついてるかもしれませんしね」

中村「ちょっ、怖いこと言わないでよ」

仲俣「わたし達だけじゃ決められないよ。とりあえずみんなのとこに…たかみなさんのとこに行こう」

中村「でも時間ないよ」

阿部「あ、そうですね」

竹内「……」

そして、彼女達が何も決められないまま時間が経過した。

『ジカンデス』


427 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:04:17.56 ID:ieVPZnSiO
竹内「やだ怖いよ…」

竹内は今にも泣き出しそうな顔で、阿部に抱きついた。

大場「仕方ない。先輩達も誰も出て行っていないみたいだし、戦うってことだ。あたし行って来る」

大場はヴォイドを構えると、外へ出ようとした。
その瞬間、激しい頭痛を覚えてしゃがみこむ。

大場「……くっ…」

痛みに耐えながら、大場は見た。
苦痛の表情で頭を押さえ、倒れこむメンバー達。

――何が…起きてるの…?

大場は立ち上がろうとこころみる。
しかし割れるような頭の痛みに、体が言うことをきかない。
同時に今度は耳の奥がキンキンと痛む。
今まで経験したことのない感覚に、大場は成す術もなかった。
何かを考えようにも、頭が働かない。

中村「超音波だ!あたし達が自分から出て行くのを待ってるんだ!」

中村が叫んだ。

竹内「やだよ…頭が…頭が…」

竹内は身を縮めて、ぽろぽろと涙を流した。
その隣では仲俣が倒れこんでいる。

仲俣「……」

痺れるような痛みが仲俣の全身を襲う。

――こんなところで…終わらせるもんか…!

超音波が与える不快感。
極限に達した痛み。
頭がどうにかなりそうだった。
メンバーはすでに体の自由を奪われ、悶絶し、床をのた打ち回っている。
そんな中、仲俣は懸命に左腕を伸ばそうとしていた。
動かすたびに、全身の筋肉が悲鳴を上げる。
それでも彼女は諦めなかった。
少しずつ、少しずつ動かし、ついに体の下敷きになっていた左手を露出させる。
その手に輝くリング。
仲俣のヴォイド。


428 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:06:21.44 ID:ieVPZnSiO
仲俣「お願い…みんなを…みんなを助けて!!!」

仲俣が声を振り絞る。
突如、リングが輝き出した。
そして、時が止まったかのような静けさ。
光は学校全体を包んだかと思うと、弾けるように消えた。

大場「え…?」

瞬間、大場は長い呪縛から解き放たれたかのように、勢いよく立ち上がった。

大場「動く…痛くない…」

不思議そうに手足を曲げ伸ばしてみる。
痛みは嘘のように消えていた。

中村「なかまったー!!」

中村の声に驚き、振り返ると、すでにメンバーは仲俣の周囲に集まっている。
大場も遅れて駆け寄った。
仲俣は阿部に体を支えられながら、荒い呼吸を繰り返している。
しかしその表情は安堵して、優しい笑みを浮かべていた。

阿部「どうなってんですか?今の…」

阿部が先ほどの痛みなどなかったかのように、けろりとした顔で問いかけた。

仲俣「これが…あたしのヴォイド…」

大場「何?」

仲俣「音を遮断することができるの。リングが光った瞬間、何も聞こえなくなったでしょ?」

仲俣はそう言うと、リングをそっと撫でて見せた。


429 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:07:35.82 ID:ieVPZnSiO
仲俣「お願い…みんなを…みんなを助けて!!!」

仲俣が声を振り絞る。
突如、リングが輝き出した。
そして、時が止まったかのような静けさ。
光は学校全体を包んだかと思うと、弾けるように消えた。

大場「え…?」

瞬間、大場は長い呪縛から解き放たれたかのように、勢いよく立ち上がった。

大場「動く…痛くない…」

不思議そうに手足を曲げ伸ばしてみる。
痛みは嘘のように消えていた。

中村「なかまったー!!」

中村の声に驚き、振り返ると、すでにメンバーは仲俣の周囲に集まっている。
大場も遅れて駆け寄った。
仲俣は阿部に体を支えられながら、荒い呼吸を繰り返している。
しかしその表情は安堵して、優しい笑みを浮かべていた。

阿部「どうなってんですか?今の…」

阿部が先ほどの痛みなどなかったかのように、けろりとした顔で問いかけた。

仲俣「これが…あたしのヴォイド…」

大場「何?」

仲俣「音を遮断することができるの。リングが光った瞬間、何も聞こえなくなったでしょ?」

仲俣はそう言うと、リングをそっと撫でて見せた。


431 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:09:30.55 ID:ieVPZnSiO
竹内「すごい…」

仲俣「だけど敵も馬鹿じゃない。超音波が利かないとわかったら、次の攻撃を仕掛けてくるはず。早く…先輩方のところに行かないと…反撃しないと…」

阿部「仲俣さん立てますか?」

仲俣「うん、もう大丈夫。初めてちゃんとヴォイド使ったから、体がびっくりしてるだけ」

仲俣が立ち上がると、5人は渡り廊下を駆け抜けた。
校舎に飛び込むと、他のメンバーを探す。
時間がなかった。

大場「早く!マリアなんで歩いてるの?」

大場が急かす。

阿部「あ、すみません」

阿部は軽く頭を下げた。
そしてそのままよろめいて、壁に激突する。

阿部「おっと…」

仲俣「え?今度は何?」

はじめは廊下が湾曲したのかと思った。
しかしすぐに間違いに気付く。
校舎全体が揺れているのだ。
すぐに彼女達は立っていられなくなり、床に伏せた。

阿部「地震ですかね?」

阿部はきょとんとした顔で、中村に尋ねた。
突っ伏していた中村が頭を上げる。

中村「違うよ。どういう仕組みかわかんないけど、校舎を振動させられてるんだ。今度は力づくであたし達を外へ引きずり出す気だよ」

仲俣「あ、危ないっ!!」

大場「キャッ!」

仲俣の声に、大場が頭を抱える。
音を立てて揺れる校舎。
耐え切れなくなった蛍光灯が、頭上から降ってくる。
それは彼女達の頭を掠めると、廊下に無数の破片を散らした。
嘘のような光景だった。
あっという間に壁には亀裂が走り、ぼろぼろと崩れ落ちる。


432 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:11:12.60 ID:ieVPZnSiO
大場「引きずり出す以前に、このままあたし達を校舎ごと潰す気じゃん」

中村「もうやだやだやだ…」

今や校舎そのものが怒り狂う生き物かのように、激しく振動している。

竹内「……」

そして、ついに竹内が動いた。

――もしかしたら、これが使えるかも。学校の授業で習ったもん。美宥いっぱい勉強したもん。美宥だって、いつまでもみんなに助けられてばっかりじゃいられない…!!

竹内「…お願い…」

竹内は丸めていた体を起こした。
その途端、彼女の体は激しく壁に叩きつけられる。

仲俣「美宥ちゃんっ!!」

竹内「お願いします…」

竹内は苦しげに呟くと、残っている力を振り絞って、自身のつけているイヤリングに触れた。

竹内「お願いします…美宥は…美宥は…みんなと一緒にいたい!こんなところで終わりたくない…!」

竹内の切実な願いが、廊下に響く。
メンバーは目を見張った。
校舎全体に流れる不思議な音色。
そのリズムに合わせるようにして、揺れは徐々に小さくなり、やがてぴたりと止まったのだ。


433 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:12:26.64 ID:ieVPZnSiO
仲俣「どうして…」

仲俣が驚愕の表情で呟く。
竹内を見つめた。

仲俣「美宥ちゃんがやったの?今の揺れ…美宥ちゃんが止めたの?」

竹内「そう…かな…?」

竹内は照れたように笑った。

仲俣「美宥ちゃんのヴォイドは、振動していたものを止める…」

竹内「ううん、違うよ。美宥のヴォイドは対象のものを振動させるの」

仲俣「え?どういうこと…あっ!」

仲俣は最初不思議そうに首をかしげたが、すぐに思い至って納得の声を上げた。

阿部「え?何ですか?」

今度は阿部が尋ねる。

竹内「たぶんさっきのは校舎全体が揺れているんじゃなくて、それを支えている地面が揺れていたんじゃないかなって考えて…だからその揺れと同じ振り幅の揺れをこの校舎に与えてみたんだ」

阿部「全然わかんないです」

仲俣「まぁとにかく、そうすると揺れはおさまるんだよ」

阿部「へぇ」

竹内「それより早く…みんな大丈夫かな?」

中村「探してみよう。あ、廊下破片がすごいから気をつけて」

大場「うん」


435 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:14:11.87 ID:ieVPZnSiO
一方その頃、前田達は――。

前田「ここからは二手に分かれよう」

すでにトラックから下り、アジト内を探索してた前田は、そう言ってメンバーを見渡した。

佐藤亜「なんでー?大勢でいたほうがもしもの時心強いじゃん」

亜美菜が口を尖らせる。

前田「さっきのロボット達が気になるの。たぶんアジトのどこかにロボットを制御している場所があるはず。香菜ちゃんはそこを探して、ロボット達を止めて欲しいんだ。いいかな?」

小林「わ、わかった。やってみるよ」

小林は返事をしながら、自身のヴォイドである聴診器を首をかけた。

前田「ありがとう。それから有華とはるきゃん玲奈っちは、香菜ちゃんの護衛として一緒に行って。もし覆面隊員と遭遇しても、絶対に殺しちゃ駄目だよ。動きを封じて、逃げるの。いい?」

増田「任せて」

石田「わかりました」

前田「残りの子達はあたしと一緒に捕まったメンバーを探しながら、ボスの居所を探ろう。行って!」

彼女達は今、ちょうど通路の分かれ道にいた。
前田達はずらりと扉の続く通路へ、小林達は薄暗い細道へと、それぞれ分かれる。
島田はスッと、前田の前に進み出ると、先頭を歩いた。

前田「え?」

島田「戦闘タイプのヴォイドはうちと、前田さんが持ってるたかみなさんのヴォイドだけですから。うちがみんなを…守ります」

島田が真剣な顔でそう説明する。
前田はしばらく考えた結果、すっかり逞しくなったこの後輩に、任せてみることにした。
こうして後輩達の成長を間近で見られるのも、あと少しなのだ――。


436 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:15:52.41 ID:ieVPZnSiO
一方その頃、秋元達は――。

秋元「じゃあ、お互い無事で会おう。約束だよ」

秋元もまた、これから先のことを考えて二手に分かれようとしてた。

柏木「はい」

柏木のもとには梅田と咲子。
秋元は珠理奈と菊地と行く。

――捕まったメンバーを救出したら、わたしは麻友を探す。麻友は必ずこの建物の中にいるはずだもん。探して、説得しなきゃ。今ならまだメンバーもきっと麻友の間違いを許してくれる…。

柏木は密かに決意を燃やしていた。
そんな柏木を、梅田が急かす。

梅田「ゆきりん、急ごう」

柏木「う、うん」

秋元達はすでに出発していた。
柏木グループも反対の方向へと歩き出す。
壁際には一定の間隔で正方形の穴があり、風が中まで吹き込んできていた。
柏木はそこから顔を出し、外の様子を窺ってみる。
湿った風が頬に当たった。

柏木「雨が降るかも…」

天気の崩れが、これから先の戦況を暗示しているように感じ、ぞくりとした。
慌てて首を振る。
そうして柏木は突如沸いた悲観的考えを、頭の中から追い出そうとした。


437 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:18:45.74 ID:cKc6HvOD0
柏木「こっちにはそれらしい部屋はなさそうですね…」

