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1 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 13:29:18.55 ID:Gq9yVzS50

前田「空が…黒い…」

前田は呆然と空を仰いだ。
それは一瞬の出来事だった。
コンサートのリハーサル中、ぐらりと地面の揺れる感覚がした。
隣にいた高橋を見る間もなく、続いて起こった爆音と突風。
反射的に頭を抱え、目を閉じた。
次に目を開けた時、眼前に広がっていたのは崩れ落ちた瓦礫の山とえぐれた地面。
東京は一瞬のうちに崩壊した。

高橋「んん…」

前田の足元でうめき声が聞こえる。

前田「たかみな!?」

前田は瞬時に屈みこみ、高橋を助け起こした。
どうやら怪我はしていないようだ。

前田「大丈夫?立てる?」

高橋「ん…ありがと…」

前田に支えられ立ち上がった高橋は、やはり前田と同じように崩壊した世界を見渡し、言葉を失っていた。


2 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 13:30:36.03 ID:Gq9yVzS50
前田「これ…一体何が起きたの?どうして…みんなは…」

前田は不安げに表情を歪め、高橋を見た。
少しの間硬直していた高橋が、ハッと我に返る。

高橋「まさか…いや、考えられない…」

前田「え?」

高橋「だけどこれは…たぶん…ロストクリスマスが起こったんだ…」

高橋が何事か呟く。

前田「え?クリスマス?何言ってるのたかみな…」

高橋の様子に前田は戦慄した。

――たかみな…さっきの衝撃で頭打ったのかもしれない…。

高橋は何かにとりつかれたようにぶつぶつと呟いている。
近くに他のメンバーは見当たらない。
凄まじい爆風に、吹き飛ばされたのか――。
それ程の衝撃に自分の体が耐えられたこと自体奇跡だった。
だから高橋が頭を打って、一時的に混乱しているのも予想がつく。
前田はそんな高橋を労るように、優しく声をかけた。


3 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 13:31:13.61 ID:Gq9yVzS50
前田「たかみな…?何があったか思い出せる?」

すると高橋は前田に視線を向けた。
その瞳に混乱は見られない。
むしろライブ直前の時のような、緊張と興奮が入り交じった鋭い目付きをしていた。
そんな高橋の変化に、前田はたじろぐ。
高橋が低い声で言った。

高橋「ここは危ない。行こう、あっちゃん」

そうして高橋は前田の腕を掴み、瓦礫の上を歩き出した。

前田「え、ちょっ、行くってどこへ?」

前田はわけもわからず、高橋の斜め後ろをついていく。

高橋「ここにいたら見つかる。とにかく身を隠せる場所を探して、話はそれからだよ」


6 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 13:32:18.82 ID:Gq9yVzS50
一方その頃、篠田は――。

篠田「なんで…」

篠田もまた、目の前に広がる信じられない世界に動揺していた。
しかし彼女の場合、立ち直りが早い。
すぐに他のメンバーの安否を確認しに歩いた。
近くにある崩れかけのビルから、自分の立っている位置を把握する。

――随分吹き飛ばされたみたいだな…。

あの衝撃は何だったのか。
ほんの数分前まで、自分はコンサートに向けたリハーサルをメンバーとこなしていたはずだ。
仕事で前日入りしていた珠理奈と玲奈もいて、和やかさと緊張が入り交じった心地よい空間だった。
それが今は――。

篠田「みんな無事かな…」

篠田は次々と頭に浮かぶ疑問を打ち消し、必死にメンバーを捜索した。
瓦礫の上を歩くのに手間取る。


7 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 13:33:25.54 ID:Gq9yVzS50
篠田「誰かー?返事してー!!」

先程から、メンバーはおろか人の姿さえ見ていない。
どこまで行っても荒れ果てた土地だけが続く。

――もしかして、生き残っているのはあたしだけ…?

そんな不安が頭をもたげた時だった。

篠田「え…?」

一瞬、人の声が聞こえた気がした。
篠田は立ち止まり、耳を澄ます。
聞こえる。
そしてこの声はきっと――。

篠田「陽菜!!」

篠田は声のしたほうに走り寄り、瓦礫をどけた。
現れたのは見慣れた美しい顔――。

小嶋「麻里ちゃーん、良かった助けてー出られないの」

こんな状況に置いても、小嶋はおっとりとした口調で、篠田に笑いかけてくる。
そんな小嶋の様子に、篠田は思わず笑みをこぼした。
すると肩の力が抜け、さっきまでの不安がどこかに吹き飛んでしまう。
篠田は小嶋の持つ、こうした柔らかな空気が好きだった。


8 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 13:34:02.99 ID:Gq9yVzS50
小嶋「ちょっと麻里ちゃん何笑ってるのー?助けてよー」

篠田「ごめん、待っててすぐ出してあげるから」

篠田はそれから苦労して重い瓦礫を持ち上げ、小嶋を助け出した。

小嶋「わーい出られたー!ありがと麻里ちゃん」

小嶋はその場で自分の体を確かめると、またしても笑顔を浮かべる。

小嶋「ちょっと擦りむいちゃったけど大丈夫みたい」

それから小嶋はしげしげと辺りの様子を眺め、首を傾げた。

小嶋「?」

その間に篠田は頭を切り替え、小嶋を促す。

篠田「まだ他の子達も陽菜みたいに瓦礫に埋まってるかもしれない。探しに行こう」

小嶋「へ?う、うん…」


9 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 13:34:55.32 ID:Gq9yVzS50
一方その頃、横山は――。

横山「どうなってんやろ、これ…」

横山もまた目に飛び込んできた風景に震えていた。
自分の身に何が起きたのか理解出来ない。
それでも反射的に、近くに誰かいないか視線をさ迷わせた。

横山「あれ?」

瓦礫の下からはみ出している細い足に気付く。
女性のようだ。
横山は駆け寄り、瓦礫をどけはじめた。

――どうか生きていますように…。

この状況でひとりぼっちは心細いという念もあるが、横山の中では目の前の人の命を助けたい気持ちのほうが強かった。
とにかく無我夢中で瓦礫を持ち上げる。
すると見えて来たのは華奢な背中。
それが僅かに上下しているのを確認すると、横山はほっと息を吐いた。
それからまたすぐに瓦礫を引き摺り、投げ捨てる。
そして気がついた。

――この子は…。


10 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 13:35:51.02 ID:Gq9yVzS50
横山「やぎしゃん!!」

横山は嬉しさの反面、不安感からきゅっと胸を縮めた。
うつ伏せで倒れているからわからなかったが、これは間違いなく永尾だ。
そして息をしている。
だけど――。

――なんか様子がおかしい…。

横山は永尾の体を挟んでいた最後の瓦礫をどけると、おそるおそるその体を揺すった。

横山「やぎしゃん…やぎしゃん!しっかりして!」

横山の声に、僅かだか永尾の体が動く。

永尾「…由依…なの…?あたし…」

横山「大丈夫?やぎしゃん…体、どうもなってない?」

永尾がゆっくりと体を起こす。
そのまましばらく座りこんでいたが、ふと気がついて横山を振り返った。

永尾「ありがとう。大丈夫みたい」

そう言った永尾は、すぐに横山の表情を見て不審に思った。
横山はじっと永尾を見つめ、唇を震わせている。


11 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 13:36:37.83 ID:Gq9yVzS50

永尾「由依…?」

永尾が首をかしげた。
目の前で、横山はじわじわと表情を歪め、涙ぐんでいる。

永尾「え?」

そんな横山の変化に、永尾は不安を覚えた。
慌てて自分の体を触ってみる。
大丈夫だ。
どこからも血が出ていないし、痛いところもない。
だとしたらなぜ横山は泣くのか。

横山「やぎしゃん…その顔…」

横山はそれだけ言うと、耐えきれなくなって永尾から視線を反らした。

永尾「何?やだ…」

永尾は震える手で、今度は自分の頬に触れてみる。
この違和感はなんだろう…。


12 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 13:37:42.95 ID:Gq9yVzS50
一方その頃、前田と高橋は――。

高橋「とりあえずここに隠れよう」

高橋は崩れかけたビルを見つけると、前田を引き入れた。
中はがらんとしていて、人の気配はない。
元々使われてはいなかったビルなのか、カーテンもなく、隅のほうに古びたデスクと椅子が投げ捨てられていた。

前田「隠れるって誰から?」

前田は高橋のただならぬ様子に息を呑むばかりだった。
前田の疑問を無視して、高橋は椅子を引き摺って来ると、前田を座らせた。
自分もその横に腰を下ろす。
そして神妙な面持ちで口を開いた。

高橋「恐らく今の状況を引き起こしたのは…レジスタンスの残党だよ」

前田「レジスタンス?」

聞き慣れない言葉に前田は首をかしげる。


14 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 13:42:25.55 ID:Gq9yVzS50
高橋「うん。あ、えーっと、順を追って説明するね。あっちゃんはロストクリスマスって聞いたことない?」

前田「ロストクリスマス…何だっけ?うーん…」

前田は少しの間考える仕草を見せたが、やがてパッと目を見開いた。

前田「思い出した!あたし達が小学生の頃にあった事件だよね?確か…化学物質を扱う工場が爆発したんじゃなかったっけ?かなりの数の被害者が出たって…あ、たかみながさっき言ったのは、今のこれも工場の事故が原因てこと?」

高橋「表向きはね…たぶん今回もそういうことにするんじゃないかな」

前田「?違うの?」

高橋「うん。これは工場の事故が原因じゃない。たぶんウイルスのバランスが崩れて…弱っていたところをレジスタンスに狙われたんだよ」

前田「ウイルス…?たかみな、全然話が見えないよ」

高橋「いい?あっちゃん、これから重大なことを話すからよく聞いて。あたしと秋元さんが隠してきた秘密…」

高橋が真剣な眼差しで前田を見る。
前田はごくりと唾を呑んだ。
高橋の決心に応えるよう、慎重に頷く。


15 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 13:43:46.02 ID:Gq9yVzS50
高橋「昔、この国を襲った大惨事…化学工場の爆発炎上事故。その真相はあるウイルスの暴走が原因だったの」

前田「うん…」

高橋「そのウイルスの名前はA488-KB型ウイルス…。元々はこの国に落ちた隕石に付着していた物質から、化学兵器を作れないかと戦時中研究が進められていたウイルスなの」

高橋「戦後のドタバタで一度は終了したプロジェクトだったんだけど、データだけは残ってた。そして当時の関係者がそのデータを外部に漏らしてしまったことが、後の大惨事へと繋がるの」

前田「化学兵器、か…。そのウイルスって、そんなに危険なものなの?」

前田の問いかけに、高橋は重々しく首を縦に振った。

高橋「感染した人間は徐々にその体がキャンサー化して、やがて砕けちる。最後は跡形もなく消え去ってしまうの」

前田「キャンサー…?」

高橋「簡単に言うと体が結晶化してしまうってことかな?」

前田「そんな…!じゃあ今こうしている間にも、あたし達ウイルスに感染しちゃってるんじゃ…」

前田はそう言うと、自分の肩を抱いて身を縮めた。
不安げに高橋を見る。
次に高橋が発した言葉は、想像もしないものだった。

高橋「ううん、国民は既に全員このウイルスに感染してる」


16 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 13:44:25.10 ID:Gq9yVzS50
前田「…へ?」

前田が目を丸くする。
高橋の言葉が本当なら、自分もいつ結晶化して消え去ってもおかしくない。
体が…キャンサー化する…。
それは苦痛を伴うものなのだろうか。
発症したらどれくらいのスピードで進行するのだろう。
助かる方法はないのだろうか――。

高橋「大丈夫。感染してるからといってすぐに発症するものじゃないし。あたし達はみんな生まれた時点で既に感染してたんだから。だけど今までなんともなかったでしょ?」

前田「生まれた時から?そんな…あたし全然知らなかった…」

高橋「無理もないよ。国民にはウイルスに関することは伏せられてる。あたしが知ったのもAKBになってからだもん」

前田「なんで?ウイルスとAKB…何か関係があるの?」

高橋「うん。AKBはウイルス発症を抑えるための手段として作られたグループなんだから」

前田「え…?ちょっ、どういうことなのそれ」

前田は高橋の話がほとんど信じられなかった。
しかしこれまでに高橋が自分に嘘をついたことがあっただろうか。
いや、そんなことは一度もなかった。
だったらこれはやはり本当なのだ。


18 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 13:46:52.60 ID:Gq9yVzS50
高橋「ロストクリスマスが起こった後、政府は極秘下でウイルスを抑える方法を研究した。そしてわかったことは、様々な基準をクリアした少女達の存在。少女達の姿を見たり声を聞いたりすることで、ウイルスの発症を抑え続けることができる」

高橋「政府は少女達を国民の目に触れさせるため、アイドルグループを作ることを決めた。そして日本中から基準をクリアしている少女達を見つけるためオーディションを開催。こうして集められたあたし達が、AKB48ととなった」

高橋「最初は拒絶反応が起きないように小さなグループとして始め、反応を見ながら人数を増やし、活動の場を広げさせたの。その中でもウイルスに対して抑制する力の強い者を選抜、一番強力な者がセンター…あっちゃんのことだよ」

前田「あ、あたし?そんな…じゃあ秋元さんはもしかして…」

高橋「うん、政府の人間だ。あたしはAKB発足直後に秋元さんからこの話を打ち明けられ、以後みんなの監視役として働いてきたの。ごめんね、黙ってて」

高橋はそう言うと、気まずそうに肩をすくめた。
前田はすぐにはその事実が受け止められなかった。
秋元が政府の人間…。
そして、自分達がこれまで行って来たすべての活動がウイルス抑制のための手段だった…。

前田「でもなんで…今まで平気だったじゃん…。あたし達はウイルス発症を抑制してきたんでしょ?だったらなんで今さらこんな爆発が起こるの?」


19 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 13:48:17.57 ID:Gq9yVzS50
高橋「…レジスタンスだよ」

前田「?」

高橋「研究所から漏洩したウイルスデータを元に、ウイルスを増長、暴走させ…今ある世界を壊してまた新たに作り替えようとしている反政府組織――レジスタンスの連中だ。ロストクリスマスを起こしたのもレジスタンス」

高橋「随分取り締まったけど、まだ生き残りがいたみたい。今回のことはたぶんそいつらの仕業だよ。レジスタンスは再び世界を滅ぼそうとしてるんだ」

前田「たかみな、さっきウイルスのバランスが崩れてるって言ってたけど…」

高橋「うん、思い当たる原因は…あっちゃんの卒業…」

高橋が目を伏せる。

前田「……」

高橋「あ、でもあっちゃんのせいじゃないよ。あっちゃんが抜けても抑制の力は弱くならない。下の子達も頑張ってくれてるしね。でも…」

高橋は焦ったようにそう言うと、最後には言葉を詰まらせた。


20 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 13:54:54.01 ID:+Lzy0J9yO
前田「でも…何?」

高橋「あっちゃん卒業で混乱しているメンバーもまだ多い。だから一時的に抑制の力が弱くなってたんだ。そこをレジスタンスに狙われて、今のようなことが…」

前田「やっぱり…あたしのせいなんだ…。あたしが卒業なんて発表するから…こんな…こんな…。ごめんなさい!あたしのせいで何の罪もない人達が…」

前田はそう言うと、堪えきれなくなって涙をこぼした。
自分のせいだった。
きっとさっきの爆発でたくさんの人が命を落としただろう。
自分があんな決断なんてするから…。

高橋「あっちゃん…」

ぼろぼろと涙を流す前田を見て、高橋は眉を下げた。
前田に例の件を告げるのが躊躇われる。
しかし、前田は知らなければならない。

――言わなくちゃ…。



21 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 13:56:14.40 ID:Gq9yVzS50
一方、前田達から遠く離れた場所では――。

峯岸「ねぇどこまで歩けばいいのー?」

2人の後ろを歩いていた峯岸が、とうとう根を上げた。

大島「頑張って、みぃちゃん」

大島が立ち止まり、振り返る。
その横で、板野は無言のまま峯岸を見つめた。

峯岸「でもさっきからずっと歩いてるのに、誰とも出会えないよ」

爆発の直後、気を失っていた峯岸を助けたのは大島だった。
その後、2人でさ迷っていると、板野の姿を見つけたのだ。
3人は他にも生き残っている人間がいないかどうか、あちこち探し回っていた。
しかしそれももう限界だ。
瓦礫の山が行く手を阻み、足はなんだか自分のものじゃないみたいだ。
傷つき、浮腫んで、感覚すらとうになくなっている。
大島と板野は何かを見つけようと視線を走らせ、歩みもしっかりしていたが、峯岸はかなり前から、惰性で歩いているような状態だった。
周囲に気を配るほどの気力がない。
最も、周りを見渡したところで、崩壊した街の破片ばかりが目につき、絶望を深くするだけなのだが。


23 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 13:57:14.49 ID:Gq9yVzS50
大島「ともちんともこうして出会えたし、きっとまだ近くにメンバーがいるはずだよ。見つけてあげなきゃ」

大島が元気づけるように言う。

板野「怪我してる子もいるかもしれないし、早く見つけて助けてあげないと…」

板野は辺りをきょろきょろと探った。

峯岸「でもさー、今は具体的に何が起きたのか知るほうが先じゃない?闇雲に動いたって…」

大島「じゃあ情報が入る場所に行くか…」

板野「それどこ?さっきから歩いてるけど無事な建物すらないよ」

峯岸「きっとあたし達が知らないだけで、みんなどこかの避難場所に集まってるんじゃないかな?そこへ行けば何が起きたのかわかるかもよ」

板野「避難場所…学校とか?」

峯岸「あ、そうそう!」

大島「今あたし達がいる場所がどこなのかさっぱりわからないけど…とにかく校舎らしき物を見つけたら入ってみよう!誰かと出会えるかも」

板野「うん、そうだね。あ、みぃちゃん歩ける?」

峯岸「平気」

目的地が決まったことで、峯岸は幾分疲労を回復した。

大島「じゃ、行こうか」

大島は峯岸の現金さに頬を緩ませた。
その時だった――。


24 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:01:32.87 ID:Gq9yVzS50
板野「な、何…?」

遠くで聞こえる地響きのような音。
3人はすぐさま辺りに視線を走らせた。
立ち上る砂埃。
その中から姿を現したのは――。

峯岸「何あれやばいよやばい、どうしよう」

大島「しぃっ!みぃちゃんこっち…ともちんも」

板野「う、うん…」

大島が2人の腕を引っ張る。
物陰に身を隠し、様子を窺った。

大島「……」

それは物凄い勢いで近づいてくる。
瓦礫を吹き飛ばし、かろうじて形が残っていた建物を壊し、砂埃を巻き上げて――。


25 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:02:41.44 ID:Gq9yVzS50
峯岸「ひぃっ…」

峯岸は祈った。
どうか気付かれませんように…。
それはどう見ても、自分達をこの状況から救出してくれる類のものには思えなかった。
むしろ状況を悪くするような…もしかしたらそれが元凶とも考えられる。
それが発する禍々しさ、絶望感。
峯岸は本能的に判断する。
それの存在は――悪だ。

板野「……」

それはすぐに3人の近くまでやって来て、停止した。
およそ感情を感じられないその佇まい。
無機質な機体から発せられる鋭利な冷たさ。
しかしそれは確かに何かの目的を持って、辺りを探っていた。

――もしかして、あたし達のことを探してるの…?


26 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:04:08.26 ID:Gq9yVzS50
板野は物陰からそれの様子を盗み見た。
隣では峯岸が頭を抱え、息を殺している。
大島は睨むようにそれを観察していた。

――お願い…どっか行って…。

3人の願いが通じたのか、やがてそれはどこかへ行ってしまった。
それの足音がだいぶ遠ざかったところで、物陰から這い出る。
地面はそれによって踏み荒らされ、無惨にえぐれていた。
それの持つ破壊力が窺い知れる。

板野「さっきのあれ…一体何?」

峯岸「わかんないよ!わかんないけど…危険なことに間違いないと思う」

板野「まだ他にもいるのかな?何してたんだと思う?」

峯岸「わかんない。あたし達のことを…探してた…?」

板野「うん、あたしもなんかそんな感じに見えた。怖いよ…ねぇあれ何なの?」

大島「あれはたぶん…ロボットだ…!」


27 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:10:06.79 ID:Gq9yVzS50
一方その頃、柏木と渡辺は――。

渡辺「わわわ…やびゃっ…!」

柏木「麻友!大丈夫?」

よろけた渡辺を柏木が支える。
爆発が起こった直後、お互いの姿を確認した2人はあてもなくさ迷い続けていた。
メンバーは皆無事なのか。
一体、今何が起こっているのか。
最初は互いの無事を喜んだ2人だったが、時間が経つにつれ、様々な疑問が胸にのしかかった。
渡辺は不安と恐怖でいっぱいのようだった。
そんな渡辺を支えようと、柏木は何度も声をかける。

柏木「もう少し歩いたら何か見えて来るかもしれないよ?ね、頑張ろう」

しかし柏木も内心では、この状況に困り果て、精神を磨り減らしている。
何より、型通りの励ましの言葉しか渡辺にかけてやれない自分が不甲斐ない。
柏木は渡辺に気づかれないよう、小さくため息をついた。
その時――。


31 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:12:31.27 ID:Gq9yVzS50
渡辺「これ…学校…?」

渡辺がすぐそばの塀を指差した。
下ばかり見て歩いていたので、気付くのが遅れた。
崩れかけてはいるものの、この妙に懐かしい感じの佇まい。
その先に続くフェンスとプール。

柏木「そうだね、学校だ。中に入ってみようか?誰かいるかもしれないし」

柏木の言葉に、不安そうだった渡辺の表情が和らぐ。
今の状況では、なるべく大勢でかたまっていたほうが安心できる気がした。
誰かから、先ほどの爆発についての詳細を教えてもらえるかもしれない。

渡辺「あ、待ってよゆきりん」

入り口を探して歩き出した柏木を、慌てて追いかける渡辺。
2人はそのまま塀に沿って歩き、門から学校の敷地内に足を踏み入れた。
校庭にはどこから飛んできたのか、道路標識や看板の類いが転がっている。
そして壊れて破片だけになった遊具や朝礼台。
どうやらここは小学校のようだ。


32 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:20:48.12 ID:Gq9yVzS50
柏木「校舎の中に入ってみよう」

渡辺「う、うん…」

自分が通っていた校舎でなくとも、小学校という空間はどこか懐かしく、胸をきゅっと締め付ける。
2人は物珍しげに掲示物を眺めたり、下駄箱を覗いたりした。
しかしそんな余裕も、校舎の中を進むにつれ、なくなってくる。

人の気配がない。
物音一つしない。

廊下に投げ出された上履きの山、空気の抜けたサッカーボールと折れた傘、散乱する学用品。
ここでも、爆発の混乱が見てとれる。
この学校の児童達は無事なのか。
一体どこへ行ってしまったのか。

渡辺「誰もいないね…」

柏木と渡辺は途方に暮れた。
自分達以外の人間はどこへ避難しているのだろう。


33 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:21:27.94 ID:Gq9yVzS50
柏木「もしかして…」

渡辺「え?」

柏木「あ、ううん…何でもない」

柏木は思わず口走りそうになった仮説を、慌てて呑み込んだ。

――駄目…こんなこと言ったら、余計に麻友を不安がらせるだけだもん…。

柏木は少し前から考えていた。
そして校舎の中を探索するうち、その考えはより現実的なものとなっていった。

――もしかして、生き残ってるのってあたしと麻友だけ…?

爆発の後、まだ渡辺以外の誰とも出会っていないことに違和感を持っていた。

柏木「う、上の階も探してみようか?」

渡辺「そうだね」

2人が階段を目指して歩きはじめた時だった――。


34 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:22:11.23 ID:Gq9yVzS50
渡辺「あれ?」

聞こえる。
誰かの足音。
それはどんどんこちらへ近づいてくる。
渡辺は足音のする方向を探して、視線を走らせた。
と同時に、肩の辺りに衝撃を感じる。

渡辺「わぁっ!何?」

柏木「…ちょっ、嘘ー!!」

現れたのは見慣れた顔。
見慣れたツインテール。
見慣れたえくぼ。

多田「麻友ー!ゆきりんー!無事だったんだ?良かったー」

多田が渡辺に抱きついていた。
渡辺は驚きのあまり目を白黒させている。


35 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:23:48.87 ID:Gq9yVzS50
渡辺「愛佳?どうしてここに?」

多田「みんなと一緒に避難してきたんだよー」

渡辺「そうだったんだ?びっくりしたぁ。でも安心したよ、愛佳が無事で」

渡辺はそこで多田の肩をぎゅっと抱き締めた。

柏木「あれ?みんなって…らぶたん1人じゃないの?」

柏木に問われ、多田は渡辺から離れた。
くるりと顔を向ける。

多田「うん。ワロタのみんなも避難して来てるよ?」


36 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:24:46.25 ID:Gq9yVzS50
一方その頃、前田と高橋は――。

前田「たかみな…これからどうしたらいいの?」

高橋の突然の告白を聞き、前田は狼狽えていた。

高橋「あたし達は条件を満たした人間。メンバーが集まれば、ウイルスに対抗する力が強まるはず。とにかく今は他のメンバーを探そう」

高橋はそう言うと、ビルの外へ出た。
しかしすぐに辺りを見回し、途方に暮れる。
爆発の衝撃で、きっとメンバーはあちこちに吹き飛ばされているはずだ。
この広い世界から、果たして全員を見つけ出すことは出来るのだろうか。
ここに来るまで人の姿を見ていないのは、きっとレジスタンスによるウイルスの暴走で、大半の人がキャンサー化して消え去ってしまったからだろう。
メンバーについてはウイルスに対抗する力を持っているのである程度無事だとは思うが、怪我を負って歩けないでいる可能性も考えられる。

前田「だけど…レジスタンスはどうするの?レジスタンスの人達があたし達を狙うこともあり得るんでしょ?ウイルスを暴走させたいレジスタンスにとって、抗ウイルス対策の存在であるあたし達は邪魔でしかないもん…」

高橋「うん、そのこともいずれ考えなきゃね…」


37 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:26:00.97 ID:Gq9yVzS50
前田の指摘に、高橋の表情は曇った。
やはり今すぐにでも例のことを前田に告げるべきか…。
高橋は決めかねていた。
それは前田にとって重圧でしかない話。
しかし迷ったところで、近いうちに必ずその時が来る。
高橋は決心すると、前田に向き合った。

前田「たかみな…?」

高橋の強い視線に射抜かれ、前田が肩を強張らせる。

高橋「あっちゃん、驚かないで聞いてね。あっちゃんは実は、」

高橋が口を開いたその時だった。
背後に響く衝撃音。

高橋「…来たか…!」

前田「え?嘘…あれロボット?あれが…レジスタンスなの…?」

5メートル程はありそうな鋼の兵器。
鈍く光る機体からは、言い知れぬ物々しさが感じられる。
それが一歩踏み出すたび、地面が揺れ、見る者を萎縮させるような迫力が辺りを支配する。
この壊滅した世界で、その存在はもう脅威でしかなかった。


38 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:26:51.94 ID:Gq9yVzS50
前田「……」

高橋「あっちゃん!」

硬直する前田を、高橋が今出てきたばかりのビルの中へ引き入れる。
前田は恐怖で言葉も出ない状態だった。

高橋「大丈夫、まだ向こうには気づかれてない。やり過ごせるよ」

高橋は震える前田を宥めた。

前田「レジスタンスってすごい組織なんだね…あんなロボットまで…。あれに捕まったらあたし達どうなっちゃうの?怖い…怖いよたかみな…」

前田は胸に手を当て、恐怖を鎮めようと頑張る。
しかし高橋に問いかける声は裏返り、ちっとも安定しなかった。

高橋「しっ!あっちゃん黙って」

ロボットが歩く音は徐々にこちらへ近づいてくる。
前田の心臓は早鐘を打った。

――お願い、どっか行って…。

前田が願った瞬間、ロボットが停止したのがわかった。


39 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:27:42.02 ID:Gq9yVzS50
高橋「あれ?」

高橋が眉間に皺を寄せる。

前田「止まったよね、ロボット。何が起きたの?エネルギー切れとか?」

高橋「さぁ…なんだろう…?」

前田と顔を見合わせて首をかしげる高橋。
それからすぐに気がついて、窓へ駆け寄った。

高橋「まさか…!」

外の様子を探る。
それからすぐに落胆の声を洩らした。

高橋「やっぱり…」

前田「え?」

高橋の様子を見て、前田も窓へ飛び付いた。
そこから見えたのは――。

前田「そんな…陽菜!麻里子…!」


40 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:28:31.26 ID:Gq9yVzS50
歩みを止めたしたロボット。
それが見下ろしている先には、小嶋と篠田がいた。
2人は驚愕の表情で、目の前のロボットを凝視している。
何が起きているのか、状況を把握するのに時間がかかっているようだ。

前田「どうしようたかみな、このままだと2人がレジスタンスに捕まっちゃうよ。ねぇ、どうしたらいい?」

前田の声が上擦る。
全身が震え、奥歯を噛むことが出来ない。
そんな前田の肩を、高橋は強い力で押さえつけた。

高橋「しっかりしてあっちゃん!やるの…2人をあのロボットから助けるんだよ!」

前田「そ、そんな…どうやって?」

高橋「大丈夫。あっちゃんには力があるから。選ばれた…女王の力…」

前田「は?何言ってんのたかみな。女王って何?あたしどうしたらいいの?」

前田が焦りの声を上げた瞬間、外から小嶋の悲鳴が聞こえた。
窓を見やる。
今まさに、ロボットは小嶋と篠田に襲いかかろうとしていた。

高橋「時間がない。あっちゃん、左手を出して!」

前田「えぇ?」


41 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:29:24.21 ID:Gq9yVzS50
高橋「集中してあたしの胸の辺りに手を置くの。あっちゃんなら出来る。あたしの体から武器を取り出して、あのロボットと戦うんだよ」

前田「何それたかみな…。こんな時に冗談なんて…全然笑えないよ!出来るわけないじゃん」

高橋「冗談じゃないよ!」

前田の言葉を、高橋はぴしゃりとはね除けた。

高橋「あたしはあっちゃんを信じてる。陽菜と麻里子を助けたいんでしょ?!だからお願いあっちゃん…あたしを…あたしを使って…」

高橋はそう言うと、強引に前田の手を導いた。
前田の手が、高橋の体に触れる。
瞬間、高橋の熱が掌から伝わってくる。
それだけじゃない。
高橋の持つ恐怖、迷い、怒り、悲しみ…すべての感情が左手を通して前田の中になだれ込んでくる。

前田「これは…!」

前田に触れられた高橋の体が光を放ちはじめた。

高橋「……うっ…」

そして、高橋は気を失う。


42 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:30:18.31 ID:Gq9yVzS50
前田「たかみな!?」

咄嗟に前田は手を引っ込めた。
高橋の体から放たれた光は、前田の手に張り付いている。
光はすぐに、ごつごつとした槍のような形を作り、前田の手の中に落ち着いた。

前田「なんなのこれ…これが…あたしの持つ力?これであのロボットと戦うの!?」

前田は槍を握ったまま、おそるおそる高橋に近付いた。
高橋は意識を失い、床に倒れている。

前田「たかみな?ねぇたかみな返事してよ!これどういうこと?今何が起こったの?これであたしにどうしろと言うの?」

高橋の返事はない。

――あたしがたかみなからこれを取り出したから?そんな…そんな…。

高橋は自分を使ってロボットと戦えと言った。
それはそのまま、高橋自身を犠牲にして戦えという意味だったのだ。
前田は気がついた。
そして恐怖に全身を震わせた。

――ロボットと戦う…。そんなことあたしに出来るの?