3人は長く続く通路を、周囲に警戒しながら歩いた。
特に曲がり角は気をつけなければいけない。
レジスタンスの連中と鉢合わせになることだけは避けたかった。

松井咲「あ、あそこのドア…」

しばらく進むと、鉄扉に遭遇した。
頑丈そうな鍵がかけられている。

梅田「あの感じだと、中にメンバーが捕まっているのかもしれないね。あたしのヴォイドで壊せるかな…」

梅田はひそひそと2人に耳打ちした。
彼女の手には猫手が嵌められている。

柏木「静かにやらないと、誰かが気付いてやって来るかも…」

梅田「うん」

3人は忍び足で扉へと近づく。
と、目の前に来たところで、突然扉が開いた。

松井咲「あ…」

咲子が硬直する。
戦闘慣れしていた柏木と梅田はすぐに距離を取った。

柏木「咲子ちゃん!」

逃げ遅れた咲子。
彼女は何が起こったのか把握できないまま、壁に押し付けられた。


439 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:21:31.64 ID:cKc6HvOD0
覆面隊員「おまえら…こんなところに…!」

扉から出てきた覆面隊員もまた、柏木と梅田同様、瞬時に戦闘態勢に入っていた。
咲子を捕まえると、そのこめかみに銃口をつきつける。

梅田「…くっ…」

こうなっては手も足も出なかった。
梅田のヴォイドは至近距離でないと使えない。
それは柏木も同様だった。
それに加えて、覆面隊員の手の内には咲子がいるのだ。
下手に攻撃は出来ない。

松井咲「やめて…やめてぇぇぇ」

咲子がもがく。

覆面隊員「おとなしくしろ!おまえ達だけか?何人で来た?こいつを殺されたくなかったらヴォイドを床に下ろせ!」

覆面隊員の要求に、柏木と梅田はそれぞれヴォイドを下ろした。
すぐ傍にいるのに何も出来ない。
その悔しさから、2人の体はぶるぶると震えている。
その間にも咲子は覆面隊員の手から逃れようと、もがき続けていた。

覆面隊員「ふざけんなてめぇ!この銃は本物だぞ!撃つぞ!」

松井咲「ひいっ…!!」

そう言われると、ますます銃口から距離を置きたくなる。
咲子は今度、後ろに身を引いた。

覆面隊員「あ、おいっ…!」

その瞬間、覆面隊員の手から咲子の姿が消える。
慌てる覆面隊員。
柏木はその隙を見逃さなかった。
ヴォイドを拾い上げると、即座に距離を詰める。


440 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:22:07.15 ID:cKc6HvOD0
柏木「ごめんなさぁぁぁぁい…!!」

クレセントアックスの柄を使い、覆面隊員の頭を叩いた。
ふいを突かれた形となった覆面隊員は、呆気に取られた表情でふらふらと動き回った挙句、地面に伸びてしまう。

梅田「やったぁ!」

それを見た梅田は、思わず飛び上がった。
それから気がついて、壁際の穴に飛びつく。
頭を出して、下の様子を確認した。

梅田「大丈夫ー?」

呼びかける。
すぐ下は水路となっていて、その中に咲子の姿があった。
彼女は城の外壁に掴まり、ずぶ濡れの状態でこくこくと頷いている。

柏木「びっくりしたよ…」

柏木は口元に手をやり、目を丸くした。
覆面隊員の銃に怯えた咲子は、逃れようとするあまり、勢いをつけすぎて、穴から外に落ちたのだ。
下から咲子の声が届く。

松井咲「とりあえず泳いで、また城の中に入れないか探ってみる。無理そうだったらごめん、一旦向こう岸に渡って城を離れるわ。わたしのことはいいから、先に行って」

柏木「どうしましょう…」

柏木と梅田は顔を見合わせた。
だが、今は目の前のドアのことが気になる。
覆面隊員が出てきたばかりということは、鍵は現在、開いている状態。
早く中を探って、メンバーがいるなら解放しなければ。
考えた末、2人は咲子が戻るのを待つことを諦めた。

梅田「よし、部屋の中に入ってみよう…」


441 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:23:09.84 ID:cKc6HvOD0
一方その頃、中学校では――。

蛍光灯や窓ガラスの破片が散乱する廊下を、5人のメンバーが走っていた。
大場、中村、竹内、仲俣、阿部である。
5人は他のメンバーと合流しようと、校内を探す。
昇降口まで来た。

仲俣「あ、あれ…」

突然、先頭を走っていた仲俣が立ち止まる。
視線の先には、先輩達の姿。

竹内「何してるの…」

昇降口に背を向ける体勢で、中田、夏希、紫帆里がヴォイドを手にしていた。
彼女達が対峙しているのはロボットの軍団。

中村「まさか…3人だけで戦う気なんだ!」

中村が叫んだ時、中田が動き出した。
中田は凄まじい速さで、次々とロボットを仕留めていく。
その背後から飛び出すように、夏希がスパイクド・クラブを振るった。
そして彼女達2人の間から、紫帆里がその長身を生かしてグレイブを投げる。
それはロボットの機体を貫いた。
すぐに紫帆里は倒れかかるロボット飛びつくと、グレイブを引き抜き、回転させる。
周囲に迫っていたロボット達をなぎ倒した。

大場「あたしも行かなきゃ」

大場は慌ててヴォイドを構える。
戦えるのに、戦わないのは罪だと思った。逃げだと思った。


442 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:23:46.20 ID:cKc6HvOD0
中村「みなるん、頑張って!」

中村が大場の背中を押す。

大場「うん」

大場は決意に満ちた表情で、中村を振り返った。
直後、自身のヴォイドであるトマホークを中村に向かって投げつけた。
中村は咄嗟に身を縮めてそれを避ける。

中村「ちょっ、何してんの?危ないじゃん。敵はあっちでしょあっち!」

中村はトマホークが掠ったらしく、頭を押さえながら立ち上がった。
腰が引けて、足が震える。
あと数ミリずれていたら危なかったかもしれない。

中村「ねぇ聞いてる?」

抗議する中村。
しかし大場は彼女の肩越しに、何かをじっと見つめていた。

中村「え?」

大場の視線に気付き、中村は振り返る。
そこには覆面隊員が右腕を押さえ、呻いていた。
その足元に転がるレーザー銃。

竹内「うわっ、うわっ、うわっ…」

中村「まさか…助けてくれたの?」


443 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:24:28.95 ID:cKc6HvOD0
大場「危ないところだったね」

大場は振り返った瞬間、中村の背後に迫る覆面隊員の姿を見つけたのである。
咄嗟にトマホークを投げたはいいが、もし中村にまで当たっていたらと思うと、今更ながら背すじが凍った。
慌てて中村に謝罪する。

中村「いいよ、ありがとう」

気のいい中村はそれをすぐに許した。
覆面隊員は大場に攻撃された箇所が痛むのか、床でのたうち回っている。
少しかわいそうな気がしたが、今は構っている余裕などない。

仲俣「この人がここにいるってことは…」

阿部「まだ他にも覆面の人達が侵入してきてるかもしれないですね」

仲俣の呟きを、阿部がさらりと引き継いだ。

竹内が仲俣の腕にしがみつく。
5人は肩を寄せ合い、周囲を警戒した。
大場はヴォイドを構え、臨戦態勢に入る。
なぜかずきずきと頭が痛んだ。
隣に立つ中村もまだ頭を押さえている。

大場「なんかあたしまで頭痛くなってきた。さっきの超音波の影響かな」

中村「えっ…」

やがて近づいてくる足音。
今度は複数だ。
外ではまだ、中田達がロボットと戦い続けている。


444 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:26:19.58 ID:cKc6HvOD0
一方その頃、咲子は――。

松井咲「駄目だ…なんかだんだん寒くなってきちゃった」

咲子は壁づたいに水路を泳ぎ、再びアジト内へ侵入できるところがないか探っていた。
だがそれも体力の限界である。

――ひとまず岸に戻って考えよう。あ、前田さん達が入って行った裏口に回ればいいかな。向こうは見張りとかいなさそうだったし。

咲子はそう考え、体の向きを変えた。
と、水面がポツポツと浮き立つ。

松井咲「えっ…」

咲子は頭上を見上げた。
今度はばらばらと砂粒が落下してくる。
水面が激しく揺れた。

松井咲「キャー!!」

岸すれすれにロボット達が立ち並んでいた。
一斉に咲子を見下ろしている。

――なんで?さっきは城の外にロボットなんていなかったじゃん…。

慌てる咲子に、ロボットは容赦なくレーザー銃を向けた。
複数の銃口が咲子を狙う。

――どうしよう…ルパンとかだとこういう時水の中に逃げ込むんだよね。レーザーって水の中にまで侵入するのかな…。

咲子は必死に過去の記憶を辿ると、水中に潜ろうとした。
大きく息を吸い込む。
だが途中で、完全に息が止まってしまった。
驚きのあまり、あんぐりと口を開けたまま、硬直する。

――嘘…。


445 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:26:55.18 ID:cKc6HvOD0
まず手前のロボットが倒れた。
それをきっかけとして、並んでいたロボット達はまるでドミノのように次々と体勢を崩していく。
岸から落ちる砂や石が、強雨のように水面を揺らした。
その騒ぎが落ち着きはじめた時、見知った顔が岸から覗く。

松井咲「たなみん!」

田名部は肩で息をしながら、水中の咲子へと呼びかけた。

田名部「大丈夫ー?」

松井咲「たなみんなんで…学校に残ってたはずじゃ…」

田名部「みんなが戦うって決めたんだもん。あたしだけ何もせずにはいられないよ」

田名部はにっこりと笑うと、咲子に向けて軽くヴォイドを振ってみせた。
が、次の瞬間に岸から飛びのき、再び体勢を整えたロボット達と戦いはじめる。
咲子はその姿をボーッと眺めていたが、ふと気がついて、泳ぎだした。

――岸に戻ること考えてたけど、諦めちゃ駄目だ。たなみんだって戦ってるんだもん。わたしはわたしに出来ること…今はまたアジトに戻って、捕まってる子達を探そう。

少し泳いだところで、今度は運良く地下に繋がっているらしい入り口を見つける。
咲子はそこへ飛び込むと、再びアジトの内部を目指した。


446 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:28:02.34 ID:cKc6HvOD0
一方その頃、中田達は――。

中田「ハァ…ハァ…」

佐藤夏「倒しても倒してもきりがないね」

鈴木紫「それにさっき、覆面をした人達が校舎に入って行くのを見ました。中にいるみんなが危ないです」

中田達はいつしかロボットに取り囲まれる形となっていた。
互いに背中を預け、息を切らしながら会話する。
その間にも戦いの手を休めることはない。

中田「でもわたし達はロボットで手いっぱいだし…」

佐藤夏「中には一応しーちゃんと、あと大場ちゃんがいるけど…」

中田「何にしても戦力が足りなさすぎる…」

そして3人は今、じりじりと追い詰められている。
はじめは優勢だったが、すでに立場は逆転していた。
集まったロボットを攻撃するよりも、向けられたレーザー銃を防ぐことで精一杯だった。
そんな3人の様子を、3階の窓から見守る者がいた。


447 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:28:57.20 ID:cKc6HvOD0
内田「……」

内田は戦況を見つめて、いつしか拳を握っている自分に気付いた。
もう片方の手には、自身のヴォイドであるハンマーがある。

――あたしは…あたしは…このまま何も出来ないで終わるの?何もしないままで、あいつらに捕まるの?

内田の心が激しく揺れ動く。

――怖い…怖いけど…。

内田「逃げちゃ駄目だ!」

そうだ。
自分はいつだって闘争心を忘れたことなどなかったではないか。
どんなに辛くても、諦めそうになっても、自分を奮い立たせてきた。
欲しいものは自分の手で勝ち取った。

――そしてあたしが今欲しいものは…メンバーがいて、みんな揃って立つあのステージ!!