頼りの高橋は意識を取り戻す気配もない。
前田はひとり、決断を迫られた。

――怖い…怖い…もし戦って、駄目だったらどうなるの?陽菜と麻里子を守れなかったら…それにあたしから武器を取り出されたたかみなは…その時どうなっちゃうの?

呆然とその場に立ち尽くした。
それは時間にしてほんの数秒。
その僅かな間にも、ロボットは小嶋と篠田を追い詰め、捕らえようと手を伸ばしている。


43 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:31:18.79 ID:Gq9yVzS50
小嶋「キャーー!」

前田の耳に、小嶋の悲痛な声が届く。

前田「!!陽菜…!!」

前田は我に返った。
そして同時に決断した。
何かを考える間もなく、体が動く。
ビルから飛び出し、2人のもとへ走った。

前田「お願い…やめてーー!!!」

篠田「あ、あっちゃん…」

前田の声に反応したのか、ロボットはその体ごとこちらへ向きを変えた。
そしてそのまま向かって来る。

前田「は、速い…!」

さっき見た時とは比べ物にならない。
ロボットはまるで地面をスライドしているかのようなスピードで、距離を詰めてくる。

篠田「危ない!あっちゃん避けて!」

篠田が叫んだ。
前田は立ち尽くしたまま、ロボットを正面に見据えている。


44 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:32:06.66 ID:Gq9yVzS50
篠田「あっちゃーん!!」

篠田の叫び声が前田に届いたと同時に、ロボットは急停止し、ゆっくりと体を2つに折った。
篠田はその少し前に、何かの衝撃音を聞いた気がした。
しかしそれが何なのか確かめようにも、舞い上がる砂埃で視界が遮られてしまう。

小嶋「何が起きたのー?何にも見えないよー」

いつの間にか地面にへたりこんでいた小嶋が、しぱしぱと瞬きを繰り返した。
篠田は無言で、食い入るように砂埃の先を見つめている。

篠田「……」

やがて砂埃の中に1人の人影が浮かび上がった。
初めはぼんやりと、しかしすぐに輪郭がはっきりしてくる。
その人影は――前田だ。

前田「麻里子…陽菜も…大丈夫だった?」

前田は服を手で払いながら、2人に問いかけた。
先程まで手に握られていた槍は、もう消えている。


45 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:32:48.06 ID:Gq9yVzS50
篠田「大丈夫…でも、何があったの?」

篠田は小嶋に手を貸して、立たせてやりながら聞き返す。

前田「うん、ちょっとね…」

前田は言葉を濁した。

篠田「あっちゃんがやったの?あのロボット…あっちゃんが退治したんでしょ?それにさっき持ってたなんか物騒なやつ…あれは何?」

前田「えーっと…あれはね…」

説明しようにも、前田自身まだ信じられない気分だった。
確かにあの時、前田はロボットを破壊した。
目の前にロボットの武骨な機体が迫って来て、驚きと恐怖に立ち尽くすことしかできなかった。
しかしいよいよ身の危険を感じた時に、左手が動いたのだ。
高橋から取り出した武器でロボットを一突きにし、その動きを完全に封じた。

――あれは本当にあたしが自分の手でやったことなの…?

前田はまじまじと自分の左手を見つめる。

篠田「あっちゃん…?」

前田「……」

高橋「あっちゃん!良かった、やってくれたんだね!あぁ陽菜…麻里子…無事で良かった…」

背後から高橋の声が響き、3人は振り返った。


46 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:33:48.38 ID:Gq9yVzS50
前田「たかみな大丈夫なの?体、なんともない?」

前田は急いで高橋に駆け寄ると、心配そうにその顔を覗き込む。

高橋「平気。役目を終えればヴォイドは持ち主の体に戻る。なんともないよ」

前田「ヴォイド…?」

高橋「そう…人の心を具現化したもの…かな?あっちゃんには人からヴォイドを取り出す力が備わってるの」

前田「そんな…全然知らなかった…」

高橋「前にインフルエンザの予防接種を受けたでしょ?あの時の注射の中身はヴォイドゲノムという物質だったの。体質によって反応しない場合がほとんどなんだけど、後の血液検査であっちゃんの数字だけ異常に跳ね上がってた。つまり…あっちゃんはヴォイドゲノムに反応した」

前田「う、うん…?」

高橋「メンバーの中であっちゃんだけ、人からヴォイドを取り出せる力を手に入れたってことだよ」

高橋が説明すると、前田は憤りを隠せない表情になった。
そんな得体の知れないものを自分の許可なく注射され、そのせいでロボットと戦う羽目になったのだ。
こんな理不尽なことがあるだろうか――。


47 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:35:25.18 ID:Gq9yVzS50
前田「そ、そんなの聞いてないよ!なんでそんな勝手なことしたの?!なんであたしだったの?!」

高橋「あっちゃん…」

珍しく怒りを露にした前田に、高橋は申し訳なさそうに眉を下げる。

高橋「ごめんね…。もしもの時のために、誰かはヴォイドゲノムの力を手に入れる必要があったの。ウイルスに対抗する力を持つあたし達の中から、誰かを選出しなければならなかったんだよ」

高橋「あたしは反対したんだけど、秋元さんが…もしかしたら秋元さんは今回のようなことが起こることを、予感していたのかもしれない…。だからいざという時、あたし達がレジスタンスと戦えるよう、ゲノムの力を授けようとしたのかも…」

高橋は途切れ途切れにそう言うと、深々と頭を下げた。


48 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:36:03.95 ID:Gq9yVzS50
高橋「ごめん、あっちゃん。1人で戦わせたりして…」

高橋に謝罪され、前田は怒りの行き場をなくす。
そして気付く。
高橋はもう充分苦しんだはずだ。
以前からメンバーに打ち明けることも出来ず、秋元に命じられた監視役を全うしてきたはず。
たった独りで、大きな秘密を抱えて――。

――そうだ、たかみなは悪くない。それにさっき…。

前田はロボットと向き合った時のことを思い返した。
怖かった。
もう駄目かと思った。
自分はここで死ぬのだと、本気で覚悟した。
だけどあの瞬間、確かに感じたのだ。
高橋が傍にいる気配。
高橋の想い。
あれはきっと、高橋から取り出したヴォイドが自分に訴えかけてきていたんじゃないだろうか。

――そう…だからあたしは戦えたんだ。

前田はそこで、はっきりと自分の考えの浅さを自覚した。
自分のことばかり考えて、被害者ぶるのはやめよう。
まだ頭を下げ続ける高橋の肩に、そっと手を置く。


50 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:39:28.82 ID:Gq9yVzS50
前田「頭を上げてたかみな。ごめんね、あたしが間違ってた。あたしはひとりでなんて戦ってないよ。さっき確かに感じたんだ。たかみなの心…麻里子と陽菜を助けたいっていうたかみなの想い…」

前田「あたしはさっき、たかみなと一緒に戦ってたの。ヴォイドという形で…ね、ヴォイドってそういうものなんでしょ?」

前田はそう言うと、高橋に優しく微笑みかけた。
高橋はなぜか照れたような表情を浮かべる。
2人の間に、目には見えない温かなものが流れた。
しかし、その間に割って入る人物が――。

小嶋「ねぇさっきから2人で何話してるのー?」

篠田「うん、たかみな…あたし達にもわかるように説明してよ」

篠田が真剣な眼差しで見つめる。
高橋はふっと息を吐くと、最初から説明をはじめた。


51 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:40:11.53 ID:Gq9yVzS50
数分後――。

篠田「……」

小嶋「……」

高橋の説明を聞いた2人は、顔を見合わせて黙り込んでしまった。
前田に緊張が走る。
2人から拒絶されることが怖かった。
いくら力があるとはいえ、自分はさっき高橋を使って戦ったのだ。
きっと、気味が悪いと思うはずだ。
自分の体から心を取り出され、武器として使われてしまう。
こんな恐ろしいことはない。
前田自身、何か大事な物を失くしてしまったかのような、あるいはまったくの別人に生まれ変わってしまったような孤独感に苛まされていた。
しかし高橋の立場を考えれば、もうそんな不満を言ってはいられない。
これからもロボット――レジスタンスの攻撃が続くのなら、自分は再び誰かを武器として使い、戦わなければならない。

高橋「…すぐには…信じられないよね、こんな話…」

沈黙を続ける篠田と小嶋を、高橋は窺い見た。
その瞬間、篠田の表情が変わる。


52 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:40:57.38 ID:Gq9yVzS50
篠田「え?ていうかさっき見たのが本当なんでしょ?あっちゃんが戦ってロボットを倒した…すごいじゃんあっちゃん!」

篠田が笑う。
いつものように優しく目尻を下げて、きれいな歯を覗かせて。
その笑顔に嘘は見られない。

前田「え…?」

小嶋「んー…なんかよくわかんなかったけど、あっちゃんがいればもうロボットなんて怖くないんでしょ?良かったー」

小嶋も安心しきった笑顔で前田を見る。

前田「陽菜…麻里子…あたしが怖くないの?こんな変な力持って…あたし…」

前田は篠田と小嶋の発言が信じられなかった。
2人は、変わってしまった自分を受け入れてくれるのだろうか。

篠田「え?なんで?確かにあっちゃんの力はすごいけど、それであっちゃんが変わっちゃうわけじゃないじゃん。あっちゃんはあっちゃん、でしょ?」

前田「麻里子…」

篠田「全然怖くないよ。ね?陽菜?」

小嶋「うん」

小嶋が大きく頷く。
その瞬間、肩の力が抜けた。


53 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:41:43.69 ID:Gq9yVzS50
前田「ありがとう…麻里子、陽菜…。あたしね…」

緊張の糸が切れたのか、前田はそこで涙ぐんだ。
すかさず篠田が前田の頭に手を置く。
それから腰をかがめ、前田の顔を覗きこんだ。

篠田「あっちゃんは何も悪いことなんかしてない。あたしと陽菜を救ってくれた。そうでしょ?ありがとね…あっちゃん」

小嶋もまた、前田に歩みより、礼を述べる。
前田はそこでようやく泣き笑いの表情を見せた。
そんな3人のやりとりを、高橋は安堵の表情で眺めている。

篠田「でさ、ヴォイド?ってやつ、たかみなの体からじゃなくても取り出せるの?」

前田が泣き止むと、篠田は高橋を振り返った。

高橋「出来るよ。人の心は様々だから、その人によって出てくるヴォイドは違ったものになるはずなの」

篠田「へぇ、面白い。ねぇあっちゃん、試しにあたしからも出してみてよ、ヴォイド」

前田「え?麻里子から…?」

篠田「うん。何かあった時に、たかみなだけじゃなくあたしも役に立ちたいの」

篠田はそこで笑顔を引っ込め、真剣な眼差しを前田へと向けた。

篠田「お願い…あっちゃん…」

篠田の気迫に押され、前田はおずおずと手を伸ばす。
篠田の体へ触れた。
そして――。


54 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:42:59.61 ID:Gq9yVzS50
篠田「…うぅっ…!」

前田の左手が閃光する。
次の瞬間、篠田の体から現れたのは、網目状の物体を広げたようなもの。

小嶋「何これー?なんか変」

高橋「うん」

前田「麻里子のヴォイドは…網…?にしてはなんか硬そうだよね…あ、たかみなこれどうやって麻里子の体へ戻すの?」

高橋「役目を終えるか、あっちゃんが戻したいと思った時に自然と戻るよ」

前田「あ、消えた…。戻ったみたい」

光は糸状になり、前田の手からすっと消えた。
ほどなくして篠田が意識を取り戻す。

高橋「ヴォイドを取り出されている間は、心を失っている状態。だから一時的に意識がなくなるの」

篠田「で?どうだった?あたしのヴォイド」

篠田がけろりとした顔で尋ねる。

前田「……」

小嶋「えー?なんかよくわかんない」

篠田「え?どういうこと?」


55 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:43:36.37 ID:Gq9yVzS50
高橋「まぁいつかどう使うかわかるよ」

高橋はなぜか励ますように言った。
篠田が首をかしげる。
ヴォイドの形は人によって様々。
中には武器として使い物にならない場合もある。
高橋は少し、篠田を気の毒に思った。

篠田「あ、じゃあ次は陽菜!ヴォイドを見せてよ」

篠田がにやにやと笑う。

前田「じゃあちょっと…いい?陽菜…」

前田は遠慮がちに尋ねる。
断られたらすぐに身を引くつもりだった。
しかし意外なことに、小嶋はあっさり承諾した。

小嶋「いいよー」

前田「うん…」

小嶋に向かって手を伸ばす。
そうして取り出したヴォイドは、大砲のようなものだった。
当たればかなりのダメージを受けそうだ。
小嶋の雰囲気にはそぐわない代物に、前田は困惑した。


56 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:44:33.53 ID:Gq9yVzS50
前田「たかみな、なんで陽菜のヴォイドはこんな…こんな強そうなの?」

高橋「にゃんにゃんの心…たぶんあんまり悩んだり落ち込んだりしないタイプだから強いんじゃないかな」

前田「すごい…」

それから意識を取り戻した小嶋は、自分のヴォイドについて聞くと、単純に喜んだ。

小嶋「じゃあまたロボット来たらあたしでやっつけられるねー」

小嶋はなぜか呑気である。
つられて前田も微笑んだ。

高橋「だけど…」

しかし高橋は怖い顔をしていた。

前田「何ー?」

高橋「一応教えておくね。あっちゃんがそんなことするわけないって信じてるけど…」

前田「…?」

高橋「ヴォイドを壊せば、その持ち主も消滅する。人の心はそれだけ繊細に出来てるの」

前田「そ、そんな…消滅するって…死ぬってこと?」

前田が問いかける。
高橋は無言で頷いた。


58 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:47:40.52 ID:+Lzy0J9yO
篠田「だ、大丈夫だよたかみな!あっちゃんがそんなことするわけないし、さっきだってたかみなはあっちゃんを信じて、ヴォイドを預けたんでしょ?」

高橋「うん、それはもちろん。だけど…あっちゃんに壊す気はなくても、戦いの最中に相手に壊されたら…」

前田「……」

高橋「だから扱いには注意してね、あっちゃん」

高橋がそう言うと、前田は神妙な面持ちで頷いた。
それで前田の覚悟が伝わったのか、高橋はふっと笑顔を浮かべ、仕切り直すように手の平を打つ。

高橋「さっ、こんなとこでいつまでも立ち止まってなんていられないよ!早くメンバーを探さなきゃ!」

小嶋「そうだよねー。心配だよね」

4人はそれから、新たにメンバーを見つけられないかと歩き出した。
この時の4人は気がついていなかった。
すぐ近くで、一連の会話を立ち聞きしていた人物の存在に――。


59 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:48:34.78 ID:Gq9yVzS50
一方その頃、中学校では――。

島田「誰かいませんかー?あのー、いたら返事してくださーい!」

市川「すみませーん!」

爆発から生還した島田と市川は、中学校を見つけて助けを求めた。
しかし返事はない。
なんとなく物が片付いている気がするので、他に人がいると思ったのだが、勘違いなのだろうか。

島田「駄目だみおりん、他探そう」

島田は諦めて、市川の小さな頭を見下ろした。
ここに来るまで、生還者を探して声を張り上げ続けていたため、さすがの島田も声が枯れはじめている。

市川「そうですね…やっぱりここも駄目ですぃたか…」

市川は島田の言葉にがっくりと肩を落とした。
しかしすぐに何かに気がつき、目を見開く。

島田「?みおりん?どうかしたの?」

市川「今、足音が聞こえたような…」

島田「え?」

その時、背後で人の気配がした。
2人同時に振り返る。


60 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:49:55.56 ID:Gq9yVzS50
市川「あー!」

島田「嘘…」

そこにいたのは、阿部と加藤だった。
阿部は冷静な顔で、しかし口元だけ薄く笑みを浮かべて。
加藤は仔犬のような目で、人懐こい笑顔を見せていた。

島田「マリア…玲奈っち…良かった生きてたんだ…」

島田は束の間驚愕の表情を浮かべていたが、すぐに歓喜の声を上げて2人のもとへ走り寄った。
市川もちょこちょことその後を追う。
4人は少しの間、互いの無事を喜び合った。

島田「2人はいつからここに居たの?誰か他にも避難してきてる人はいるの?」

加藤「はい。だいたいのメンバーがここにいますよ」

市川「ほんとにー?じゃあちょっとだけ安心だね」

市川がそう言うと、それまで笑顔だった加藤が声を落とした。

加藤「それが…そうでもないんです…」


61 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:51:00.32 ID:Gq9yVzS50
島田「え…?」

その瞬間、島田はじわりと不安を覚えた。
それはみるみるうちに拡大し、島田を包む。
背筋にスッーっと冷たいものが走った。
これから嫌な話がはじまる。
そしてそれはきっと途方もない絶望を自分に与える。
聞く前から、島田はそう確信した。

島田「…何か問題があるの…?」

どんな最悪な話でも、自分はそれに向き合わなければならない。
島田は決心して尋ねた。
隣ではすでに、市川が泣きそうな顔で肩を縮めている。

加藤「はい…あの…」

加藤はそれだけ言うと、言葉を詰まらせた。
助けを求めて、阿部を仰ぎ見る。

阿部「あ、なんかさっき大島さん達が避難してきたんですけど、ここに来るまでの間に変な物見たって言ってたんですよ」

阿部はあっさりと説明した。

市川「変な物って?」

阿部「あ、ロボットらしいですよ」


62 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:53:09.87 ID:+Lzy0J9yO
島田「はぁ?ロボット?」

阿部「はい」

驚く島田と市川を見て、阿部はきょとんとした顔で言った。

阿部「しかもそのロボット、大島さん達を探してたみたいで…なんか味方じゃないっぽいです。今日の爆発もそのロボットが関係してるんじゃないかって今話してて…あ、みんなのとこ行きます?もうすぐ日が暮れるから体育館に布団敷いてたとこなんですよ」

島田「え?あ、うん…」

島田は阿部の言葉に、慌てて頷いた。
それから阿部はつらつらと詳しい状況を説明しだしたが、もう島田の耳には入って来ない。

――ロボット…?なんでそんなものが…しかも味方じゃないってどういうこと…?

島田の頭は混乱していた。
これが悪い冗談だったらいいのに。


63 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:54:39.50 ID:Gq9yVzS50
一方その頃、前田達は――。

前田「ごんちゃん!」

だいぶ日も落ちて来て、寝床を探した前田達は、小学校の中に入った。
結局あれから誰1人メンバーを見つけることが出来なかった。
しかし校舎の中で、待ち望んだ顔と再会する。

前田「ごんちゃん良かった、生きてたんだね」

前田の姿を確認して駆け寄って来た仲川は、そのままの勢いで抱きついた。

仲川「あっちゃーん!会いたかったよー」

前田「あはは、ごんちゃんこんな時でも変わらないね」

仲川「あ、ねぇねぇこっち来て!みんなもいるよ」

仲川はひとしきり再会の喜びを表現すると、廊下の奥を指差した。

高橋「え?みんないるの?」

小嶋「えー?今まで探し回ってたの無駄だったんだー」

篠田「はるごん、ほんとにみんな揃ってるの?ちゃんと確認した?」


64 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 14:58:54.63 ID:+Lzy0J9yO
仲川「うーん、わさみんとあやかとこもりん、愛佳。あとゆきりんとまゆゆもいるよ!」

前田「そっか、全員じゃないんだ…。でも良かった。これで7人の無事は確認できたし」

前田はそう言うものの、落胆は隠しきれない。
早くメンバーを全員探さなければ。

――今頃みんな…どうしてるんだろ…。

高橋「残りのメンバーはまた明日探そう。大丈夫、みんな絶対どこかで生きてるよ」

高橋は前田の心情を汲んで、励ますように言った。

小嶋「おなかすいたねー」

しかし小嶋は話の流れを無視して、思ったままを口にする。

仲川「給食室に余ってたパンがあるよー。みんなで食べようよ」

仲川もまた空腹を思い出したのか、その場で足踏みをはじめた。
と、次の瞬間にはもう走り出している。

仲川「先行ってるよー!あれ?みんな何やってるの?パンなくなっちゃうよー」

仲川の呼びかけに、4人は慌ててその後を追った。


65 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 15:04:13.09 ID:+Lzy0J9yO
翌朝――。

目を覚ました前田は、すぐには自分がどこで寝ているのかわからなかった。
ぼんやりとした頭で考える。
見慣れぬ天井。
飾り気のない蛍光灯。
徐々に意識が覚醒すると、昨日の出来事を思い出した。
破壊された世界。
ほとんど無人となった街。
知らぬうちに植えつけられていた恐ろしい力。
高橋から取り出したヴォイドを握る感触。
迫り来るロボット。

前田「ここは…学校か…」

メンバーはまだ夢の中。
昨夜はあれからみんなでパンを分け合い、音楽室にマットや毛布を持ち込んで眠りについた。
厚ぼったい壁とメンバーの寝息に包まれ、息苦しさを感じる室内。
なんだかひとりになりたい気分だった。
ひとりになって、頭を整理させたかった。

前田「……」

メンバーを起こさないように立ち上がると、廊下へ出る。
外の空気を吸いに昇降口へ向かいかけたが、思い直して屋上へと続く階段に足をかけた。

前田「あ、鍵…」

それから職員室を探して鍵を取って来ると、再び階段を上り、屋上扉の鍵穴に差し込んだ。
屋上へ出る。
昨日は黒かった空がいくらか薄くなっていた。
雲の切れ間から、弱い朝日を拝むことも出来た。

――こうやって空は少しずつ元通りになっていくのかもしれない。でもあたし達は…あたし達はどうなるんだろう。元に…戻れるのかな…。

フェンスに寄りかかり、前田はため息をついた。
その時、僅かに扉が開いて、仲川が顔を出す。

前田「あれ?」


67 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 15:08:47.37 ID:+Lzy0J9yO
仲川「あっちゃんおはよー!」

仲川は寝起きを感じさせない健やかな笑顔で、前田のもとへ駆け寄って来た。

前田「どうしてここがわかったの?」

仲川「起きたらあっちゃんいないんだもん。学校中探しちゃったよ」

前田「え?みんなは?」

仲川「まだ寝てるよー」

仲川が無邪気に答える。

前田「あ、そう…」

――たぶん今頃みんなは、あたしを探すごんちゃんの足音で目を覚ましちゃってるはず…。

仲川同様、目覚めて自分がいないことに気づいたら、メンバーを心配させてしまうかもしれない。
前田は考えに耽るのを諦め、音楽室に戻ろうとする。

前田「行こうごんちゃん。ここちょっと風が冷たいよ」

そう言って仲川を促した。
しかし仲川はすでにいつもの調子で屋上を走り回っている。

前田「ごんちゃん行くよー」

前田は呆れながら声をかけた。
とことこと仲川が戻って来る。
そうしてじいっと前田の顔を覗きこんだ。

前田「え?何…?」

仲川「あっちゃん?昨日からなんか変だよ?元気ないよ?」

確かに自分は気持ちの浮き沈みをメンバーから見破られやすい。
しかし昨夜はうまくやっていたはずだ。
余計な心配をかけないよう努めて明るく振る舞っていた。
それなのになぜ仲川にばれてしまったのだろう…。


69 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 15:22:50.52 ID:Gq9yVzS50
前田「そ、そんなことないよ…」

仲川の真っ直ぐな視線を受け止めるのが怖かった。
反射的に目を反らす。
しかし仲川は諦めなかった。

仲川「えー?そんなの嘘だよ。遥香あっちゃんのこと大好きだもん。ずっとあっちゃんのこと見てたもん。いつもと違うのわかるよ」

仲川はそう言って、頬を膨らませる。

仲川「あっちゃん遥香のこと信用してないでしょ?そりゃたかみなみたいなアドバイスは出来ないかもしれないけど、何か不安があるなら話聞くよ?もうちょっと頼ってよー。遥香も大人になるからさぁ」

前田「ごんちゃん…」

仲川「あっちゃんが卒業を発表して悲しかったけど、それから遥香なりにいっぱい考えたんだよ。あっちゃんに何かしてあげられることはないかなーって」

そうして仲川はその場に座り込んだ。

――いつのまにこんな大人っぽくなったんだろう…。

前田は仲川の姿に目を見張った。
仲川はじっと、前田が隣に腰を下ろすのを待っている。
落ち着きがないはずの仲川が、今はきちんと1つのところに座り、前田を受け止めようとしているのだ。

――あたしは…ごんちゃんの気持ちに応えないと…。

前田は決心して口を開いた。


70 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 15:23:29.74 ID:Gq9yVzS50
前田「じゃあごんちゃん、ちょっと…聞いてくれる…?」

それから仲川の隣に腰を下ろした。
仲川は当たり前のように距離を詰め、前田と肩をくっつける。

仲川「話して、あっちゃん」

前田「うん…」

前田は打ち明けた。
昨日自分の身に起こったこと。
AKB48が作られた本当の目的。
レジスタンスとロボット、人間をキャンサー化させ死に至らしめるウイルスの存在。
そして、レジスタンスに対抗しうる力…ヴォイド…。
だが、ヴォイドの消滅が持ち主本人の死に繋がることは、どうしても言い出せなかった。

前田「びっくりしたでしょ?ごめんね…」

話している間中、前田は下を向いていた。
仲川の反応は素直だ。
誰よりも嘘がない。
だからこそ、それを見るのが怖かった。
もし、仲川に拒絶されたら…。

仲川「じゃあさ、これまでと変わらないんだね」

しかし仲川は安心しきった顔で言ってのけた。


71 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 15:25:35.89 ID:Gq9yVzS50
仲川「今まで通りあっちゃんを中心にして、みんなで力を合わせて頑張ればいいんでしょ?」

そうして仲川は弾かれたように立つと、フェンスへと駆け寄って行った。
しきりに頭を動かす様は、何かを探しているようにも見える。

前田「ごんちゃん?何してるの?」

前田は首を傾げた。

仲川「どこにいるのかな、そのロボット。遥香も…遥香も早くあっちゃんと一緒に戦いたいよ」

前田「え…?」

仲川「だって今の話、あっちゃんはもう少しみんなと一緒に頑張ってくれるってことなんだよね?だったら遥香は全然怖くないよ。嬉しいよ。こんなことになっちゃったけど…まだまだあっちゃんと一緒にいられるってことがわかったんだもん」

仲川「だから…ね?頑張ろ?頑張ってそのレジスタンスってやつを倒そう?」

仲川は一気にそう言うと、くるりと前田を振り返った。
その顔は今にも泣き出しそうな、だけど笑いをこらえているようにも見える不思議な表情。

仲川「約束だよあっちゃん、遥香やみんなのことを置いて行ったりしないでね。みんなあっちゃんの傍にいるよ?」

仲川が宙を掴むように手を伸ばした。
僅かにその手は震えている。
前田は立ち上がり、仲川の元へ歩み寄った。
手を握る。
仲川の体温が指先に伝わってくる。
温かく、柔らかな手の感触。
それはとてつもなく尊くて、何物にも代えがたい美しさ。

――この手を、この命を、守っていきたい…。

心からそう思えた。


72 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 15:26:11.45 ID:Gq9yVzS50
前田「ありがとう、ごんちゃん…」

仲川「え?何が?」

前田が礼を述べると、仲川は不思議そうにまばたきを繰り返した。
それがすべてを物語っていた。
前田を励まそう、元気づけてやろうなどという傲りがまったくない、本心から出た言葉。
だからこそ仲川の言葉は、前田の胸に響いたのだ。