内田「……」

内田は窓から離れると、あるメンバーを探して廊下を駆け出した。


449 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:32:38.97 ID:ieVPZnSiO
一方その頃、同じく廊下を走るメンバーがいた。
彼女は仲谷、片山と一緒に隠れていた保健室を飛び出し、奥の教室にいた朱里を連れ出す。

高橋朱「ちょっ、えぇ?どこに行くんですか?今は隠れてたほうがいいですよ」

しかし彼女は朱里の質問を振り切って再び走り出した。
昇降口まで来ると、運良く阿部の姿を見つける。
朱里の時同様、強引に連れ出した。
外へ出る。
追い詰められた中田達の姿が視界に入った。
もう時間がない。

阿部「あのぉ、どうしたんですか?」

阿部が尋ねた。

高橋朱「一体何を…」

怪訝な顔をした2人を、彼女は真剣な面持ちで見つめた。
そこにはもう、いつものあどけなさはない。
彼女は覚悟を決めたのだ。
戦う覚悟――。

阿部「何するつもりですか?らぶたんさん」


450 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:34:03.40 ID:ieVPZnSiO
一方その頃、柏木と梅田は――。

梅田「そうだ、あっちゃんのところに行こうよ。ヴォイドを取り出してもらおう」

梅田が提案する。
柏木と梅田が入った部屋には、板野と仁藤、佐藤すみれが拘束されていた。
2人は手分けして板野達を解放したのだった。

板野「え?あっちゃん来てるの?」

梅田「うん」

仁藤「じゃあ早く行きましょうよ」

そうして5人が部屋の外に出た時、事態は急変していた。

柏木「たなみん…」

梅田「なんで…?」

咲子が落ちた穴から、外の様子を窺った2人は、ほとんど同時に驚きの声を上げた。
アジトの外。
そこでは複数のロボットを相手に、田名部が孤軍奮闘している。

柏木「あんなにたくさん…たなみんひとりじゃもたないよ!」

梅田「助けに行かなきゃ…ゆきりん、後をお願い出来る?」

梅田が凛とした眼差しを柏木に向ける。
柏木は姿勢を正した。

柏木「わかりました」

梅田は何の迷いもなく、走り去っていく。
その背中を見つめながら、柏木は言った。

柏木「さあ、あっちゃんを探しましょう」


451 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:36:39.35 ID:ieVPZnSiO
一方その頃、前田達は――。

前田「ごんちゃん!!」

仲川「はいっ!」

前田達は今、通路の奥へと追い詰められていた。
じりじりと詰め寄るのは覆面部隊。
ついに見つかってしまったのだ。

仲川「悪いことしちゃ…いけないんだよ…!!」

仲川がヴォイドを構える。
たちまち強風が覆面部隊の足を遅らせた。
しかしまだ弱い。
少しずつではあるが、敵は距離を詰めてくる。

仲川「もっとパワー上げちゃう?」

前田「駄目!ごんちゃんが本気出したら建物ごと吹っ飛ぶかもしれないでしょ」

島田「やっぱりここはうちが…いいですよね?前田さん」

前田「出来るの?あの人達が持ってる武器を取り上げるだけだよ?」

島田「そんな無理ですよ。うちのヴォイド、マシンガンですよ?」

前田「…なんとか殺さずにこの場を切り抜けなくちゃ。人殺しなんてあの人達と同類になっちゃうよ」

永尾「……」

市川「……」

佐藤亜「えーっと…さっきみたいに通路の幅を広げれば…って駄目だ。どっちにしても逃げ道がないよ」

仲川のヴォイドで時間稼ぎしていても、埒があかない。

――決着をつけなくちゃ…でもどうやって…?

前田は悩んだ。
やはり小林と一緒に増田や石田まで行かせたのは間違いだったのか。
自分達だけで、どうやって覆面隊員と対決すればいいのだろう。


452 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:38:29.34 ID:ieVPZnSiO
前田「みんな、ごんちゃんが時間稼ぎしている間に抜け道がないか探して」

佐藤亜「無理だよ~。亜美菜さっきから探してるもん」

亜美菜がおろおろと周囲を見渡した。

島田「いざとなったらうち、やりますよ?その覚悟は出来てます」

前田「嫌!島ちゃんを人殺しになんて絶対させないよ!」

島田「前田さん…」

その時、島田の背後から岩佐が歩み出た。

前田「わさみん…?」

岩佐は無言で仲川の隣に立つと、握った手を前へ突き出した。
ゆっくりと開く。
その手に乗っていたのは不思議な光を放つ小さな球体。
それが彼女のヴォイドだった。

岩佐「はるごん、そのまま風を送り続けて」

仲川「オッケー!」

仲川がこの場にそぐわぬ無邪気な返事をした。

前田「何する気?」

前田が小声で問いかける。
岩佐はしかし、そんな前田を突き放すように言った。


453 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:40:42.90 ID:ieVPZnSiO
岩佐「離れててください!自分でも成功するかわからないんです」

その物言いは、普段の岩佐からは想像もつかないほど厳しかった。
岩佐は今、はっきりと理解した。
ヴォイドの意味。
メンバーを守るために使う、奇跡の力。
ここまで来るのに、たくさんのヴォイドの力を見てきた。
それを使うメンバーは皆、輝いて見えた。
その奇跡を、ずっと見てきた。
見てるだけだったんだ。

――やっとわかったよ。与えられた奇跡をどう繋げるか…自分自身で決断して、動くことにかかっている。今までのわたしに足りなかったものそれは…積極性…!

岩佐のヴォイドがより一層の輝きを放ち、回転しはじめた。

佐藤亜「えー?何何?」

そして、前田達は目撃した。
強烈な風と、耳に痛い風音。
それでも自分達は岩佐の起こす奇跡を見届けなくてはならないと思った。
乱れる前髪を掻き分け、しっかりと目をこらす。

岩佐「……」

仲川の起こした風が、ぐるぐると向きを変える。
それは小さな竜巻となって覆面部隊を襲った。
まるでヒーローショーの悪役を見ているかのように、前田達の目の前で、覆面部隊は体を回転させ、宙を舞い、地面に落下していく。
あっという間の出来事だった。
竜巻が抜けた後には、失神する覆面部隊と、床に転がるレーザー銃。


454 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:42:43.12 ID:ieVPZnSiO
岩佐「うまくいった…」

岩佐は緊張が解けたのか、ふらふらと床に膝を着いた。

島田「大丈夫ですか?」

すぐに島田が駆け寄り、岩佐に肩を貸す。
一方仲川はその場でぴょんぴょんと跳びはねながら、歓声を上げていた。

仲川「うわーい、やったよやったよー」

仲川はそのまま前田に抱きついた。
前田は仲川の興奮がおさまるのを待って、しかし一向にその気配がないので最後は引き剥がしてから、岩佐に歩み寄る。

前田「わさみん…」

岩佐「あ、前田さん。これ…わたしのヴォイド。対象となった物を回転させることができるんです。一か八かでしたけど、もしかしたらその…風も回転させられるんじゃないかって…」

前田「そうだったんだ。ありがとう。ごんちゃんも。2人のお陰で助かったよ」

岩佐「いえ、そんな…でもわたし、嬉しいです。やっと皆さんと同じ土俵に立てたようで…。ずっとずっと、何も出来ない自分が嫌で、勝手に疎外されてる気分になって拗ねてたんですよ、わたし」

岩佐「だけど出来ないは言い訳だったんだって気付きました。わたしは出来ないんじゃない、しようとしなかっただけだったんだって」

前田「そんな…最初からわさみんは大事な仲間だよ。ちょっと頼りないけど本当はすごく頑張りやで努力家な、可愛い仲間だよ」

岩佐「前田さん…」

岩佐はそこで本当に心から安堵した。
するとなぜか、涙が溢れてくる。
前田の言葉がうれしかった。

佐藤亜「ほらほら、なんか湿っぽくなってるよ?泣くのはメンバーを全員助けて、レジスタンスに勝利してからなんでしょ?流していいのは、嬉し涙だけなんだから」

亜美菜がわざと空気を壊すように口を挟む。
そうしてけらけらと笑った。
途端に場が和む。
亜美菜の持つ雰囲気が、メンバーを癒した。

岩佐「これは…嬉し涙ですよ。だから流してもいいんです」

岩佐は負け惜しみのように言うと、島田から離れ、自分の力で立ち直した。

岩佐「さっ、先を急ぎましょう」


455 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:44:47.40 ID:ieVPZnSiO
一方その頃、内田は――。

内田「ともーみさんっ!」

校内を探し回り、内田はついに目的の人物を探しあてた。

河西「うっちー?どうしたの?あ、外の様子はどう?」

室内に飛び込んできた内田の様子に、河西がびくりと肩を震わせる。
ロボットからの要求音声が流れた直後から、河西は美術室の高橋達のもとへ身を寄せていたのだった。

河西「良かった、心配してたんだよ?夏希ちゃん達が外で戦ってくれてるのはわかったんだけど、他の子達はどうしてるかわからなかったから…。うっちーもおいでよ。今みんなでこれからどうすればいいか話しあってたんだ」

そう言って手招きする河西のもとには、高橋、峯岸に加えて片山と仲谷、入山が座っていた。

内田「違うんです。あたし…あたし…ともーみさんに手伝ってもらいたいことがあるんですよ!」

しかし内田はその場から動かず、真っ直ぐに河西を見据えている。

河西「あたしに…?」

河西が首をかしげた。


456 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:46:36.10 ID:ieVPZnSiO
一方その頃、多田は――。

多田「マリアちゃん、いいよ!」

多田は中田達を包囲するロボットに、背後からそっと近づいた。
阿部に合図を出す。
阿部は無表情に頷くと、おもむろにヴォイドを取り出した。
これまでの生活でメンバーに水を配給し続け、料理の際にも活躍したホースである。
阿部はそのホースから、ロボットへと水を放射した。

中田「うわっ、何やってんの阿部ちゃん」

その飛沫が目に入った中田が、悲鳴を上げる。

阿部「あ、なるべく濡れないように気をつけてくださーい」

ロボットはすでに阿部の姿を見つけて、迫ってきている。
しかし阿部は微動だにせず、そんなロボット達に水を放射し続けていた。

多田「今だよ、朱里ちゃん」

多田は今度、朱里に合図する。
しかし朱里は阿部のようには動かなかった。
恐怖で足がすくみ、立っているのがやっとだ。
今までこんな間近にロボットを見たのは初めてだった。

多田「急いで!じゃないとマリアちゃんが危ない!」

高橋朱「え…でも…本当にわたしに出来るんでしょうか…」

朱里はグローブを嵌めた手を、小刻みに震わせた。


457 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:48:20.33 ID:ieVPZnSiO
多田「信じて。あたしはこう見えても朱里ちゃんの先輩だよ?今までそれなりに経験積んできたんだから、信用してよ」

多田はこれまでメンバーに見せたことのない大人びた表情で言った。

高橋朱「だって…わたしのヴォイドは…それにもし成功しても、らぶたんさんはどうなるんですか?」

多田「大丈夫。あたし達はひとりじゃちっぽけな存在かもしれない。まだひとりじゃ輝けないかもしれない。だけどそのための仲間でしょ?協力して、高めあって、それが仲間なんじゃないの?あたし達が力を合わせれば、きっとやれる。あたしは平気だよ」

高橋朱「らぶたんさん…」

多田の強い視線に射抜かれ、朱里の手に力がみなぎる。

高橋朱「わたし…行きます!」

そして、朱里は走り出した。
阿部に差し迫るロボットへと、突進していく。
ヴォイドを構えた。

高橋朱「行っけぇぇぇぇぇぇ…!!」

朱里の掛け声とともに、ロボットへ向けたグローブから霧のようなものが噴射される。
みるみるうちにロボットは白く染まり、動きを止めた。
その間から、中田達が抜け出て来た。


458 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:50:03.05 ID:ieVPZnSiO
鈴木紫「何?なんで止まったの?」

紫帆里は驚愕の表情で、阿部と朱里を交互に見つめた。
それから多田に気付き、息を呑む。

多田「みんな…早く逃げて!!」

多田が切羽詰った声で叫ぶ。

中田「らぶたん…なんで…」

中田が呟いた。
彼女達の目の前で、多田はその体に似合わぬ大きな旗を振っている。
それが多田のヴォイド。
身長の倍はあろうという長さの柄と重さに、多田は早くも額に汗を滲ませながら、一心不乱に振り続けていた。