仲川「ねぇロボットってどういう形してるの?何色?うーん…全然見つからないよ」

仲川はすでにいつもの調子に戻り、落ち着きなく下の景色を観察している。

前田「えーっとね…わりと見た目はシンプルなんだけど…」

前田も前方に視線を戻す。
その瞬間、信じられない風景が目に飛び込んできた。

――嘘でしょ…。

フェンスにしがみつき、食い入るようにそれを見つめる。

仲川「?あっちゃん…?」

仲川は突然言葉を切った前田を、訝しげに見た。

仲川「どうしたの?」

すると前田は真剣な目を仲川に向け、早口で伝えた。

前田「今すぐたかみなを…みんなをここに呼んできて!お願い!」


73 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 15:27:05.21 ID:Gq9yVzS50
数分後、屋上――。

高橋「本当だ…確かにいる。かなりの人数だ…」

仲川の呼びかけに屋上へ集まったメンバー達。
前田の示した方角に目を凝らすと、見えたのは爆発に耐え残った校舎だった。
少しの間観察していると、ちらほらとメンバーらしき人物が出入りする様子が確認出来た。

柏木「あ、佐江ちゃん!向こうに避難してたんだ…」

渡辺「今校舎から出て来たのは優子ちゃん…だよね?」

柏木と渡辺が同時に反応する。
先程前田が目撃したのは、校舎の陰に座る板野の姿だった。
それから仲川が高橋達を呼びに行っている間に、板野の他にもメンバーが避難していることが確認できた。

高橋「良かった、取り合えずみんな無事で…」

高橋は安堵のあまり、へなへなとその場に座りこんだ。
だがすぐに、安心している暇はないと気づき、立ち上がる。

高橋「みんなのところへ急ごう。起きたばっかりで悪いけど、今すぐ出発するよ」


74 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 15:29:06.37 ID:Gq9yVzS50
一方その頃、中学校では――。

板野「……」

峯岸「ともちんどうしたの?こんなとこで…」

1人鬱いだ様子の板野を心配し、峯岸が声をかけた。

板野「うん、ちょっと寝不足で…頭がぼーっとする」

板野はそう言って、疲れた笑顔を浮かべた。
反射的に笑っただけといった感じで、それは余計に痛々しく見える。
峯岸は眉をひそめた。

峯岸「昨日見たロボットのことだよね…。一応みんなにも伝えたけど、本気で怖がってる子と妙に楽観的な子と半々だったね…」

板野「それが心配なの。ロボットというと漫画やテレビの世界みたいに感じるけど、これは現実だもん」

板野「だけど実際にあれを見たわけじゃない子には、あたし達の恐怖が伝わらない。軽はずみな行動をとって、危険な目に遭わなければいいけど…どうやったらあのロボットの恐ろしさを伝えられるのかな?」

板野は不安だった。
取り合えずはメンバーと再会することが出来たが、今後どうしていったらいいかまったく検討がつかない。
先が見えない。
そんな中では、用心に用心を重ねたって足りないくらいだ。
板野はもうこれ以上、犠牲者を出したくなかった。
なんの躊躇もなく――もとよりロボットに感情があるのかは不明だが――瓦礫を踏み荒らしていたロボット。
瓦礫といっても、あれは最近まで街の一部だったものだ。
誰かの思い出が染み付いた一片なのだ。
それなのに、昨日目撃したロボットは平然と瓦礫を踏み潰し、残っていた建物を壊していた。
あんな残酷なことが出来るなんて……ショックだった。
もしあのロボットに他のメンバーが遭遇していたらと考えるとぞっとする。


75 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 15:29:45.77 ID:Gq9yVzS50
峯岸「もっときつく言わないと駄目だったかな?取り合えず学校の敷地からは出ないようにするとか?」

峯岸もまた、板野と同じことを考えていた。
幸いこの中学校は防災対策に力を入れていたらしく、水や食料の備蓄は豊富にある。
しばらくの間はここに避難していられる。
今は無駄な考えを捨て、助けが来るまで待つべきだ。

板野「やっぱりたかみながいないと…統率者不在だといまいちメンバーをまとめられないのかな…」

峯岸「今は優子や才加が色々と手を回してくれてるけど…」

板野「優子も才加も疲れてるみたいだった。特に才加は…繊細だし、優しいし…。本当は誰よりも人に嫌われたくない、仲良くしたいって思ってるはずなのに、無理して…」

峯岸「うん。優子もみんなに気を配ろうとして、かなり無理してたよ。結局昨日からずっとみんなの不安を聞いて回って、ほとんど眠れてないんじゃないかな」

峯岸はそう言って、肩を落とした。

――自分には何が出来るのだろう…。

頑張る仲間を見て、いつしか峯岸はそう考えるようになっていた。

――みんなのためにしてあげられること、ないのかな…。

そして板野もまた、同様のことを考えている。
様々な考えが浮かんでは消え、消えては浮かび、これだという結論が見えない。

――あたしは色々なことを、難しく考え過ぎてるのかな…。


78 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 15:33:25.83 ID:+Lzy0J9yO
今はただ、疲れていた。
あの人の笑顔を見たいと思った。
あのくしゃくしゃの笑顔を見ることが出来たら、このどんずまりの思考も解消される気がする。
だけどあの人は今、ここにいない。
その事実が、板野を苦しめる。
一体今どこで何をしているのか――。

――あっちゃん、どこにいるの…?

板野が姿の見えない前田に思いを馳せたその時だった。

峯岸「ひぃっ…!」

遠くで、何かが崩れる音がした。
それはどんどんこちらへ近づいてくる。

板野「みぃちゃん…これって…」

峯岸「来る。あいつがこっちに来る。ロボットだ…早くみんなに知らせないと」

板野と峯岸は、体育館へと走った。


79 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 15:34:13.65 ID:Gq9yVzS50
一方その頃、前田達は――。

前田「もうすぐ中学校に着くよ!」

高橋「着いたらすぐにメンバーを確認しよう。全員揃ってればいいんだけど…」

目標の校舎が視界に入り、前田達は自然と速足になった。
あと少し。
あと少しで求め続けたメンバーの顔と再会できる。
しかしここまで来て、気付いてしまった。
近付いてくる不吉な音に――。

前田「たかみな…」

前田は絶望的な表情になり、高橋を見る。

高橋「わかってる。ロボットだ。このまま逃げ切って身を隠すか、だけどいざとなったらまたあたしを使って」

前田「う、うん…」

前田は迷いを見せながら、しかし頷くことしか出来なかった。
今一緒にいるメンバー、そしてすぐ先の中学校にいるメンバーを守らなければ…。


80 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 15:34:54.95 ID:Gq9yVzS50
小森「あれ?なんか変な音すると思ったら、誰かこっちに来ますよ?おーい!こっちこっち!こっちでーす!ヘルプミー!エスオーエース!」

小嶋「あぁあれ、ロボットだよー」

小森「へぇロボットですか」

高橋「ばっ、にゃんにゃんなんで言っちゃうの!ロボットのことはみんなと再会して落ち着いたら話そうと思ってたのに」

小嶋「あ、ごめーん」

篠田「たかみな昨日の話、こもりん達に伝えてなかったんだ?」

柏木「ロボット?何の話ですか?」

渡辺「アニメ?」

多田「アニメじゃない?」

渡辺「今期のアニメでロボット物だと…」

岩佐「それよりまずくないですか?あれどんどんこっちに近付いて来てますよ!」

渡辺「ほんとだ、やだ怖い…」

小森「くぅーん…」

高橋「あっちゃん…いい?」

高橋は決めた。
この距離で逃げきることは不可能。
さっきの小森の呼び掛けで、向こうは恐らくこちらの存在を認識したはずだ。
戦う。
戦って勝つしか方法はない。

前田「わかった。頑張る」


81 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 15:39:53.98 ID:+Lzy0J9yO
高橋「にゃんにゃんと麻里子もこっちへ。あっちゃんの傍にいて。最初はあたし、次ににゃんにゃん。いいね?」

小嶋「はーい」

高橋「それから菊地!今すぐ中学校に走って、みんなを校舎の一番奥に避難するよう誘導して。絶対に外へ出ないように伝えるの!」

高橋の言葉が終わるか終わらないかのうちに、菊地は地面を蹴っていた。
無駄のないフォームで、あっという間に小さくなっていく背中。

柏木「え?ちょっ、えぇ?一体何の話してるんですか?」

柏木は状況が掴めず、目を白黒させた。
渡辺は泣きそうな顔で柏木に寄りそう。

渡辺「何かまずいの?わたし達危ないの?」

高橋はそんな渡辺達に短く指示を出した。

高橋「あそこが死角になる。まゆゆ達はあたしがいいっていうまで隠れてて。何を見ても何を聞いても、絶対に出てきちゃ駄目!必ずあとで説明するから」

そう言うが早いか、前田の手を引いて駆け出す。
篠田と小嶋がその後を追った。
渡辺達から充分距離を取ったところで、ロボットの来る方向をもう一度確認する。
ロボットは3体。
今日は小嶋と篠田のヴォイドも使える。
勝ち目はある。

高橋「あっちゃん昨日みたいにお願い」

高橋は前田を振り替えると、目を閉じた。

前田「わかった。いくよ…たかみな…」

前田が遠慮がちに手を伸ばす。
高橋との距離が縮まる。
しかしその間に滑り込む別の人影。

前田「え?なんで…」


83 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 15:44:53.21 ID:+Lzy0J9yO
それはあっという間のことで、予期していなかった前田は、うっかりその人影に触れてしまう。

高橋「そ、そんな…」

前田の手に握られているのは高橋のヴォイドではない。
巨大なプロペラを有した謎のヴォイド。

高橋「なんで…ゆきりん達と隠れているように言ったのに…」

高橋は焦った。
ロボットはすでに目の前に迫っている。

高橋「一度に2つのヴォイドは持てないの。あっちゃん早くそのヴォイドを持ち主に戻して!そしてあたしに触れて!」

前田「駄目…間に合わない。えぇぇぇぇっいっ!!」

前田がヴォイドを構える。
するとプロペラが回り、強風が起こった。
辺りに積み上がっていた瓦礫を吹き飛ばす程の風。
ロボットはその風に押され、じりじりと後退した。

高橋「今だ!あっちゃん!」

前田「うん!」

持っていたヴォイドを持ち主に戻すと、素早く高橋に触れた。

高橋「うっ…!」

今度は高橋のヴォイドを構え、ロボットに向かう体勢を作る。
風に押され、瓦礫に激突していたロボット達が起き上がり、砂埃をあげて突進してきた。

前田「うわぁぁぁぁぁ!!」


84 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 15:50:13.59 ID:+Lzy0J9yO
その時、篠田は目撃した。
前田の恐ろしい目付き。
必死の形相。
そして放たれた、恐怖を含んだ叫び。

篠田「こんなの…いつものあっちゃんじゃない…」

前田はめちゃくちゃにヴォイドを振り回す。
戦い方を知らない。
暴力の本質を知らないからこそできる無茶。
篠田は前田が今にも壊れてしまいそうで、変わってしまいそうで、やるせなかった。

――あっちゃん…無理してる…。もし昨日あたしと陽菜を助けた時もこんなことしていたのなら……。

いつか前田の精神は崩壊してしまうだろう。
前田は争い事を嫌う。
というより、人に嫌われるくらいなら自らが身を引こうとする。
多少の我満をしても、心穏やかでいられるならそれでいいと考えるタイプだ。
そんな前田が、そもそもロボット相手に戦うなんて――さらに武器とするのはメンバーの心なのだ。
いつか前田はその罪の意識に押し潰されてしまうかもしれない。

前田「駄目。一体は倒したけど…陽菜お願い…」

小嶋「…あっ…」

前田は今度、高橋のヴォイドを戻し、小嶋に触れた。
小嶋の意識が消失する。
その間にロボットは銃のようなものを振りかざし、前田に襲いかかった。

篠田「あっちゃん危ない!!」

篠田が叫ぶ。
と同時に前田は小嶋のヴォイドを肩に担いだ。


86 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 15:53:21.69 ID:+Lzy0J9yO
前田「……っ…」

打ち上げ花火のような音が響く。
前田は反動で後方に飛び退きながら、再びヴォイドを構え直した。
続けざまに撃つ、撃つ、撃つ。
辺りはもう滅茶苦茶だ。
焦る前田は小嶋のヴォイド――大砲を外してばかりいる。

――このままだと、陽菜のヴォイドが壊されてしまうかも…。

篠田は決めた。

篠田「あっちゃんお願い!あたしを…陽菜の代わりにあたしを使って…」

辺りはもうもうと煙が立ち上り、ほとんど目を開けていられない。
そんな中を篠田は駆け抜け、前田に訴えた。

前田「え…麻里子の…?」

躊躇する前田。
篠田は煙の中、なんとか目を見開くと、強く頷いてみせた。

前田「でも麻里子のヴォイドは…キャッ!!」

篠田「えぇぇ!?」


87 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 15:57:50.91 ID:+Lzy0J9yO
小嶋のヴォイドでとどめを差せなかったロボットが、反撃をはめた。
ロボットは2体とも銃のようなものを持っており、そこからレーザーが放たれる。
前田と篠田は咄嗟に頭を抱え、横飛びにそれを避けた。
直後、自分達の立っていた場所が黒く焦げているのを見てぞっとする。
こんなものを…もしまともに食らっていたら…。

前田「麻里子!」

前田は意を決して、篠田に向かい手を伸ばす。
迷っている暇はなかった。

篠田「……うっ…」

篠田が短く呻く。
次の瞬間、小嶋のヴォイドは消え、篠田のヴォイド――鉄網のようなものが出現した。

――これが網として使えるなら、少しの間ロボットの動きを抑えられるかもしれない。そうしたらその間に体勢を建て直して…。

思考の途中で、ロボットに向かいヴォイドを投げつけた。
篠田のヴォイドは空中で一度旋回し、ロボット達に覆いかぶさった。
ロボット達が網から抜け出そうともがく。
前田との距離は目と鼻の先。
これ以上近づかれていたら危なかった。

前田「よしっ…」

前田はその場から這うようにして抜け出すと、ロボットとの距離を取った。
一度深呼吸する。
衝撃、そして軋んだ音が耳に届く。
ぎしぎしと耳障りなその音。
前田は目の前の光景に、息を呑んだ。


88 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 16:01:14.66 ID:+Lzy0J9yO
前田「嘘…」

ロボット達を覆った篠田のヴォイドは、そのまま包み込むように動いている。
音はそこから発せられていた。
よほどの力なのか、ロボットはヴォイドから逃れることも出来ず、どんどん握り潰されていく。