佐藤夏「朱里ちゃん、何したの?らぶたんはなんで…」

夏希が説明を求めると、朱里は気まずそうに目を伏せた。

高橋朱「わたしは反対したんですけど…」

そう言って口ごもった朱里の代わりに、阿部が先を続けた。

阿部「あたしと朱里のヴォイドで、ロボットを凍らせたんです。そうすれば停止するだろうってらぶたんさんが言い出して」

鈴木紫「だからさっき水を…」

高橋朱「はい」

佐藤夏「そっか、朱里ちゃんのヴォイドは物質を冷凍させるんだったね」

中田「で、らぶたんは今何やってるの?早く避難しないとじゃない?凍らせたはいいけど、いつかは溶けるんだし。そうしたらまた襲って来るかもしれないよ?」

中田は不思議そうに多田を見つめた。
多田は今もまだヴォイドを振り続けている。
よほど重たいのか、時折体をよろめかせながら、しかし止める気配はない。
そうして中田達を無言で睨んでいた。

佐藤夏「なんからぶたん怒ってない?」

中田「うん、でもかわいいよね」

鈴木紫「そ、そんなことより今はここから逃げないと…」

佐藤夏「おーいらぶたん、行くよー」

夏希が手を振った。


459 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:52:31.94 ID:cKc6HvOD0
高橋朱「無理なんですよ」

朱里が低い声で言う。

佐藤夏「え?無理って?」

高橋朱「あたしと阿部さんでロボットを凍結させる。だけどそのままだと溶けてまた動き出してしまうから、らぶたんさんがそれを阻止しているんです」

鈴木紫「え…まさか…」

阿部「らぶたんさんのヴォイドは対象となった物の温度を一定に保つ力があるんです。らぶたんさんがああしている限り、凍結したロボットが動くことはありません。凍ったままです」

中田「そんな…今すぐ止めさせなきゃ。あんな重たそうな物、ずっと振り続けていられるわけないじゃん。もうあんなにふらふらになって…」

中田はそう言うと、多田のもとへ駆け出した。
しかし朱里に呼び止められる。

高橋朱「それがらぶたんさんの計画だったんです。自分が犠牲になってもいいから、みんなを逃がすって。らぶたんさんの思いを…無駄にしないでください!」

鈴木紫「あ、じゃあロボットが凍っているうちにうちらで破壊しちゃえばいいんじゃないですか?」

阿部「無理だと思います。うまく一回で破壊できればいいですけど、衝撃を与えればロボットを覆っている氷が割れて、再び動きだす」

鈴木紫「じゃあどうしたら…」

高橋朱「行きましょう…このままここに居ても、らぶたんさんがますます辛くなるだけです…お願いですから…」

朱里は振り絞るように言うと、その場に泣き崩れた。

阿部「……」

中田「そんな…嘘だよ…これしか…これしか方法はなかったの?」

中田の悲痛な声が、虚しく響く。


460 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:55:28.21 ID:cKc6HvOD0
一方その頃、咲子は――。

松井咲「…っくしゅんっ!」

水路から生還した咲子はひとり、暗い通路を進んでいた。
水中からの入り口を見つけて入ってみたはいいが、そこは幅が狭く、這って歩くのが精一杯だった。
おまけに全身が濡れているせいか、先ほどから震えが止まらない。
石造りの通路が、咲子の体温を急激に奪っていく。

松井咲「このまま進んで…どうしたいいんだろう?」

咲子は一度立ち止まると、かじかんだ指に息を吹きかけた。
必ず生きて、もう一度ピアノを弾く。
それを希望に、また進み出す。
とうとう、前方に明かりを見つけた。
弱く洩れ出たような明かりだけれど、咲子には充分すぎるほど、希望の光に見えた。

――明かりがあるってことは、何かあるはず。急ごう。

俄然やる気が湧いてきた咲子は、足を速めた。
と、ふいに感覚を失い、息を呑む。
そこにはあるはずの物がなかった。

松井咲「キャー…!!」

そうして咲子はまたしても落下する。
しかし今度落ちたところは水路ではない。
硬い床の感触に、咲子は打ちつけた腰をさすった。
見上げると、そこにさっきまで自分が這っていた通路が見える。


461 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:56:31.71 ID:cKc6HvOD0
松井咲「痛てて…まさか途中で床が途切れてるなんて…」

それから気がついて、周囲を見渡した。
ぼんやりとした明かり。
室内のようだ。
先ほど通路から見えた明かりはここから洩れていたのだろうか。

松井咲「ひいいっ…!」

そこで、咲子は悲鳴を上げた。
部屋の奥で人の動く気配がしたのだ。

――やだやだやだやだ…来ないで…!

しかし相手はこちらに向かって来るどころか、むしろ咲子を警戒しているようである。

松井咲「な、何?」

相手に名前を呼ばれた。

松井咲「なんであたしの名前知ってるの?」

咲子はそこでようやく、相手の様子を冷静に見つめた。
どうりで相手は向かってこないはずである。
ロープで縛られているのだから。


463 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:57:21.59 ID:cKc6HvOD0
松井咲「佐江ちゃん!」

咲子は飛び上がると、慌てて縛られている宮澤のもとへ駆け寄った。

宮澤「びっくりしたよー。いきなり咲子さんが落ちてくるんだもん」

宮澤は明るく話していたが、その顔は少しやつれたようである。
咲子はかじかんだ指を必死に動かし、宮澤の体に巻きついたロープを解いた。

宮澤「ありがとう。1人で来たの?みんなは?今どうしてる?」

松井咲「ううん、前田さんや才加ちゃん達と来たんだけど、まぁ色々あってあたしだけはぐれちゃって…」

宮澤「そっか。あっちゃんは今どこに?」

松井咲「さあ、別々に侵入したんでわからないけど…なんで?」

宮澤「大変なんでしょ?あたし、あっちゃんに会ってヴォイドを取り出してもらう」

宮澤は監禁されていたはずなのに、希望を捨ててはいなかった。
その逞しさに咲子は頭が下がる。


464 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:58:10.30 ID:cKc6HvOD0
松井咲「でも探すにしても下手に動いたらまた捕まっちゃうし…、あ、てかこの部屋、長くいたら危険なんじゃないの?あ、その前に出られるの?」

宮澤「それは大丈夫。あたしはわりとおとなしくしてるほうだったから、拘束されるだけで部屋自体には鍵かけられてないし。なっつみぃやみゃおは暴れてたからかなり頑丈なとこに閉じ込められたみたいだけど」

松井咲「そんな…ひどい…」

宮澤「だけど確かに迂闊に出歩いたら危険だよね。咲子さんまで巻きこんじゃうし」

松井咲「あたしは最初からその覚悟で来てるから、まあ構わないけど…捕まるのはな…」

宮澤「なんとか目立たずに動くしかないか」

松井咲「目立たずに?あぁ!!」

咲子はそこで何かに気付き、声を上げた。

宮澤「びっくりしたー。どうしたの?ていうか静かにして」

松井咲「ご、ごめんね」

咲子は頭を下げると、胸元からヴォイドを取り出した。
首から提げて、服の下に隠していたのである。


465 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 17:59:16.64 ID:cKc6HvOD0
宮澤「あぁそんなとこに。どうりで今日の咲子さんまな板じゃないと思ったんだ」

宮澤は冗談めかしてそう言った。
咲子が好きな、宮澤の明るい笑顔。

松井咲「どうして今まで気付かなかったんだろう…これを使えば良かったんだ。あ、でもさっき水に落ちちゃったから壊れたかな?いや、壊れてたらあたしも同時に死んでるか、アハハ…」

宮澤「咲子さん…?何ぶつぶつ言ってるの?」

ひとりニヤつく咲子を、宮澤は気味悪そうに眺めた。

松井咲「あ、ごめん」

咲子が我に返る。
ヴォイドを構えると、宮澤へと向けた。

宮澤「な、何?何考えてるの?」

宮澤が後ずさる。

松井咲「いいから佐江ちゃん、ちょっとそこに立ってみてくれる?」

咲子は今度、にんまりと笑みを浮かべた。


466 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 18:00:13.61 ID:cKc6HvOD0
一方その頃、秋元達は――。

秋元「あのドア見て!」

未だ1階を捜索していた秋元達は、上へと続く階段を見つけた。
すでに1階部分は捜索しつくしている。
ここにはもうメンバーはいないと判断した。
3人は上の階へと上がってみることにする。
しかしそこで、階段下に小さな扉を発見した。

菊地「物置…かな?」

菊地はさほど気にせず、先へ進もうとする。
だが秋元と珠理奈はその場に留まり、じっと目を凝らしていた。

松井珠「それにしては変ですよね。鎖でぐるぐる巻きの上、あんな鍵までつけて」

秋元「そうなんだよ。おかしいでしょ?ちょっと調べてみる価値がありそうだよね」

2人が動いたので、菊地も後に続いた。
扉に近づくと、周囲を警戒しながら耳を押し付けてみる。
中に人がいる気配がするようなしないような、それだけでは判断がつかなかった。
扉が怪しいと思いこんでいるせいで、無意識のうちに気配を感じ取っているのであって、実際扉の向こうは菊地の言う通り物置なのかもしれない。

菊地「も、もう行きましょうよ。ここでもし誰かに見つかったら、逃げ道ないですよ」

確かにその先は突き当たりになっている。
菊地は緊張のためか、何度も唾を飲んだ。
が、運悪く気管に入り、咳き込んでしまう。

秋元「し!静かにして!」

菊地は慌てて両手を口許にやった。
それからハッと気が付き、秋元と顔を見合わせる。


467 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 18:00:56.27 ID:cKc6HvOD0
菊地「あれ?今なんか…」

秋元「中から聞こえたよね?」

松井珠「あたしも聞きました」

次の瞬間には、3人ともヴォイドを構えている。
扉を睨んだ。
嫌な想像が頭の中を駆け巡る。
今にも目の前の扉が開き、レジスタンスが襲って来るような気がした。

秋元「……」

しかし、いつまで経っても何も起こらない。
気のせいだったのか。
そう思った矢先、扉の向こうから聞き覚えのある声が洩れてきた。

松井珠「麻里ちゃん!」

珠理奈が我を忘れて扉に飛び付く。

松井珠「麻里ちゃん!麻里ちゃんだよね?助けに来たよ!」

篠田「その声は…珠理奈?なんでここにいるの?」

松井珠「みんなで来たんです。才加ちゃんとあやりんさんも居ますよ!」

篠田は最初、珠理奈がいることに渋い返事をした。
まだ若い珠理奈には、きっと自分よりも遥かにやり残したことがあるだろうと思ったのだ。
こんな危ない場所には来ずに、出来れば遠く離れたところに避難していてほしかった。
これ以上辛い現実を見ることがないよう、これからものびのびと成長してほしいと願っていたのである。


468 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 18:02:13.35 ID:cKc6HvOD0
松井珠「あたしは大丈夫だよ!もう高校生です。自分の行動に責任を持つこと、教えてくれたのは麻里ちゃんでしょ?]

松井珠「わかってる、何が起ころうとあたしは決して絶望したりはしない。責任持って、すべての現実を受け入れる覚悟だもん。そうやって手に入れる未来は、きっとすごく明るいよ。麻里ちゃん、今鍵を壊すから扉から離れてて!」

珠理奈は自身のヴォイド、ピストルを構えると、鍵に向けて撃った。
それから扉に巻かれた鎖にも弾丸を撃ち込む。
鎖はじゃらじゃらと音を立てて、床に落ちた。
急いで扉の取っ手に飛び付く。
しかしそれよりも早く、扉が内側から開かれた。

篠田「珠理奈…3人ともありがとね」

探し求めた篠田の笑顔がそこにあった。
珠理奈が目を赤くする。
篠田はいつも通り余裕の窺える笑みを浮かべると、秋元を見やった。

篠田「みんな…本気なんだね。本気でレジスタンスを壊滅させようとここへ来た」

秋元「当たり前じゃん。そうでなきゃあたしみたいな弱小ヴォイドの奴まで来ないでしょ」

秋元は自虐的に笑う。
しかし篠田にはそれが秋元の本心でないとすぐにわかった。
ある種の開き直り。
秋元は決して自分自身を蔑んだり、貶めたりはしないのだ。
それが秋元の持つ品格。


469 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 18:03:38.28 ID:cKc6HvOD0
秋元「もうなりふり構っていられないところまで来てるんだよあたし達は」

篠田「わかったよ。だけど相手もなかなか手強いよ。あたし達が結託して何か起こさないように、数人に分けて監禁してるんだ。戦闘力は計り知れない上、警戒心も強い。そう簡単に倒せるかどうか…」

秋元「……」

菊地「あの、さっきから思ってたんですけど、今の銃声で敵に気づかれたりしてないですよね?」

菊地が怯える。
仕切りに視線を動かし、耳を澄ませた。

篠田「行こう。あたしも戦うよ。あっちゃんはどこ?」

秋元「散々この階を歩いてて出くわさなかったってことは、もう上に移動してるかも」

松井珠「あそこに階段があるんだよ、麻里ちゃん。行こう」

篠田「わかった」

4人は扉から離れると、階段に向かって走り出した。
だがそこで、窓の外の様子が視界に飛びこんでくる。

菊地「あ、たなみん…」

菊地が窓にへばりつく。
外では田名部がひとり、ロボット相手に戦い続けていた。


470 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 18:04:24.99 ID:cKc6HvOD0
秋元「そんな…中学校に残ってたはずじゃ…」

松井珠「きっとあたし達に加勢しようと、追いかけて来てくれたんですよ」

篠田「だけどあの数のロボット相手に、たなみん1人じゃ…。それにたなみんのヴォイドには確か、ロボットに対して致命傷を負わせるまでの力はないはず」

秋元「じゃあ、ああしていても終わりはないってこと?たなみんの体力が尽きるまであれは続くの?」

篠田「そういうことになるね…」

松井珠「どうしますか?」

秋元「……」

4人は顔を見合わせた。
まさか全員で田名部を助けに行くわけにはいかない。
篠田はまだ、ヴォイドを取り出してもらっていないのだ。

菊地「あたし行きます!」

菊地が外を見つめたまま言った。

松井珠「あやりんさん?」

珠理奈は驚いて、菊地の横顔を見つめる。
いつもにこにことしていて、優しい菊地。
しかし今は、きりりとした眼差しで状況を見守っていた。


471 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 18:04:57.54 ID:cKc6HvOD0
菊地「あ、駄目ですか?」

返事がないのを不安に思ったのか、菊地は篠田と秋元のほうを振り返った。

菊地「だってたなみんは仲間ですよね?あたし、たなみんを助けたいんです。そりゃ、あたしのヴォイドだって致命傷は負わせなられないけど、1人より2人ですよね?」

菊地は篠田と秋元に、詰め寄るようにして言った。
その瞬間、菊地の頭の中からは2人が先輩であることなど忘れ去れていた。
ただ考えることは、田名部を助けたい。
それだけだった。

篠田「…ふっ…」

ずっと無表情に菊地を見つめていた篠田が、ふいに息を洩らす。
優しく目尻を下げ、感慨深げに菊地に笑いかけた。

菊地「え…?」

篠田「いいこと言うじゃん」

秋元「こんなガツガツしてるあやか、初めて見た…」

秋元は呆然としていたが、すぐに篠田同様、笑顔を見せる。

菊地「え?え?」

菊地は2人の反応に、おろおろと視線を泳がせた。

秋元「行って来なよ。ううん…お願い、行って。たなみんを助けて。今のあやかならやれる。かっこいいもん、すごく」

菊地「そんな…あたし…」

戸惑う菊地だったが、2人に背中を押され、走り出した。

菊地「行きます。絶対にたなみんを助けます」

遠ざかっていく菊地の後ろ姿。
残った篠田達3人は少しの間それを眺めていたが、気がついて、階段を駆け上がる。


472 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 18:05:44.84 ID:cKc6HvOD0
一方その頃、中学校では――。

川栄「うわっ、どうしたんですか?どうしたんですか?」

外の騒ぎを怖がり、教室に隠れていた川栄と岩田、田野だったが、急に静かになったことで様子を窺うため、廊下に出て来ていた。
多田に連れて行かれたまま帰って来ない朱里も気になる。
しかしそこで、こちらに向かってくる大場達の姿に気付き、慌てふためいた。
彼女達の背後からは、大勢の覆面隊員が迫ってきていたのだ。

岩田「え?やだ…こっち来ないでくださいよ。うわっ…うえっ」

だが覆面部隊から逃げる大場達に、岩田の言葉が届くわけもない。

田野「なんで?なんで追いかけられてるんですか?あの覆面をした人達誰ですか?」

川栄「キャッ…」

結局大場達に巻きこまれる形で、3人もまた逃走しはじめた。

大場「知らないよもう、やっつけてもやっつけてもうようよ現れて…もうかなりの人数が校内に侵入してきてる」

岩田「そんなぁ、ロボットだけじゃないんですか?」

大場「無駄口叩いてないで走って!あいつら銃持ってるんだから」

川栄「えぇ?…つっ…」

川栄が驚きの声を上げた瞬間、壁に火花が走った。
銃が撃たれたのだ。
川栄は頭を抱えながら、懸命に走った。
後ろを振り返る余裕も、疑問を投げかける暇もない。
ただひたすらに足を動かす。


473 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 18:06:34.70 ID:cKc6HvOD0
中村「行き止まりだよ!」

先頭を走っていた中村が叫ぶ。
残る逃げ道は階段を駆け上がるしかない。

大場「上!上に!」

大場は階段を指差した。
と、その時、踊り場に2人の人影が現れる。

大場「あ、逃げてください!逃げてください!こっちは危険です」

大場はその2人の影に向かって叫んだ。
しかし2人は逃げようとしない。
それどころか余裕たっぷりの笑みを浮かべ、大場達を手招きしていた。

河西「みんな早く!美術室にたかみな達がいるから、そこへ逃げて!」

内田「これで全員?逃げ遅れた子はいない?」

河西と内田は、大場達後輩を呼び寄せると、覆面部隊から守るかのように前へ歩み出た。
大場達は息を切らせながら、踊り場に倒れこむ。

中村「これで…逃げてきたのは全員です」

中村はそれだけ言うと、息を吐き出した。

河西「わかったよ。後はあたしとうっちーに任せて」

河西は色っぽい笑顔を後輩達に向ける。
それから覆面部隊が階段下に現れるのを待ち受けた。


474 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 18:07:17.46 ID:cKc6HvOD0
内田「ほら休んでる暇ないよ。逃げて」

竹内「でも…」

内田「あたし達は大丈夫だから!」

河西「あ、うっちー!来たみたいだよ」

河西が声を上げる。
覆面部隊が姿を現した。
若いチーム4メンバーとの鬼ごっこで、彼らもだいぶ疲労しているようである。

覆面隊員「…観念しろ…お前達…」

河西と内田の姿を見つけると、覆面隊員は勝ち誇ったように言った。
彼らはすでに勝利への確信を、その言動から漂わせている。

河西「え?なんでー?」

そんな覆面部隊に対して、河西は怪しく微笑んで見せた。
もうそこには、以前のようにレジスタンスを怖がり震える河西の姿はなかった。
彼女を変えたのは、内田の言葉だった。
いつまでも自分の殻に閉じこもったままでは、何も変えられない。
欲しい物は自分の力で手に入れる。
幼い頃から可愛いと持てはやされ、常に他人から優しくされてきた河西は、自ら動いて何かを勝ち取ろうとすることを忘れていた。

――あたしに足りなかったものそれは…闘争心。

その優しい性格から、河西は他人と争うことを避けて生きてきた。
他人を蹴落とすくらいなら、自分が損したほうがマシだと考えてきた。
そのために、これまで何度チャンスを逃してきただろう…。

――時には戦うことも大事なんだ。みんなを守るために戦うのなら、あたしは全然怖くない。


475 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 18:08:01.09 ID:cKc6HvOD0
河西「うっちー!」

内田「行きます…」

内田はヴォイド――小型のハンマー――を取り出すと、空気を切るように動かした。
岩が出現する。
すかさず河西が手に嵌めたブレスレットを指で弾いた。

覆面隊員「ぎゃあぁぁぁぁぁ…」

鈍い音がして、覆面隊員が廊下に転がる。
階段を上りかけていた覆面部隊は慌てて後退し、逃げ道を確保しようと大混雑になった。
そんな彼らを襲うのは巨大な球体。

仲俣「嘘…こんな方法が…」

河西達の背後で状況を見守っていた仲俣が、呆然とした表情で呟いた。
今や完全に形勢は逆転した。
階段下に集まっていた覆面隊員達のもとへ、次々と巨大な球体が転がっていく。
果たして球体はどこから現れたのか。
それを作ったのは河西と内田である。

河西「うまくいったね、うっちー」

河西は内田に目配せした。

内田「はい。ありがとうございます」


478 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 18:11:44.09 ID:ieVPZnSiO
内田がヴォイドで出現させた岩を、河西が球体へと変える。
そうして作り出された巨大な球体は、最悪のトラップとなった。
2人が階段上で覆面部隊を待ち構えていたのも、作戦のうちである。
覆面部隊めがけて、階段を転がる球体。
岩を丸くしただけのものだが、効果は抜群だった。
覆面部隊は蜘蛛の子を散らしたように、逃げ去っていく。

河西「やったぁ、みんな、早く…?え?」

河西が歓声を上げながら、後ろを振り返る。
しかし一緒に喜んでくれるかと思っていた後輩達は、河西と内田とは別な方向を凝視していた。
顔を引きつらせ、足はがくがくと震えている。

河西「!?」

河西も遅れて、異変に気付いた。

内田「どうしたの?」

内田も振り返る。

内田「あぁ…」

大場達が見つめる視線の先。
河西達がいる踊り場の向こう。
2階の廊下には、別の覆面部隊が整列していた。

河西「え?どうして?どうやって上に上がったの?この階段はあたし達がずっと見張っていたのに…」

河西は混乱して、目を潤ませた。
部隊のリーダーらしき人物が、気味の悪い笑い声を洩らす。


480 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 18:13:28.55 ID:ieVPZnSiO
覆面隊員「地上からの侵入がすべてだと思ったか?最初からお前達が素直に投降するとは考えてなかった」

覆面隊員「お前達がロボットに気を取られている隙に、我々は地上と、そして空からの侵入を行っていたんだよ。気付かなかったのか?ヘリの音に。今もまだ、我々の仲間が屋上へ着陸を続けている」

内田「くそっ…」

内田が悔しげに舌打ちする。

覆面隊員「こちらが上の階にいたのでは、さっきの戦法も使えない。観念しろ。お前達はもう我々の手のうちにいるんだよ」

河西「……」

気付かなかった。
まったく考えもしなかった。
河西はかつて味わったことのない屈辱に、全身を震わせた。

――みんなのために戦うって決めたのに。可愛い後輩達を守るって、そう決めたのに…。

その時、硬直していたチーム4の中から、大場が歩み出る。

中村「あ、みなるん…」

大場「あたしこういうの嫌いなんです。例え先輩でも、人に借りを作るのは許せないんです。今度はあたしが戦います」

大場は強い視線で、覆面部隊を睨んだ。

大場「大丈夫ですよ。さっきに比べたら、今度のは人数も少ないし。あたしひとりで戦えます」

――本当にそうなの?本当に、戦えるの?

大場は軽口を叩きながら、心の中で自答した。
こういうところがいけないんだ。
いつも素直になれなくて、強がりばかり言って。

――本当にあたしひとりで…これだけの人数を相手にできるの?