前田「違う…麻里子のヴォイドは相手を捕まえ拘束するんじゃない…相手を包んで息の根を止める物だったんだ…」

やがて前田の見ている前で、ロボット達は完全に停止した。
篠田のヴォイドが消える。
残ったのは鉄屑。
ついさっきまでロボットだったものの破片。

前田「すごい…一気に2体のロボットを…」

前田は足の力が抜け、へなへなと座り込んだ。

――終わった…取りあえずみんなを守りきれた…。


89 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 16:05:26.32 ID:+Lzy0J9yO
放心状態となった前田の元に、メンバーが駆け寄って来る。

高橋「あっちゃん、大丈夫だった?」

小嶋「やっつけたのー?」

高橋に支えられ、前田はよろよろと立ち上がった。

前田「へ?あ、うん…」

小嶋「ねぇこれ、ロボット…だよね?すごいねどうやってやったのー?」

小嶋は周囲に残された戦いの爪痕に恐怖するでもなく、あっけらかんとロボットの破片を指差した。

前田「あぁそれは麻里子のヴォイドで…」

高橋「え?麻里子の?!」

高橋が驚きの声をあげる。
その背後から、篠田が顔を出した。

篠田「良かった。どうやらあたしも役に立ったみたいだね」

篠田がほっと胸を撫で下ろす。

前田「ううん…役に立つ立たないどころじゃなかったの。麻里子のヴォイドは凄かった…」

前田はそう言うと、なぜか暗い表情を浮かべた。

篠田「?」

小嶋「あ、そういえばみんなは?」

高橋「そうだった!おーい、もう出て来て大丈夫だよー!」

高橋の呼び掛けに、隠れていた柏木達がぞろぞろと姿を現す。
全員、驚きと困惑が入り交じった表情をしていた。
前田は彼女達の反応を見て、もじもじと高橋の背中に隠れる。


90 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 16:07:24.67 ID:+Lzy0J9yO
仲川「あっちゃんすごかったよー!かっこいー!」

と、背中から仲川に抱きつかれた。

前田「ごんちゃん!どこにいたの?」

仲川「あの後ちゃんと隠れたよ?駄目だった?」

前田「ううん、駄目じゃないけど…危ないよ!ああいうことしたら…」

仲川「えー?」

前田に叱られ、仲川は拗ねたように唇を尖らせた。
背中から離れる。

仲川「遥香のヴォイド、役に立たなかったの?」

前田「ううん、そんなことないよ。でも、もしかしたらあれで怪我したり、死んでたかもしれない。だからああいうことはもうやめてね」

前田はくるりと体を回転させると、真剣な顔で仲川と向き合った。
高橋のヴォイドを取り出そうと手を伸ばした瞬間、高橋を遮るようにして割り込んできたのは仲川だった。
前田はそのまま予期せず仲川のヴォイドを取り出してしまったのだ。
おかげで迫っていたロボットを少し後退させ、体勢を崩すことは出来たが、やはり土壇場で未知のヴォイドを使うのは不安だ。
自分はいいが、仲川の身に何かあってからではそれこそ意味がない。

――あたしはみんなを守るために戦う。だからその戦いでメンバーから犠牲者を出しちゃいけないんだ…。


92 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 16:09:21.97 ID:+Lzy0J9yO
前田「ね?約束してごんちゃん。これからは今まで通りたかみなの指示に従う。1人で勝手な真似はしない」

前田は仲川の目をじっと見つめ、諭すように言った。
元来素直な仲川は、その言葉にこくりと頷いた。

仲川「はーい。約束する」

仲川が返事をしたところで、今度は渡辺が口を開いた。

渡辺「どういうこと?はるごんはさっきの出来事を知ってたの?」

渡辺はよほど頭が混乱するのか、しきりに前髪をいじりながら尋ねた。

多田「あたし全然わかんない。さっきのロボットってなんなんですか?」

岩佐「それより前田さんが使ってた武器、あれは何ですか?なんか…たかみなさん達の体から取り出したように見えたけど…」

岩佐は早口で訴え、まばたきを繰り返した。

前田「あれは…えっと…」

前田が口ごもる。

柏木「あたしも聞きたい。何なのかわからないほうが怖いから…」

柏木は怯える渡辺を守るようにして、いつになく強い視線を前田達に向けた。
その背後から、待っていたかのように声がかかる。


93 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 16:11:09.94 ID:+Lzy0J9yO
大島「あたし達にもちゃんと説明してもらえる?」

前田「あ、優子…みんな…」

前田は柏木の肩越しにメンバーの姿を確認した。
やはりあれだけの騒ぎがあれば、気付くだろう。
知らせに走った菊地の説明が足りなかったのかもしれない。
中学校の門の周りには、中に避難していたはずのメンバーが集まり、一様に不信感を漂わせた表情で前田達を見つめていた。

秋元「何が起きてるの?あのロボットの正体も知ってるんでしょ?」

秋元が責めるように言う。

――出来れば現場を見せる前に説明しておきたかったな…あっちゃんがみんなから妙な勘違いされたら可哀想だし…。

高橋は後悔した。
しかしあの場では、ロボットを撃退するのが先決だった。
自分の判断に間違いはなかったと信じたい。
あの距離では逃げることなど不可能だったのだ。

高橋「一から説明するよ。取りあえずみんな校舎の中に入ろう」


94 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 16:12:02.73 ID:Gq9yVzS50
数十分後――。

峯岸「じゃあそのヴォイドってやつで、あっちゃんはさっきロボットと戦ってたってこと?」

高橋が話し終えると、真っ先に峯岸が口を開いた。

高橋「そうだね」

河西「なんか不思議な力だった…ヴォイド…。あたしにもあるのかな?」

高橋「うん」

体育館に集まったメンバーは、高橋の話を聞き、様々な反応を見せていた。
興味を持つ者。
考えこむ者。
恐怖する者。
泣き出す者。
メンバーから出る質問に、高橋は一つ一つ丁寧に答えていく。
一方前田は高橋からやや離れた場所で膝を抱え、ひとり内に篭っていた。
高橋は質問に答えながら、ちらちらとそんな前田を気にする。

宮澤「ヴォイドはあっちゃんにしか取り出すことは出来ないの?」

高橋「うん、今のところは…。ヴォイドゲノムに反応したのはあっちゃんだけだったから…」

宮澤「そっか…」

しかし宮澤は納得がいかないようで、何度も頭を振っている。
そんな宮澤の肩を柏木が叩いた。


95 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 16:13:59.73 ID:Gq9yVzS50
柏木「え?佐江ちゃん何考えてるの?今はヴォイドよりもウイルスの心配しなきゃ」

宮澤「そうだよね。どうしたらウイルスの暴走を止められるの?」

秋元「そうそう!AKBが抗ウイルス対策のグループっていうなら、あたしらほとんど今ここに集まってるわけだし、ウイルスは抑えられてるってことだよね?」

宮澤の問いかけに、秋元も身を乗り出す。

渡辺「でも…全然メンバー以外の人を見かけないよね…。みんな無事なのかな…」

渡辺はそう呟き、目を伏せた。
隣では多田が同調するように頷いている。

高橋「他の人はたぶん昨日の爆発で一気にキャンサー化してしまったのかもしれない。残念だけど、姿を見かけない以上、それは覚悟していたほうがいいと思う」

高橋「ウイルスの暴走が止まったのかどうかは、現時点ではわからない。ただ…レジスタンスの動きが気になる。奴らがあたし達を狙っているのは間違いない。昨日の爆発の被害がどこまで拡がっているのか…でもね、レジスタンスを止めない限り、今以上の被害が出ると思うんだ」

峯岸「じゃあ…あたし達はこれからどうすればいいの…?」

高橋「…レジスタンスを追い詰め、活動を阻止するしかない。今までなりを潜めていたレジスタンスがなぜか昨日になって突然ウイルスを暴走させた。あんな爆発…どうやって起こしたのか…」

高橋「一時的にあたし達の持つ抗ウイルス作用が弱まっていたのだとしても、ここまで被害が拡がるなんて…向こうには絶対何か切り札があるはず。だったらこっちも切り札を使うしかない」

板野「その切り札があっちゃんの持つ力ってことだよね」

それまでおとなしく事の成り行きを見守っていた板野が口を挟む。
高橋は神妙な面持ちで頷いてみせた。

秋元「要するにあっちゃんを中心にレジスタンスと戦い、壊滅させるしか現状を打破する道はない。そのためにあたし達はみんな、あっちゃんに自分のヴォイドを提供する…ってことで間違いない?」

秋元は話をまとめると、高橋に問いかけた。


96 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 16:15:02.91 ID:Gq9yVzS50
高橋「うん、だいたいそんな感じ。ごめんあっちゃん、だから悪いけどもうしばらくその力で…」

高橋は一度秋元に向かって頷くと、体育館の隅にいる前田を見やった。

前田「うん、わかってるよたかみな」

前田が無表情に返事する。
高橋は一瞬困ったように眉を下げたが、すぐに表情を引き締め、全員に呼び掛けた。

高橋「ということなので、これからはレジスタンスと戦いつつ、奴らの本拠地を探ります。さっきも説明したけど、ヴォイドはその人の心の在り方によって様々です。ヴォイドの提供は強制ではありません」

高橋「なるべくたくさんの提供者がいるにこしたことはないけど、みんな色々と心の準備があるだろうからね。もしあっちゃんにヴォイドを提供してもいいと考える人がいたら、後で名乗り出てください。そして今後は提供者数名を1グループとした戦闘体制を作ります」

高橋「もちろん提供する意思がなくても、戦闘に参加は可能です。ううん、むしろ大歓迎。ヴォイドを取り出されている間は意識を失うので、自力で動くことはできません。だからヴォイド提供者を戦いの渦の中から安全な場所へ移動させる役割の人が必要になってくるんです」

高橋「大丈夫、みんなで力を合わせれば出来ないことなんてない!あたしはそう信じています」

高橋はそこで言葉を結び、集まったメンバー達を見渡した。
みんなの反応が返って来ない。
静まり返った体育館。
高橋は動揺を隠し、祈るようにメンバーを見つめる。
すると、メンバーの間から返事が上がった。


97 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 16:15:59.90 ID:Gq9yVzS50
篠田「はい!あたしはあっちゃんに協力するよ。だって仕方ないじゃん。このままここに避難してたって、いつかは戦わなきゃいけなくなるんでしょ?だったら今のうちから体制を整えておいたほうがいいと思う」

高橋「麻里子…」

高橋はそれ以上言葉が出ず、唇を噛んだ。
篠田の気遣いが心に染みる。
きっと篠田は自分が先頭を切れば、他のメンバーが提供者として名乗りやすいと考えたのだろう。

篠田「陽菜も大丈夫だよね?さっき一度戦ってるんだし、陽菜のヴォイドは絶対に戦力になる」

篠田は立ち上がると、隣に座る小嶋を見下ろした。
小嶋は少しの間迷っていたが、相変わらず隅で俯いたままの前田を見やり、立ち上がった。

小嶋「うん。麻里ちゃんがやるならあたしも協力するよー」

小嶋の柔らかな声が体育館に響くと、メンバーは皆、強張っていた肩をいくらか下げた。

篠田「ね?みんなも頑張ろうよ。ヴォイドを取り出される時は痛みもないし、そしてそのヴォイドを使うのはあっちゃん。みんなあっちゃんのこと信じられるよね?だったら協力して一緒に戦おう」

篠田はそう言って、まだ座っているメンバーを優しく諭す。
3人目の協力者が、音もなく立ち上がった。


98 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 16:16:40.98 ID:Gq9yVzS50
板野「あたしもやる。それでみんなが助かるなら」

板野は普段と変わらぬ表情で、しかし内心は使命感に燃えて身震いしていた。

菊地「え?ともちんがやるならあたしも…」

つられて菊地も立ち上がる。

大島「……」

と同時に、大島も無言で起立した。
いつもの人懐こい笑顔は引っ込み、今はひたすら強い視線で宙を睨んでいる。
高橋は大島のその表情だけで、並々ならぬ決意を感じ取った。
その後もちらほらと協力を約束する者が立ち上がり、高橋はその人数の多さに圧倒された。
高橋は当初からメンバーが難色を示すものと覚悟していたのだ。

――これならレジスタンスと戦えるかも…。

高橋はレジスタンスがどの程度の集団で、どのような攻撃をしかけてくるのか知らない。
しかし協力するメンバーの顔ぶれから、希望を見出だした。
ただ1つの不安材料が気がかりではあるが…。
前田は協力者が名乗り出ても、俯いたまま無言を貫いている。


99 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 16:18:02.73 ID:Gq9yVzS50
数分後、屋上――。

板野「あっちゃん、そんなに思い詰めないでよ…」

板野と2人、屋上のフェンスに寄りかかった前田は、言葉少なにため息ばかりついている。
板野もまた体育館での前田の様子が気になり、何とか出来ないものかとこうして屋上へ連れ出したのだった。
外の空気を吸えば、少しは前田の気が紛れると思ったのだ。

板野「あっちゃんが怖がるのもわかるよ。いきなりよくわからない力があるとか言われて、メンバーを武器に戦うことになって…。あたしだって正直…怖いもん…」

前田「そんな…!無理しなくても良かったのに。なんでともちんは体育館でヴォイドを提供するなんて名乗り出たの?」

板野「うん、怖いよ。さっき外であっちゃんがロボットと戦っているのを見て、震えが止まらなかった。でもね、これがもし他の子に自分のヴォイドを預けるんだったら、名乗り出なかったと思うんだ。あたしはヴォイドを使うのがあっちゃんだったからこそ名乗り出たんだよ」

前田「え…」

前田はそこで視線を上げ、すぐ隣に立つ板野を見つめた。
板野はくるりと体を回転させ、フェンスの外側に体を向けると、照れ笑いを浮かべる。

板野「あっちゃんだから信じられる。あ、これ、別に他の子を信じられないってわけじゃないよ?でもあたしにとって、あっちゃんは特別な友達だから…ずっと前からあたしはあっちゃんを見てきたんだもん」

前田「ともちんは…あたしが怖くないの?だってもしヴォイドが、」

板野「え?」

前田「あ、ううん…何でもない…」

ヴォイドが壊れれば、持ち主も消滅する。
その一言がどうしても言い出せない。
高橋も先程行った体育館での説明で、その部分だけは省いていた。

――たぶん、みんながこのことを知ったらあたしを避ける。絶対にヴォイドを取り出させてはくれなくなる。誰だって自分の命は大切だもん…。


101 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 16:29:42.49 ID:Gq9yVzS50
メンバーを守るためには、メンバーを武器として戦わなければならない。
しかしそのことで、メンバー自身を危険な状態に置かなければいけなくなる。
このジレンマが、前田の精神を途方もなく疲弊させていた。

自分はメンバーを守るということを建前に、本当に伝えなければならないことを隠している。
真実を隠蔽するはメンバーのため?

――違う。自分のためだ。非難されるのが怖いから、あたしは口をつぐんでる。ずるい…ずるいあたし…こんな自分、大嫌い…。

前田は自分の心がどろどろと汚れていく感覚がして、許せなかった。
このまま取り返しのつかないところまで、堕ちていってしまう気がする。

板野「ねぇあっちゃん、あたしのヴォイド…取り出してみてくれない?」

前田の葛藤など知るよしもない板野が、妙に明るく申し出た。

前田「え?でも取り出されてる間は意識を失ってるから、自分のヴォイドを見ることはできないよ?」

板野「ううん、違うの。あっちゃんに見ておいてほしいだけ」

前田「あたしに?」

板野「そう。だってロボットを前にしていきなりどんな物かもわからないヴォイドを取り出すのだと不安でしょ?ヴォイドの形は人それぞれだってたかみな言ってたし」

前田「ともちん…でも、本当にいいの?」

板野「いいよ。あ、あたしどうしてたらいい?」

前田「力を抜いて…普通に立ってて」

板野が頷くと、前田は一度深呼吸し、手を伸ばした。
板野に触れる。
体温とともに伝わってくる、板野の心。
前田はスッと板野の体から手を離した。

前田「これは…?」

前田の手に握られているもの。
板野のヴォイド。
それは――。


102 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 16:30:14.33 ID:Gq9yVzS50
前田「望遠鏡…かな…?」

長い筒の先にはレンズがついている。
前田は試しに覗いてみた。
思った通り、遠くの風景がよく映る。

――ともちんのヴォイドを使えば、ロボットが近づいて来るより先に、こちらで気づくことができる。向こうの動きを遠くから確認出来るから、準備する余裕が持てる。すごいな…。

前田はそのまま、辺りをぐるりと観察してみた。
するとこちらに向かって来るロボットの姿が目に飛びこんで来る。

前田「来る…早くみんなに知らせなきゃ」

慌てて板野のヴォイドを戻そうとした。
その時、ロボットの前方を行く人影に気づく。
ある人物がロボットから逃れようと、必死に走っていた。

――あれは…もっちぃ?

倉持とロボットはどんどんメンバーのいる中学校へ向かって来ている。
このままだと倉持がきっかけとなり、この校舎も攻め入られてしまうだろう。

――誰か強力なヴォイドの持ち主に会わなきゃ…。

前田は板野のヴォイドを戻すとすぐに、屋上扉に飛び付いた。
階段をかけおりる。

――たかみなはまだ体育館かな?どうしよう…たかみなに会う間に、もっちぃがロボットにやられちゃう…。

前田は焦る。
こんな時に限って階段の手すりはつるつる滑り、前田は何度もバランスを崩しかけた。


103 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 16:31:26.02 ID:Gq9yVzS50
仲川「あれ?あっちゃんどうしたの?そんなに慌てて…」

最初に出会ったのは仲川だった。
仲川のヴォイドを使い、ロボットと倉持との距離を開くことはできるか。
そうすれば倉持が逃げ終えるまでの時間稼ぎにはなるかもしれない。

――あ!でも待って…ごんちゃんのヴォイドを使ったら、もっちぃまで吹き飛んじゃうかもしれない…。

仲川「あっちゃん?」

不思議そうに目を見開く仲川。
前田は迷った。
一か八か、仲川のヴォイドを使ってみるか、それともやはり高橋のヴォイドに頼るか。
もう時間はない。

大島「ちょっとー、何騒いでんの?」

その時、仲川の後方から大島が歩いてきた。

大島「何?喧嘩?まーたはるごんはあっちゃんに絡んで…」

仲川「違うよー。遥香なんにもしてないよ?」

大島「え?じゃあ何…」

そこで大島は前田のただならぬ様子に気がついた。

大島「まさかあっちゃん…」

前田「どうしよう優子…このままだともっちぃが…もっちぃがロボットに襲われそうなの!さっき屋上から見えて…」

前田の声は裏返り、目は赤く充血している。
大島はぐっと唇を噛み、表情を引き締めた。

大島「しっかりしてあっちゃん!行くよ!」

前田「え…?」

大島は前田の腕を取ると、屋上への階段を駆け上がる。
屋上では意識を取り戻した板野が、驚愕の表情でフェンスの外を見つめていた。


104 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 16:32:49.82 ID:Gq9yVzS50
板野「あ、あっちゃん優子!どうなってんの?下にもっちぃが…」

大島「ごめんともちん、後で!」

大島はフェンスの際まで前田を引っ張ってくると、厳しい目を向けた。

大島「いい?あたしを使うの。それであのロボットを退治するの。必ず…必ずもっちぃを助けて!」

前田「あ、ちょっと待って優子…」

しかし大島は前田の言葉を聞かず、無理矢理にその手を自分の胸に引き寄せた。

大島「……」

そして例のごとく、前田の手に伝わる大島の心。
引き出されたヴォイドは――。

板野「え?何それ?怖っ…!」

板野が目を丸くした。
咄嗟に後退りする。
前田の手には小さな円盤上の物が張り付き、光を放っていた。

前田「…どうしようこれ…」

前田はこの期に及んでまだ迷っていた。
もし大島のヴォイドを使って、ロボットだけではなく倉持まで危ない目に遭わせてしまったら…。


105 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 16:36:14.94 ID:+Lzy0J9yO
板野「あっちゃん何やってるの?早くしないともっちぃが…」

板野は焦った様子で前田を急かす。
後から追いかけてきた仲川も、同じく声を掛けた。

仲川「うわぁぁ…もっちぃが…もっちぃが…あっちゃん早くもっちぃを助けてあげてよぉ」

その時、下から倉持の悲鳴が響いてきた。

板野「あっちゃん早く!」

仲川「あっちゃん!!」

2人の声に責められ、前田は手にした円盤を素早くロボットに向ける。

前田「お願い…!!」

と、鋭い閃光が放たれ、次の瞬間には焦げた臭いが辺りに漂った。

仲川「え?何?何が起こったの?」

仲川はフェンスによじ登り、きょろきょろと頭を動かす。

板野「嘘…」

板野には最早、仲川の子供じみた行動を注意する余裕もない。
ただ目の前の信じられない光景を受け入れることに必死だった。
板野は前田の手から光が放たれた瞬間から、次に起こった出来事までを確かに目撃していた。
倉持を追っていたロボットは光に射抜かれ、一瞬の内に機体の上部分が熔けた。
無様に残った下部分と、鼻をつく焦げた臭い。
板野の呼吸が速まる。
知らぬうちに自分の胸に手を当て、息を呑んでいた。


106 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 16:37:52.48 ID:+Lzy0J9yO
大島「あっちゃん…もっちぃは…?」

意識を取り戻した大島が、ふらふらと立ち上がる。

仲川「もっちぃ大丈夫だよー」

前田が口を開くより先に、仲川が答えた。

大島「そっか…良かった…」

大島はほっと息を吐くと、前田の手を取り、優しく握る。
掠れた声で言った。

大島「ありがとう。あっちゃん」


108 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 16:39:48.90 ID:+Lzy0J9yO
数十分後――。

倉持「ほんとびっくりしたよ。みんなを探して歩いていたらいきなりロボットが現れて、追いかけてくるんだもん」

その後無事救出された倉持は、体育館でメンバーと合流した。
倉持の証言からわかったのは、ロボットにも銃を持っている物といない物がいること。
倉持を追いかけていたのは銃を持っていなかったため、捕獲用ではないかと思われる。
厄介なのは銃を所持する戦闘用ロボットだ。
救出から時間が経った今、倉持は落ち着いて話が出来るようになっていた。

高城「明日香ちゃんが無事で、亜樹も安心したよー」

柏木「怪我もないみたいで良かったね。もっちぃの身に何かあったらって考えたら、あたし…」

松原「もっちぃもういいの?まだ休んでなくて平気?」

倉持の周りにはメンバーが集まり、口々に労りの言葉をかけている。
その喧騒から少し離れたところで、高橋と篠田は険しい表情を張り付かせていた。


109 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 16:42:18.47 ID:+Lzy0J9yO
高橋「もっちぃが見つかって、これでまだ避難してきていないメンバーは…」

篠田「珠理奈がいない…」

高橋「それから由依とクリス、永尾…合わせて4人か…。ロボットと遭遇してなきゃいいんだけど…」

篠田「うん…早く見つけ出してあげないと」

高橋「探しに行く。だけど…それにはあっちゃんを同伴させないと。いざという時、ヴォイドを使えるのはあっちゃんだけだから」

篠田「あっちゃん…大丈夫なの?」

篠田は眉をひそめた。
高橋が無言で首を振る。

篠田「そっか…あっちゃんひとりに今後を託すみたいになっちゃって、プレッシャー感じてなければいいんだけど…」

高橋「あっちゃんはヴォイドを使ってあたし達を守ろうとしてくれてる。だったら逆にあたしは、そのあっちゃんを守るよ。あっちゃんの不満も、恐怖も、全部あたしが受け止める」

高橋はそう言うと、強い視線で篠田を見た。
その瞳の奥には、決意の炎が燃えている。

篠田「あたしもなるべく力になれるよう考えてみるよ」

篠田もいつになく真剣な表情で答えた。

高橋「うん、お願い麻里子」


110 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 16:46:16.33 ID:+Lzy0J9yO
一方その頃、図書室では――。

前田「……」

前田はひとり、ぼんやりと窓の外を見つめていた。
もうすぐ日が暮れる。
沈む夕陽に照らされ、前田の頬は赤く染まっていた。
そこに、一筋の涙がつたう。

――いつまで続くの、こんな生活…。

ヴォイドはその人の心を形となって現す。
つまり自分は、他人の心を覗いて、踏み荒らしてるのと同じなんだ。
ヴォイドを取り出すたび、前田は自分が卑しい人間に成り下がっていく気がして、たまらく怖かった。

――それにあたしは屋上でともちんとごんちゃんの2人に急かされて、優子のヴォイドを使うことを決めたんだ…。

結果的に倉持を助けることになったが、もし大島のヴォイドがもっと違った形の物だったら…。

――もっちぃを巻き添えにしていたかもしれない…。

そう考えるたび、体は震え、暑くもないのに口が渇いた。
だけどこの恐怖は、倉持を危険な目に遭わせていたかもしれないという考えからきているのではないと、前田は本心で気づいている。
あの時、大島なヴォイドを使うべきか悩んでいた屋上で、自分が一番怖かったのは板野と仲川の視線だ。
ヴォイドを使えるのに使おうとしなかった自分は、2人から倉持を見殺しにするのかと責められているようで、いたたまれなかったのだ。


111 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 16:48:01.02 ID:+Lzy0J9yO
――あたしは自分をいい人に見せたいから、あの時ヴォイドを使ったのかな…。

保身ばかり考えて、倉持の安全をはかることをやめてしまった。

――最低だ、あたし…。

きゅっと唇を噛む。
ふいに、叫び出したい衝動にかられた。
自分の中の黒い気持ち、嫌な自分、最低な自分、すべてを吐き出したかった。
前田がそれを堪えたのは、近づいてくる足音に気づいたからだ。
校舎の中は狭い。
一方メンバーの人数は多い。
どこに行っても、ひとりきりになれる場所などないのだ。

前田「……」

カラカラと扉を引く音が響いた。
咄嗟に服の袖で涙を拭う。

前田「誰?」

逆光で相手の顔は見えない。
しかしその小柄な体つきは――。


112 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 16:50:05.44 ID:+Lzy0J9yO
前田「優子?」

前田が問いかけると、大島はこちらに歩みよりながら息を吐いた。

大島「あっちゃん、ここにいたんだね」

大島は前田の隣に並んで立つと、静かに言った。

前田「うん」

泣いていたのを悟られないように、前田は明るい声を意識した。

前田「どうかしたの、優子?」

大島「うん…あたしあっちゃんに謝らなきゃいけないなって思って…」

前田「?」

大島「さっき…ごめんね。無理矢理ヴォイドを使わせたりして。あっちゃんにも心の準備があっただろうに…」

前田「……」

大島「あたしには、あっちゃんのような力はない。正直、くやしいよ。もっちぃが危ないってわかってるのに何も出来ない自分が情けない。だからせめてあたしのヴォイドを、あっちゃんに使って欲しかったんだ」

前田「でも…そんなにいい力じゃないよ、これ…」

前田は自分の左手を見つめながら言った。
見慣れた手。
だけど何も知らずに過ごしていたこれまでとは、確実に変わった手。

大島「あたしはさ、あっちゃんが…あっちゃんだけがその力を持った理由がなんとなくわかるんだ」

前田「え、何…?」


114 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 16:52:42.97 ID:+Lzy0J9yO
大島「あっちゃんはみんなの希望だから。絶対的エースと呼ばれ、批判を一身に受けて、それでも輝き続ける、みんなの光だから。あっちゃんが持っているのは女王の力。センターとしてみんなを引っ張ってきた精神力があるからこそ、その力を持つことが許されたんだよ」

前田「そんな…あたしなんて、」

大島「ううん。今だって、まぁ多少の混乱はあるけど、みんな落ち着いてるじゃない?こんな状況だってのに、にゃんにゃんなんておなかすいたー、お風呂入りたいとか言ってぼやいてるし」

大島「やっぱりあっちゃんの力があるからみんな落ち着いてられるんだと思う。たかみなの言ってたレジスタンスっていうのは怖いけど、それに太刀打ちできるあっちゃんの力があるから、平穏を保ててる」

前田「みんな…あたしのことそんなふうに思ってるのかな?不気味がってないの?」

大島「大丈夫だよ。メンバーを信じてあげて」

前田「う、うん…」

大島「それにもしあっちゃんの力がなかったら、あたし達は今頃、連れ去られたもっちぃを心配して泣き叫んでいたと思う。ありがとう…あっちゃん」

大島の言葉が、静かに前田の心に染み渡る。
嬉しかった。
もっと他にも言いたいことはあっただろう。
まったく不安がないとも言い切れないはずだ。
それでも大島は自身の気持ちを抑え、前田を元気づけることだけを考えてくれた。
そうして言葉を選んで、わざわざここまで自分を探しに来てくれたのだ。
前田は大島に対して頭の下がる思いだった。

――戦おう。もう迷わない。優子の気持ちに応えるためにも、あたしはヴォイドを使って、レジスタンスを制圧してみせる…!