小刻みに震える手。
大場はそれを必死に宥めながら、ぎゅっとヴォイドを握り直した。


482 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 18:35:09.68 ID:ieVPZnSiO
一方その頃、柏木達は――。

柏木「何、この音…」

すでに1階の捜索を諦め、2階へと上がった柏木と板野、仁藤、すみれの4人は、通路の先から聞こえる轟音に足をすくめた。

板野「風の音?」

板野が首をかしげる。
続いて耳に届いたのは、複数の呻き声だった。
女性の声ではない。

仁藤「もしかして誰かが覆面の人達を倒してます?」

佐藤す「うん。きっとそうだよ!」

4人は顔を見合わせると、誰が言い出したでもなく走り出した。
角を曲がる。
するとそこには前田達の姿があった。
そしてその目の前には、失神した覆面部隊。

前田「あ、ゆきりん!えぇ?ともちん?」

覆面部隊を見下ろしていた前田が、4人の視線に気付き顔を上げた。
柏木の後ろに板野達の姿を見つけると、驚きと歓喜の入り混じった複雑な表情を浮かべる。


483 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 18:36:24.98 ID:ieVPZnSiO
仲川「あ、ともちん無事だったのー?良かったー」

仲川が飛び出した。
床に転がる覆面部隊を避けながら、しかし途中で面倒臭くなったのか、最後には踏みつけて、板野のもとまで走りよっていく。
その後ろから、前田達も駆け寄ってきた。

前田「ともちん…」

板野と向き合った前田は、それだけ言うと、後は無言で板野を抱きしめた。
長い監禁生活でやつれ、服も汚れている板野は、それでも変わらぬ笑顔で前田を受け止める。
長い抱擁の末、前田は板野から顔を離した。

前田「萌乃ちゃんとすみれちゃんも…無事で良かった」

佐藤す「ゆきりんと梅ちゃんが助けてくれたんだよ」

前田「え?でも梅ちゃんは?」

前田はそこで気がついて、辺りをきょろきょろと見回す。

柏木「そうなの。大変なの!外でたなみんがロボット相手に戦ってて、梅ちゃんはそれを助けに行ったのよ」

柏木が説明した。

仁藤「前田さん、あたし達のヴォイドを取り出してください!あたし達も、たなみんを助けに行きます!」


484 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 18:38:24.02 ID:ieVPZnSiO
一方その頃、小林達は――。

小林「地図とかないのかな?」

小林が呟いた。

石田「ないですよ」

石田がすげなく答える。

増田「もしそんなん手に入ったって、香菜は地図読めないんとちゃう?」

小林「え?そうなのかな?」

加藤「あのー、それより、さっきから同じところをぐるぐる回っているような気がするんですけど…」

制御室を探す4人だったが、ここへきて完全に道に迷っていた。
これまでいくつかのドアを見つけて中を確認してきたが、制御室はおろか、捕まったメンバーを発見することも出来ていない。

小林「あ、こっち!絶対こっち!」

小林は慌てて、手前にあった通路を指差す。

石田「ほんとですか?」

小林「ほんとだよ?だってさっきはあっちに曲がった気がするもん。だから次はこっち行ってみよう」

加藤「さっきはって…やっぱり迷ってるんじゃないですか、あたし達…」

結局小林の言うまま、4人は手前の通路に入った。
しばらく歩く。
だが、それらしいドアは見えてこなかった。


486 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 18:40:18.50 ID:ieVPZnSiO
増田「やっぱり戻ったほうがええんとちゃう?」

増田が呆れ顔で提案する。
辺りにはミシミシと嫌な音が響いた。

小林「え?」

音の正体に気付いた小林が、視線を下げる。
だが一瞬遅く、小林と増田の足元の床が崩れ落ちた。

小林「キャー…」

石田「危ないっ!掴まって!」

一気に視界が降下していく。
何かに引きずり込まれるかのように、小林と増田は、石田と加藤の前から姿を消した。

増田「……」

自分の体が不安定に揺れている感覚がする。
増田は落下の瞬間に閉じていた目を、おそるおそる開いた。

石田「大丈夫ですかー?」

頭上から石田の声が降ってくる。

小林「うわっ、なんだこれ?」

小林も状況を理解したようだ。

石田「今引っ張りますから」

石田は2人が落ちた穴から顔を覗かせ、声をかけた。
咄嗟の機転で、ヴォイドを投げたのが功を奏した。
石田のヴォイドは鞭である。
ロープの代わりになったようだ。

小林「ありがとー」

無我夢中で石田のヴォイドにしがみついたお陰で、小林と増田は完全には落下しないで済んだ。
石田が引っ張り上げてくれるのを、じっと待つ。
華奢な石田は、加藤の手伝いがありながらも、やはり苦戦しているようだ。
上から石田の荒い息遣いが聞こえてくる。
増田は思いついて、そっと足を伸ばしてみた。
足先に硬い感触がする。

――床がある…。


487 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 18:42:13.60 ID:ieVPZnSiO
増田「やっぱええよはるきゃん。床に届きそうだからとりあえず下りてみるわ」

増田は声をかけると、鞭から手を放し、飛び降りた。
思ったとおり、そこは何かの部屋である。
もしかして自分達が落ちたのは制御室ではないか。
そんな期待を膨らませたが、現実は甘くない。
壁際にはよくわからない書物やパイプ椅子が並べられている。
埃臭さが鼻をついた。
長い間人が足を踏み入れていないことは確かだ。

小林「おっと…」

増田に続き、小林も部屋に降り立った。
しげしげと室内を見渡し、ため息をつく。
どうやら小林も少し期待していたようだ。

石田「平気そうですかー?」

見上げると、自分達が落ちた穴からは石田が顔を覗かせ、声をかけてきていた。

増田「大丈夫や、ただの倉庫みたい。どうにか脱出する方法を考えて、」

返事をしようとした増田だったが、途中で言葉を詰まらせた。

小林「キャー!!」

小林も気付いたのか、悲鳴を上げた。
石田は不思議そうに、慌てふためく2人を見下ろしている。
彼女は気付いていない。
背後に忍び寄る黒い影。
小林と増田は、石田に飛びかかろうとしている覆面隊員の姿を見つけてしまったのだった。

小林「はるきゃん後ろ!」

石田の顔が引きつる。
ゆっくりと背後を振り返った。


488 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 18:44:43.61 ID:ieVPZnSiO
一方その頃、田名部は――。

田名部「…くぅっ…!!」

もう体力の限界だった。
それに対して、機械であるロボットは疲労することがない。
田名部のヴォイドによって機体の一部が破壊されてはいるが、それでも動きに支障は出ていないようだった。
田名部を絶望が襲う。

――やっぱりあたしひとりじゃ…何も…出来ないのかな…。

頭をもたげた不安が、田名部の動きを鈍らせた。

田名部「キャッ…!」

ロボットの攻撃に弾かれて、頼りのヴォイドである鉄扇が吹き飛ぶ。
慌てて拾い上げようと走った。
その背中を、ロボットが狙う。

田名部「…っ…!!」

すぐ後ろで、熱を感じた。

――レーザー銃…!

少しでも距離を取ろうと、飛び上がる。
そのまま地面に転がった。
即座に立ち上がる。
さっきまで田名部がいた辺りは、地面が黒く焦げ、煙を上げていた。
それを確認した田名部の背中に冷たいものが走る。
しかし恐怖している暇など、今の彼女にはなかった。

――早くヴォイドを拾わないと…。

脇目もふらず、ヴォイドめがけて走った。
だがまたしても背後が熱い。
ポイントが自分に合わされ、今にもレーザーが放たれそうな気配がする。

――もう駄目…。

とうとう田名部は覚悟した。
続いて背後からは、凄まじい衝撃音が響いてくる。
それはまるで金属を引っ掻いたような、切り付けたような、絶望的な音。

――何…?


489 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 18:46:16.71 ID:ieVPZnSiO
レーザーの気配が消えている。
不審に思ったが、今は振り返るよりもヴォイドを手にするほうが先だ。
このチャンスを逃すものかと、田名部は残る力を振り絞って、ヴォイドまで駆けた。
拾い上げる。
それから急いで、今度こそ音のする背後を振り返った。

田名部「…え…?」

田名部を狙っていたロボットは機体から火花を散らし、地面に膝をついている。
その傍らには梅田。
全身から水を滴らせ、機体にヴォイドを突き立てていた。

田名部「どうして…」

田名部は呆然と、その光景を見つめた。
梅田が振り返る。


491 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 18:47:29.68 ID:ieVPZnSiO
梅田「あたしも一緒に戦うよ。たなみんだけに負担をかけるわけにはいかないから」

濡れた髪を頬に張り付かせ、梅田はにんまりと笑った。
おそらく水路を渡って、ここまで助けに来てくれたのだろう。
水も滴るなんとやら…田名部はこの状況で梅田の姿に見とれてしまった。
それほど、戦う梅田は美しかった。

菊地「えぇぇぇぇぇぇいっ…!!」

と、今度は遠くから菊地の声が聞こえてくる。

田名部「あれ?」

梅田「菊地もアジトから抜けてきたんだよ」

驚く田名部に、梅田が説明した。

田名部「そんな…せっかくアジトに侵入したのに…あたしなんかのために…」

梅田「何言ってんの?そんなこと考えちゃ駄目だよ。チームKの絆はこのロボットの機体よりずっとずっと頑丈なんだから」

田名部「梅田さん…」

梅田「たなみんまだ戦えるよね?こっちは任せて、菊地のほうに行ってあげて」

田名部「はいっ!」

田名部は勢いよく返事をすると、駆け出した。
体が軽い。
全身に力がみなぎってくる。

――大丈夫、あたしはまだまだ戦える…。


492 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 18:50:58.35 ID:cKc6HvOD0
一方その頃、横山は――。

横山「……」

横山の見つめる先には、覆面部隊の姿があった。
幸い、向こうはこちらに気付いてはいない。
横山は教室の扉に付いた小さな窓から、廊下の様子を窺っているのだった。

――どうやって侵入してきたんだろう…。

そんな疑問が引っかかったが、それよりもまず、恐怖に足がすくんだ。
覆面部隊は階段の淵に立ち、踊り場のほうを見下ろしている。
さらにはそこから、河西やチーム4達の声が聞こえてくるのだ。
彼女らが覆面部隊に追い詰められている状況が、容易に想像できた。
だが横山は動けない。
戦う術もなければ、考えもない。
ただただ、全身を震わせるしかなかった。

――みんなを見捨てるの?

もうひとりの自分が、弱気な横山を問い詰める。

――自分だけ安全なところに隠れて何もしないんなんて、恥ずかしくないの?


493 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 18:51:40.95 ID:cKc6HvOD0
横山「だって、」

だって。
これから言い訳をする際に使う言葉。
横山の嫌いな言葉。
それなのに今、横山はそれを口にした。
途端に心臓の辺りが苦しくなり、息が詰まった。
例えば今、教室を飛び出して誰か他のメンバーの助けを呼びに行くことも自分には出来る。

――覆面隊員に見つかってもいいのなら――。

例えば今、教室を飛び出して覆面隊員の注意を引き、踊り場にいるみんなを逃がすことが自分には出来る。

――代わりに自分が覆面隊員に捕まってもいいのなら――。

だけど自分はそうしようとしない。
暗く重たいものが、横山の心にのしかかる。
その時、急に階段の辺りが騒がしくなった。

横山「何…」

横山は慌てて視線を向けた。

――!!


494 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 18:52:40.20 ID:cKc6HvOD0
ひとりの少女が覆面部隊に立ち向かっていく。
少女は見たところ、武装もしてなく、丸腰だった。
それなのに堂々とした態度で、臆する気配などまるで見せず、背後から覆面部隊へと歩み寄っているのだ。
少女に気付いた覆面部隊が一斉に振り返り、銃口を向けた。
少女は怯まない。
そして、手に握った何かを祈るように胸の前に掲げた。

横山「中塚さん…」

横山が目にしたは、中塚の姿。

横山「確か3階の教室に隠れていたはずじゃ…」

驚く横山の視線に、中塚は気付いていない。
真っ直ぐに覆面部隊を見据えていた。


495 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 18:53:19.94 ID:cKc6HvOD0
中塚「……」

中塚は神経を研ぎ澄ませ、自分の中の何かと向き合おうとしている。
何か。
それは中塚にとって大事なこと。
どんな境遇に置かれようと、進んだ先が茨の道であろうとも、自分を信じること。自分を貫くこと――。

中塚「いつまでもうじうじ悩んで恨み言ばかり言ってるあたしは、あたしじゃないっ!」

中塚の手が動いた。
握っていた砂時計を傾ける。
同時に覆面部隊のレーザー銃が放たれた。
だがそれは、中塚の体を貫くことは出来ない。
一部始終を見守っていた横山は一瞬、時が止まったのではと錯覚した。

中塚「これがあたしのヴォイド」

中塚は砂時計を再び胸の前で抱きしめる。
銃から放たれたレーザーは、宙で停止したまま。
だが目を凝らしてよく見れば、レーザーは止まっているわけではない。
ちゃんと中塚に向かっているのである。
だがそれはスローモーションにかけられたかのようなゆっくりとした歩みなのだった。


496 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 18:53:54.60 ID:cKc6HvOD0
中塚「対象の速度を緩める。どう?あんた達もイライラするでしょ?体が思うように動かなくて。あたしもずっとそんな心境だったんだよ。進みたいのに進めない。その苦しみをあんた達も味わえばいい」

中塚は端正な顔立ちに似合わぬさばさばとした口調でそう言い放った。
覆面隊員もまた、のろのろともがくだけで、中塚には手出し出来ないでいる。

内田「クリスー!!」

中塚に助けられたメンバーが、踊り場から駆け上がってくる。
あっという間に中塚はメンバーに囲まれ、賞賛を浴びた。

中塚「前田さんが出発する時、声をかけてみたの。ヴォイドを取り出してほしいって。弱気な自分はもう嫌だから。昨日までのあたしは、本当の姿じゃないって思えたから」

内田「それでこそクリスだよ。やっぱクリスはさ、そうして笑ってるほうがずっと可愛いよ」

内田の言葉に、中塚は照れ笑いを浮かべた。
その様子を、横山はじっと窺い見る。

――まさか中塚さんまでヴォイドを使うなんて…。わたしは…わたしは…。


497 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 18:54:30.30 ID:cKc6HvOD0
一方その頃、亜美は――。

前田亜「ふへへ…」

亜美はニヤついていた。
両腕にはフラフープ。
亜美はそれを新体操のように回転させているのだった。
もちろん遊んでいるわけではない。
ただ、悪戯と呼べなくもなかった。

覆面部隊「あれ?ここさっき来たぞ」

覆面部隊「しっかりしろよ。こっちだろ?ん?また同じところに出たぞ」

覆面隊員達は先ほどから亜美の目の前で、おかしな動きをしている。
亜美はそれを階段の上から眺めた。
校舎には東側と西側にそれぞれ階段があり、河西達が覆面部隊を封じたのが東側。
亜美はもう一方の西階段を封じられないものかと、密かに動いていたのである。

大家「亜美ー?もうそれくらいで充分でしょ?あんまりやるとかわいそうやけん」

なぜかテンションの上がっている亜美を、やって来た大家がたしなめる。
一度調子に乗ると、亜美はとことんふざけるのでタチが悪かった。

前田亜「はーい」

だがそこは素直な亜美である。
先輩である大家の言葉に従い、フラフープを止めると、肩にかけた。
だがまだ効果は続いているようで、覆面部隊は同じ動きを繰り返している。


498 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 18:55:05.74 ID:cKc6HvOD0
大家「さ、早くたかみなさんとこに戻ろう」

前田亜「東階段は?」

大家「うっちー達が岩で塞いだけん、大丈夫。それに詳しくは聞いてないけど、クリスのヴォイドが役立ったらしい」

前田亜「中塚さん、ヴォイド取り出してもらってたんですね」

大家「そうみたいだね。あ、亜美も良かったね、ようやくヴォイドを使う時がきて」

前田亜「うん!」

大家の言葉に、亜美は満面の笑みで肩にかけたフラフープを揺すってみせた。
それが彼女のヴォイド。無限ループ。
対象となった人物に同じ動きを繰り返させるのだった。
亜美のヴォイドに襲われた覆面隊員達は、同じところをぐるぐると回り、見つかるはずのないメンバーを探して、1階をさ迷い続ける。
自分達がそのループに嵌っていることなど気付かず、永遠に。

前田亜「これでもう安心だね」

亜美が言った。

大家「そうだね」

大家が微笑む。
だが、覆面部隊との戦いはすでに、思わぬところで始まろうとしていた――。


500 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 18:56:01.12 ID:cKc6HvOD0
一方その頃、美術室では――。

河西「覆面部隊のリーダーみたいな人が言ってたの。ヘリで屋上から侵入してきたって。まだ仲間が来るって」

美術室には高橋を中心に、峯岸、仲谷、片山、北原、近野、小森、入山が集まっていたが、そこへ河西達も遅れて合流した。
そして先ほど耳にした話を説明する。
高橋の顔が曇った。

高橋「もうここは危険だ。逃げなきゃ…」

内田「そうですね。外のロボットは紫帆里達がなんとかしてくれたみたいなんで、逃げるなら今のうちですよ」

大場「行きましょう!」

高橋「……」

河西「でもたかみな…その足で走れるの?」

河西が心配そうに眉根を寄せ、尋ねる。
高橋は無言で首を横に振った。

高橋「無理だと思う。だからみんなはあたしを置いて逃げ、」

北原「だ、駄目ですよ。そんなの!」

河西「そうだよ。逃げるならみんなで逃げる。それが無理なら…あたしはたかみなとここに残る!」

河西が神妙な面持ちで言い切る。

高橋「ともーみ…」

高橋はハッとして、河西を見上げた。
一瞬そこに希望を見出したような表情を浮かべたが、すぐに俯いてしまう。


501 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 18:56:51.35 ID:cKc6HvOD0
高橋「気持ちは嬉しいけど、あたしは、」

峯岸「あたしも!あたしも残る!ね?」

高橋の言葉を遮って、今度は峯岸が声を上げた。
それを合図にしたかのように、メンバーは次々と立ち上がる。

内田「あたしも残ります」

北原「はい!」

仲谷「わたしもです」

高橋「み、みんな…」

高橋の胸に、温かいものがこみ上げる。
いつも自分がしっかりしなきゃと思っていた。
メンバーに弱っているところは見せられない。
人に何か注意したいのなら、自分はその100倍の努力をしてからでないと発言する資格はない。
そう考えて、ひたすら前を向き、頑張ってきた。
そんな自分の姿を見せれば、メンバーを必ずついてきてくれると。
だが、高橋は今、自身の考えを改める。
自分がこれまで前を向いて来られていたのは、メンバーが後ろでそっと背中を押してくれていたからではないのか。

――あたしはずっと、メンバーに支えられて前を向いていたんだ…。


502 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 18:57:30.17 ID:cKc6HvOD0
峯岸「さてと、じゃあ考えなきゃね。どうやって覆面部隊を撃退するか」

俄然峯岸が張り切りだした。

中塚「あたし、時間稼ぎできます」

河西「もしまた侵入されても、階段のところまで誘き出せればあたしとうっちーで撃退させられるかも」

田野「階段まで行かなくても大丈夫ですよ。あたしのヴォイドなら岩くらい軽く放り投げられますから」

峯岸「みんな頼もしいね」

岩田「あ、ドアも閉めといたほうがいいですよね。ついでに突破されないよう硬化させときます」

岩田は気がついて、美術室の入り口までへこへこと走り寄った。
自分にしては気の利いたことが言えたと、岩田は内心浮かれている。
銃型のヴォイドを取り出すと、扉に向かって撃った。
それを見た峯岸が首をかしげる。

峯岸「空気銃?」

すると内田が答えた。

内田「岩田ちゃんのヴォイドは対象物を硬化させられるんですよ」

峯岸「へぇ」

岩田は飼い主に褒められた犬のように、嬉しさを全身から発しながら、メンバーのもとへ戻って来た。
川栄の隣にちょこんと腰掛ける。
峯岸が話を再開した。


503 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 19:01:36.72 ID:ieVPZnSiO
峯岸「じゃあ作戦はこうでいい?まずこの中で戦闘タイプのヴォイドは…」

大場「はい!あたしそうです!」

大場がきりりとした顔で挙手する。

峯岸「じゃあここに残って、もしもの時のためにたかみなの護衛。残りのメンバーはここから出て、ともーみちゃん、うっちー、クリス、田野ちゃんを中心に戦う」

峯岸「自分のヴォイドが役立ちそうだと思う場面が来たら、遠慮なく使って。あたしも頑張るから。ただし、覆面部隊を殺すのだけは駄目だよ。目標は覆面部隊を回避、あるいは捕獲!で、いいよね?たかみな」

高橋「ごめんね、あたしの体がこんなじゃなければ…」

峯岸「気にしないでよ、たかみならしくない」

峯岸は弱った高橋の姿に調子を狂わされ、そっぽを向く。

峯岸「あ、そこ窓開いてる。小森、念のため閉めといて」

小森「あ、はいー」

一番窓の近くにいた小森が、おっとりと立ち上がる。
窓に歩み寄った。
その時、小森は、窓の外の人物と、正面からばっちり目が合ってしまう。

――え?ここ3階だよね?

慌てて飛びのいた。
直後、美術室にはガラスの割れる音が響き渡る。


506 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 19:03:36.60 ID:ieVPZnSiO
一方その頃、前田達は――。

前田「……」

前田達は今、2人の覆面隊員と対峙していた。
先ほど柏木達と合流したことで、前田グループは大人数になっている。
それが仇となったのか、アジト内を捜索していてこれほど目立つ要因はないだろう。

柏木「萌乃ちゃん!」

仁藤「うん、すーちゃんも」

佐藤す「わ、わかってるよ」

柏木が動くと、前田にヴォイドを取り出してもらったばかりの仁藤とすみれも後に続いた。
背後から前田を守るように、仲川、岩佐、島田も飛び出す。
一斉にヴォイドを構えた。
だがその時、覆面隊員を見つめていた前田が、何かに気付く。

前田「みんな、ちょっと待って!」

仲川「えー?でもあの人達は…」

前田の声に、仲川が不服そうな顔で振り返った。
だが他のメンバーは隙を見せず、未だ覆面隊員を睨み続けている。

前田「ねぇちょっと待ってよ!なんかあの人達、様子がおかしいよ」

前田は今度、ヴォイドを構えるメンバーの間に割って入った。


507 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 19:05:30.14 ID:ieVPZnSiO
柏木「どういうことですか?」

板野「あぁ…」

柏木が尋ねたと同時に、板野は気がついて、納得の声を上げた。

前田「あの人達、これまで会ってきた覆面隊員と何か違う。ほら、銃を持ってないよ?」

柏木「あ、そういえば…」

岩佐「戦わないってことですか?襲って来ないの?」

仁藤「そんなまさか」

警戒を解くべきか。
まさか武装していない相手を前に、ヴォイドを向けるわけにはいかない。
メンバーが戸惑う中、仁藤はまだ鋭い目つきで2人の覆面隊員を睨み続けていた。
すると、覆面隊員が話しかけてくる。

覆面隊員「ひどいなぁ、萌乃ちゃん。疑り深いんだから」

覆面隊員「そうだよ、怖いよ」

仁藤「え?え?」

そしてメンバーが狼狽する前で、覆面隊員はゆらゆらと奇妙に揺れたかと思うと、魔法のようにその姿を変えていく。


509 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 19:07:34.78 ID:ieVPZnSiO
板野「佐江ちゃん…」

板野が呆然と呟く。

野中「咲子!」

続いて今度は野中が叫んだ。
さっきまで覆面隊員だった2人が、今や完全に宮澤と咲子の姿に変身している。

前田「どういうことなの…」

驚くメンバーをよそに、宮澤と咲子はまるで悪戯が成功かのように喜び飛び上がった。
それから向き直り、にやにやと笑う。

宮澤「やっぱさ、覆面部隊に見つからないように歩くには、変装したほうがいいかと思って」

柏木「?」

宮澤「ここに来るまで結構さ、覆面隊員達とすれ違ったけど、普通に挨拶されちゃったよね?ね?」

松井咲「うん、全然バレてなかった」

仁藤「咲子さん、どうやって変装したの?あたし全然気付かなかったよ」

板野「ていうかどうやって元に戻ったの?」

松井咲「あ、それは…」

咲子は尋ねられると、ごそごそと胸元を探った。

野中「カメラ?」

そうして取り出した物を、みんなに見えるよう掲げる。
野中が疑問の声を上げた。


510 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 19:09:26.61 ID:ieVPZnSiO
松井咲「これ、あたしのヴォイドです。これで撮影されると、思い描いたとおりの姿に変身できるんですよ」

岩佐「あ、だからか。変身…変体…変態…咲子さん…」

松井咲「うるさいよ!わさみんに言われたくないわ!」

仲川「じゃあねー、遥香はね、大人の女に変身したい!」

前田「ごんちゃん、それは自分でなんとかして。今はそんなこと言ってる場合じゃないよ」

宮澤「あ、あたしは監禁されていた部屋から咲子に救出されて、このカメラで撮影してもらったの。それで2人で覆面隊員に成りすましたってわけ」

前田「そうだったんだ…」

前田は束の間拍子抜けした表情を浮かべていたが、すぐ我に返り、2人との再会を喜んだ。
宮澤の要求に答え、ヴォイドを取り出す。
自身のヴォイドを再び手にし直した宮澤は、表情を一変させた。

宮澤「で?状況は?他のみんなはどうしてる?」

前田「まだ救出されていないメンバーがほとんど。ともちん達もゆきりんと梅ちゃんに助けられて、今合流したばっかりだし」

宮澤「外は?どうなってるの?」

宮澤は次々と前田に疑問をぶつけた。
監禁されていた時間を取り戻そうと必死なのだ。


511 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 19:11:32.46 ID:ieVPZnSiO
松井咲「あ、そういえばたなみんがひとりで戦ってるんだった!」

咲子が思い出す。

前田「それなら梅ちゃんが援護しに行ってくれたよ」

宮澤「梅ちゃんが?」

仁藤「これからあたし達もそっちに行こうかと思ってたんだよ。ね?」

仁藤が口を挟む。
同意を求めるようにすみれへ視線を向けた。
すみれがこくこくと頷く。

宮澤「じゃああたしも、」

宮澤が言いかけると同時に、前田が口を開く。

前田「待って、佐江ちゃんには別にお願いしたいことがあるの」

宮澤「お願い?」

前田「そう。ここに侵入する時、たくさんのロボットが外へ出て行くのを目撃したの。外には…中学校にはまだメンバーが残ってる。念のためあきちゃに様子を見に行ってもらったんだけど、全然戻ってこなくて…」

前田「心配だから、佐江ちゃんはそっちに向かってくれる?あたしは引き続きこの中を捜索する。美郷ちゃん、トラックを止めた場所覚えてる?」

野中「はい」

前田「じゃあそのトラックに佐江ちゃん達を乗せて脱出して!」

野中「わ、わかりました!皆さんこっちです」

野中が声をかける。
宮澤、仁藤、すみれ、咲子が動いた。


512 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 19:13:02.38 ID:ieVPZnSiO
松井咲「あ、その前に、皆さん変身しておきますか?覆面隊員に成りすませば、アジトの中動きやすいですよ?」

咲子ははたと気がついて、提案する。
だが前田は静かに首を振った。

前田「ありがとう。でもいいよ。才加や珠理奈がいるし。2人が変身したあたし達を見て攻撃してきたり、逃げたりするかもしれないでしょ?変に誤解されたくないから…」

松井咲「あ、そうですよね…」

宮澤「ともちんもほら、美郷ちゃんについて、」

なぜか動かない板野を、宮澤が急かす。

板野「あたしは…いいよ。ここに残る」

宮澤「え…?」

板野は思いつめた顔で、宮澤の誘いを断った。
彼女なりに考え、出した結論なのだ。

板野「あたしは佐江ちゃん達と一緒に脱出しても、戦闘タイプのヴォイドじゃないし。だったら覚悟を決めて、あっちゃんの傍についてることにする。いいよね?あっちゃん」

板野はそう言うと、前田を正面から見つめた。

板野「今までも、これからも、あたしはずっとあっちゃんの傍にいるよ」

そして前田の返事を待たずに、板野はふっと笑みを洩らした。
口角がきれいな形に上がり、反対に目じりは優しく下がる。
いつもの笑顔。
辛い時、苦しい時、板野のこの笑顔に何度救われてきただろう。

前田「ともちん…ありがとう」

前田はお返しとばかりに、くしゃりと笑った。


538 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 22:42:36.03 ID:ieVPZnSiO
一方その頃、石田は――。

石田「嘘…」

小林と増田に教えられ、背後に注意を向けた石田。
シュッと空気の切れる音。
最初に目に飛びこんで来たのは覆面隊員の履く黒いブーツだった。

――いつの間に…。

瞬時にヴォイドを構え、戦闘体勢に入ろうとした。
が、そこで何やら様子がおかしいことに気づいた。

――何してんだろこの人…。

覆面隊員はそれ以上襲って来ない。
右腕を押さえ、苦痛の声を洩らしている。
石田は不審の目を向けた。

――何が起きたの…?

実は石田が振り返るまでの僅かの間に、事は片付いていた。
幸いにも石田に襲いかかろうとしていた覆面隊員は1人。
石田達を捕まえにきたというより、別の用事でアジト内を歩いていただけなのだろう。
相手も石田の姿を見て、相当焦ったに違いない。
だが石田は、床下を覗きこみ、完全に油断していた。
今ならいける。
そう思って襲いかかったまではいいが、いかんせんその覆面隊員には戦いの準備も経験も備わっていなかった。
本当の意味で油断していたのは、石田ではなく覆面隊員のほうだったのだ。
石田に背後からそっと近づくと覆面隊員の背中。
それを加藤が狙っていることに、覆面隊員は気付けなかった。
一方加藤の頭の中は、石田を守ることしかない。
とにかく夢中だった。
夢中で動いた。
ふと気づけば、目の前で覆面隊員は悶絶していたのである。


539 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 22:44:38.08 ID:ieVPZnSiO
加藤「……」

石田「玲奈ちゃん、それって…」

呆然と佇む加藤を、石田が驚愕の表情で見つめる。

石田「なんで鞭持ってるの?」

先程まで何も手にしていなかった加藤。
加藤のヴォイドはカチューシャで、こうしている今もまだ、それはちゃんと彼女の頭の上にある。
では、鞭はどこから入手したのか――。

加藤「わ、わかんないんです。気がついたら持ってて…だからとにかく夢中で振り回した感じで…」

加藤自身も薄気味悪そうに鞭を凝視している。
本当に覚えがないようだ。

石田「まさか…もしかして…」

覆面隊員「…ん、んん…」

石田が何か言いかけた時、呻いていた覆面隊員が復活した。
石田は瞬時に後方へ飛び退き、距離を取る。
加藤もそれに倣い、やや後退した。
震える手で鞭を構える。
覆面隊員は鞭を持った2人の少女に挟まれ、焦りながら懐を探る。
取り出したのは警棒。
石田は内心拍子抜けしたが、それでも油断はならないと気を引き締め直した。
ちらりと加藤を見やる。
加藤の緊張が石田に伝わる。


543 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 22:47:12.07 ID:ieVPZnSiO
加藤「……」

石田「大丈夫、さっきみたいに振り回すだけでいいから」

加藤「はい…」

覆面隊員「うぉぉぉぉぉぉ…!!」

覆面隊員が警棒を振り上げた。
こちらもめちゃくちゃに振り回すばかりである。

――隙だらけなんだよ。

石田が目を細める。
素早く鞭を振り上げ、体を回転させる。
ヒュンッ!
空気の切れる、小気味良い音。

石田「もらった…」

さらに体を回転させる。
その勢いを利用して、うまく鞭を引いた。

覆面隊員「ギャッ…」

短い悲鳴の後には、警棒が転がる甲高い音。

覆面隊員「くっ…」

石田の鞭が警棒に絡まり、覆面隊員の手から叩き落とされたのである。
唯一の武器を失った覆面隊員は悔しげに声を洩らした。
だが彼は諦めない。
なぜレジスタンスの自分が、こんな小娘2人に踊らされなければならないのか。
考えると腸が煮えくり返った。

覆面隊員「……」

すでに警棒は石田が手にしている。
覆面は素早く石田と加藤とを見比べた。
ターゲットは……。


544 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 22:49:31.54 ID:ieVPZnSiO
加藤「あたし?」

覆面隊員に顔を向けられ、加藤はびくりと肩を震わせた。
覆面隊員が一歩踏み出す。
加藤は後退し、壁に背中を預ける形となった。

加藤「…やだ、来ないで…」

しかし加藤の怯える様は、覆面隊員に余裕を与えてしまう。

――取りあえずこっちのチビを組み伏せて武器を取り上げてから向こうのチビを倒せば…。

覆面隊員はそう頭の中で手順を決めていた。

加藤「ごめんなさい…ごめんなさい…」

涙ぐみ、全身を震わせる加藤には戦う意志が見られない。
さっきは咄嗟のことで対処出来なかったが、こうして向き合えば倒せない相手ではないと、覆面隊員は覆面の下で密かにほくそ笑んだ。
相手はまだ幼さの残るほんの子供だ。

覆面隊員「ほら、それを貸せ!おとなしく渡せば何もしないから」

うるうると瞳を潤ませる加藤の様子に、覆面隊員は温情をかけてやることにした。
レジスタンスであれど、美少女には弱い。

加藤「本当ですか?見逃してくれるんですか?」

覆面隊員「あぁ…」

――嘘だがな。

石田「玲奈ちゃん駄目!」


545 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 22:51:45.30 ID:ieVPZnSiO
加藤「あ、じゃあこれ渡すんで、あたしと石田さん、それから下にいる増田さん達も見逃してください。あたし達だってレジスタンスさんを殺すとかは考えてないんです。和解して、考えを改めてもらいたいだけなんです」

加藤が鞭を差し出す。

石田「だから渡しちゃ駄目だってば!」

それを見た石田が動いた。
もう加藤に任せてはおけない。

――この子はまだ素直すぎる。ほんとに戦う意志があるなら、あたしくらいひねくれてないと…。

無防備に背中を向ける覆面隊員に、鞭を降り下ろす。
だがそれより早く、宙を切り裂く鋭い音が響いた。
同時に覆面隊員が崩れ落ちる。
真正面からの攻撃に、避ける余裕もなかったようだ。
覆面隊員を倒したのは――、加藤。

加藤「やりました石田さん!あたし、あたし戦えました!」

初めての体験で興奮しきりの加藤が、飛び上がって喜びを表現する。
そのまま石田のもとへ駆け寄ろうとして、屈みこんでいた覆面隊員を予期せず蹴ってしまった。

石田「あ…」


547 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 22:53:36.83 ID:ieVPZnSiO
蹴られた覆面隊員は背中から倒れ、小林と増田が落ちた穴へと落下した。

覆面隊員「グエッ…」

衝撃を受け、覆面隊員はえびぞりになり悶絶する。
だがそうしているうち、自分を見下ろす2人の人影に気づいた。

――くそっ、どいつもこいつも勝手にうろちょろしやがって…。

痛みをこらえ、半身を起こす。
こういう場合、先に動いたほうが有利だ。
すぐにでも飛びかかろうと、筋肉を緊張させた。
そして、覆面隊員は硬直する。

――!!

喉元に突きつけられた剣先。
一歩でも動けば、剣は自分を貫き、死に至らしめるだろう。
覆面隊員は冷や汗を流しながら、敗北を受け入れた。
剣を構えた増田が、にやりと笑う。

増田「チェックメイトやな…」


Part3はこちら
http://encra48.doorblog.jp/archives/11331298.html

AKB前田「あたしはAKBにいてもいい人間なのかな…」