115 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 16:55:46.02 ID:+Lzy0J9yO
翌日――。

前田「珠理奈ー?ゆいはーん!」

佐藤夏「クリスー?いたら返事してー!」

山内「まりやー!まりやいないのー?!」

前田達は中学校から離れ、まだ見つかっていないメンバーの捜索にあたっていた。

高橋「誰か生存者がいるなら返事してください!あたし達は味方です!」

もちろんメンバー以外の生存者がいるかもしれないという希望も捨ててはいない。
しかし聞こえてくるのは風の音と、何かの拍子に瓦礫が崩れる乾いた音ばかりである。

前田「みんなどうしちゃったんだろう…」

歩いても、声をかけ続けても、反応が返って来ることはない。
メンバーの間に諦めた空気が漂いはじめる。
その時だった――。

大島「今、悲鳴みたいなの聞こえなかった?」

大島の顔色が変わる。
続いて耳に届いたのは、助けを求める少女の声。
聞き覚えのあるこの声は――。


116 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 16:57:41.32 ID:+Lzy0J9yO
一方その頃、中学校では――。

前田達を送り出し、留守を預かることになったメンバーは、体育館に集まっていた。
話題にのぼるのは未だ行方がわからないメンバーのことと、前田の持つ不思議な力。

小林「あっちゃんのあの力、どう思った?」

佐藤す「…怖い…よね?正直言うと」

鈴木紫「うん…」

近野「でも自分のヴォイドを前田さんに使ってもらって、レジスタンスを倒せるならいいと思う!」

沈むメンバーの中で、近野だけは妙に明るい。
すみれは近野の態度に若干の暑苦しさを感じていた。
密かに奥歯を噛み締める。

佐藤す「ヴォイドを取り出されている間は意識がなくなっちゃうんだよ?怖いよ。それに心を取り出されて武器に使われるなんて…考えただけでも鳥肌が立つ!絶対イヤだよ!」

鈴木紫「あ、でもたかみなさん、ヴォイドの提供は強制じゃないって言ってたよね?」

小林「え?でもやっぱりここはみんな協力しないと…」

近野「そうだよ!みんなで協力して頑張ろうよ!」

佐藤す「……」

その時、4人のすぐ傍でうとうとしていた河西が、はっと目を見開いた。

小林「あ、起きた?」

小林が声をかける。
河西は寝起きとは思えない素早さで立ち上がると、4人を見下ろした。

小林「?」


117 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 17:03:23.06 ID:Gq9yVzS50
河西「そんな簡単に…言わないでよ…」

河西の様子に、4人は無言で顔を見合わせる。
河西は実は、眠ってなどいなかった。
昨日から繰り返し考え、悩み、それでも結論は出ず、ただ疲れきって顔を伏せていただけだったのだ。
4人の会話はなんとなく耳に入れていたが、迷いのない近野の言葉が妙に勘に障った。

河西「みんなで協力しようって言うけど…相手は一瞬のうちに街を滅ぼすくらいの攻撃力を持ってるんだよ?」

河西はその声に似合わぬ物騒な単語を並べると、ほとんど近野に対して説得するように話した。
近野はきょとんと河西の顔を見上げている。

河西「確かにあっちゃんの力は凄いよ?あの力があればレジスタンスと戦えるかもしれない。だけど…なんでヴォイドを使えるのはあっちゃんだけなの?いくらあっちゃんでも、そんな簡単に自分の心を預けるなんて出来ないよ。怖いよ」

河西は今度、涙声で訴える。
それに対してすみれが同調した。

佐藤す「なんか…心の中を覗かれてるみたいで…フェアじゃない気がする。ずるいよ…あたし達はみんな使われるだけなんて…」

河西「うん。あたしだって協力したい気持ちはあるよ。だけどこの先何が起こるかわかんないし、安全の保障もない。昨日からずっと考えてるけど、まだ気持ちが決まらないの」

河西「だからあっちゃんにヴォイドを提供するべきかどうか…今はまだ決断する時じゃないんだと思う。中途半端な気持ちでヴォイドを提供するのも、頑張ってるあっちゃんやたかみなに失礼だし…」

河西はそこで、長い睫毛を微かに震わせた。
話しているうちに気持ちが高ぶり、ついに涙がこぼれてしまう。

小林「……」

小林は思わず立ち上がったが、かけるべき言葉が見つからず、おろおろと河西の周囲を歩き回る。
近野は気まずそうに河西から目を逸らした。

鈴木紫「どうしたらいいのかわからないのは…河西さんだけじゃないですよ。あたしだって…まだ迷ってます…」

鈴木が静かな声で打ち明けると、後はただ、河西の嗚咽だけが辺りに響いた。


119 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 17:03:59.22 ID:Gq9yVzS50
その時、同じ体育館の片隅では――。

倉持「玲奈ちゃん、元気出してよ…」

河西と同じく嗚咽を洩らしているメンバーがいた。
松井玲奈だ。
しかし彼女の場合、現状を恐れての涙ではない。
未だ見つからない珠理奈の安否を気にかけるあまり、不安にとりつかれていたのだった。

倉持「ごめんね、あたしが昨日ロボットの話なんかしたから、余計に心配になっちゃったんだよね…」

倉持は昨秋危険な目に遭ったばかりにもかかわらず、自身の態度を反省した。
良かれと思ってロボットの詳細を話したが、そのことで不安を募らせるメンバーも出てくるだろうことまでは考えが至らなかったのだ。

高城「大丈夫だよー。きっとあっちゃん達が珠理奈ちゃんを見つけて、一緒に帰って来てくれるよっ」

高城がいつも通りの柔らかなトーンで励ますと、玲奈は小さく数回頷いてみせた。
それと同じくして、今度は北原が深いため息を洩らす。

北原「横山…」

珠理奈と同じく、横山、中塚、永尾も行方がわからぬまま。
北原やメンバーの心を深い悲しみが支配していた。


120 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 17:05:45.18 ID:Gq9yVzS50
一方その頃、前田達は――。

前田「ごんちゃんこっち!」

前田は咄嗟に仲川を呼んだ。
すでに仲川は前田の傍に走り寄っていたところで、瞬時にヴォイドを取り出され、意識を失った。

前田「お願い、間に合って…」

前田が素早く仲川のヴォイドを構える。
次の瞬間、強風がロボットを襲った。
じりじりと後退したかと思うと、耐えきれず数メートルほど吹き飛ばされる。

前田「麻里子!」

篠田「オッケー」

この隙を逃すわけにはいかない。
前田は今度、篠田のヴォイドを構えた。
吹き飛ばされた3体のロボットのうち、2体を破壊する。

小嶋「わーすごいすごい!」

既に勝利を確信した小嶋が、呑気に喜びの声を上げた。

前田「まだ1体残ってる…陽菜早くこっちに!」

小嶋「え?あたしー?ちょっと待って…」

小嶋がてけてけと走ってくる。
その直後、何かに足を取られて転んだ。
ロボットはすでに体勢を整え、前田へと向かって来ている。

高橋「あっちゃん!!」

少し離れた場所で負傷者を救護していた高橋が、鋭い声を上げた。

前田「そんな…間に合わない…」


121 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 17:07:25.70 ID:Gq9yVzS50
前田の足元にはまだ意識の戻らない仲川と篠田が横たわっている。
今ロボットに近づかれたら…。
一瞬のうちに恐怖が前田を支配する。
足がすくむ。
冷たいものが背中を走った。

――どうしようどうしようどうしようどうしよう…。

必死に周囲のメンバーを探った。
小嶋は瓦礫に足をとられ、呻いている。
高橋とは距離がある。
板野は戦闘タイプのヴォイドではない。

――そうだ、優子…。

しかし高橋のすぐ隣に大島の顔を見つけ、前田を絶望が襲った。

――他に誰か…誰かいないの…?

その時、前田の目の前にひとりの人影が滑り込んで来る。
ロボットはすぐそこ。
選択の余地はない。
前田はその人物のヴォイドを取り出した。
構える。

前田「…くっ…!」

必死だった。
それこそ死に物狂いで撃った。
取り出したヴォイドはマシンガンのような形をしている。
方法は明確だった。

高橋「あっちゃん!もういいから、もう終わったから!」

気がつくと、前田は腕を高橋に押さえつけられていた。


122 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 17:13:30.26 ID:Gq9yVzS50
前田「へ?」

マシンガンを下ろす。
前田はそこで初めて、異変に気づいた。
さっきまで離れた場所にいた高橋が、なぜ今はすぐ傍にいるのか…。

大島「大丈夫だよ。みんな助かったから…」

隣には大島もいて、困ったように眉を下げていた。

前田「あたし…」

驚く前田に、高橋は無言で前方を指差した。
そこには煙を上げて停止したロボットが、まるで何かのオブジェのように立っている。

前田「倒した…の?」

高橋「うん」

前田「あたし…あたしただ夢中で…」

口を開くと、なぜか弁解するような言葉が出た。
前田はまだ、自分が本当に正しい行いをしているのか自信がない。

大島「あっちゃん頑張ったね。えらいよ…かっこ良かったよ」

大島に微笑みかけられ、前田はようやく肩の力を抜いた。

前田「それで…珠理奈は?」


123 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 17:14:31.21 ID:Gq9yVzS50
高橋「怪我はしてるけど、意識ははっきりしてる。早く学校に連れて帰ろう。手当てしなきゃ」

前田「う、うん…」

前田達が悲鳴を聞いて駆けつけた時にはすでに、珠理奈は血を流し倒れていた。
周りにはロボットが3体。
珠理奈が攻撃を受けたのは明らかだった。

――あたしがもっと早く駆けつけていれば…。

珠理奈は今、佐藤夏希と大家に支えられ、座りこんでいる。
目は虚ろで、時折苦痛に顔を歪ませていた。
その姿を見て、前田はただただ自分を責めた。

――メンバーを守るって誓ったのに……。

篠田「珠理奈!」

その間、意識を取り戻した篠田が、血相を変えて珠理奈のもとへ駆け寄っていく。
仲川も後に続いた。
そしてその背後でふらふらと立ち上がる人物。

前田「島ちゃん!」

島田ははじめ、きょとんとした表情を浮かべていたが、前田の様子を見て笑顔になった。

島田「あたしのヴォイド…役に立ったんですね…」

前田「うん、島ちゃんのお陰だよ。ありがとう」

島田「いえ、そんな…うちはただ夢中で…なんとかしなきゃって思ったら体が勝手に…」

前田「うん」


124 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 17:15:15.29 ID:Gq9yVzS50
ロボットが向かって来る瞬間、前田の前に滑り込んで来たのは島田だった。
島田の咄嗟の行動が、勝利へと導いたのである。
しかしあの状況で前田のもとへ駆けつけるなど、並外れた勇気がなければ出来ない。

前田「すごいよ、島ちゃん」

前田が素直に称賛の言葉を告げると、島田は今度、照れたように笑った。
そこに自分の行動を傲るような気配は見られない。
島田の視線は真っ直ぐだった。
そしてそれは、前田の心に一筋の光を射すこととなる。
島田のようにがむしゃらに、目の前のことと対峙できたらいい。

――たぶん今は、何かを考えて迷っている時間なんてないんだ。もう、やるしかないんだ。

後輩の姿から、前田は思わぬ勇気をもらった。


――すべてが終わったら、あたしは宣言通りAKBを卒業する。メンバーと一緒にいられる時間は少ない。だからこれからの時を大切にして、みんなを守ることだけを考えよう。

そして前田は再び強く胸に誓ったのだった。


125 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 17:15:52.62 ID:Gq9yVzS50
山内「……」

島田の行動に感化されたのは前田だけではない。
山内もまた、決断していた。
先程の戦闘で、山内は何も出来ず、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
そんな自分が情けなく、惨めだった。
幼い頃から何不自由なく育った山内が感じた、初めての劣等感。
山内の中に動揺が走る。

――なんで…なんではるぅは咄嗟にあんなこと出来たの…?

次の瞬間には、山内の拳は強く握られていた。
生来の負けず嫌いが発揮される。

――次こそはあたしも自分のヴォイドを…活躍させてみせる…!

愛らしい山内の目元が、険しいものへと変わった。

大家「うちも…」

佐藤夏「うん…」

珠理奈を介抱する大家は、声を上擦らせた。
頭のいい夏希は、その時点で大家の言いたいことを理解している。
夏希もまた、大家と同じ気持ちだった。

――これがレジスタンスと戦うということなんだ…そしてあたし達は必ず勝利してみせる。自身のヴォイドを提供して…戦うんだ…。

2人もまた、島田の行動から自身の弱さと向き合う覚悟をしたのだ。

――怖い…けど、やるしかないんだ。


126 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 17:17:58.63 ID:Gq9yVzS50
数時間後、中学校――。

峯岸「今日はもう捜索切り上げるの?」

峯岸が尋ねると、宮澤は力なく頷いた。

宮澤「今は珠理奈の手当てが先決だし、戦闘に当たったメンバーも疲れてるみたいだからって聞いたよ」

峯岸「そっか…心配だね…」

宮澤「さっき保健室覗いて来たけど、やっぱり病院と違って最低限のものしか揃ってないみたいで…。たかみなの話だと珠理奈、結構やばいらしい。傷口を縫合しないとだって」

峯岸「そんなにひどいの?いくらなんでもここでそんな処置できないよ…」

宮澤「うん…」

珠理奈が中学校へ運ばれて来てから、メンバーは一時騒然となった。
珠理奈の容体を心配する声とともに再び沸き上がったロボットへの恐怖。
詳しいことを聞きたくても、肝心の前田や高橋の姿ははない。
メンバーは今はひたすら怯えることしかできないでいた。
高橋を中心とした数人のメンバーは、先程から珠理奈について保健室に篭りきりである。
そこで痺れをきらした宮澤がメンバーを代表して保健室に赴き、高橋から詳しい状況を聞いてきたのである。

松井玲「そんな…珠理奈が…」

宮澤と峯岸の会話を聞いていた玲奈が、その場に崩れ落ちた。

峯岸「玲奈ちゃん!」

峯岸が慌てて玲奈の体を支える。
玲奈の白い肌は青ざめ、表情には悲壮感が漂っている。

宮澤「……」

そんな玲奈の姿が痛々しく、宮澤は思わず目を逸らした。
その時、体育館にやって来る大家達が目に入った。


127 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 17:19:46.71 ID:Gq9yVzS50
宮澤「あ、休んでなくていいの?」

大家「うん、もう大丈夫やけん、うちらちょっと伝えたいことがあるんよ」

大家は連れ立って来た夏希と山内に目配せをすると、宣言するように言った。

大家「珠理奈ちゃんがあんなことになって、みんな不安かもしれん。でも、このままみんなしてここに隠れて、何もしないでいて、本当にいいんかな?うち達はさっき、ロボットとの戦闘を間近で見たけん。正直、怖かった。だけどこうも考えた」

大家「あっちゃんは今日、たった数人のヴォイドだけで戦って勝った。これって凄いことだと思う。じゃあもっとたくさんのヴォイドが集まれば、レジスタンスを制圧することも可能なんじゃないかな?」

大家が口を閉じると、夏希がその後を繋いだ。

佐藤夏「あたしは今日の戦闘を見て確信したの。あたし達はもう怖がっていられない。やるしかないところまで来てるんだって…」

佐藤夏「それに珠理奈ちゃんの件、みんな心配で、腹が立ってるんじゃない?珠理奈ちゃんをあんな目に遭わせたレジスタンスは絶対許せない!みんなもそうでしょ?」

夏希の言葉に、先程まで震えていた玲奈が、ハッと頭を上げた。
静かな表情の中に、もう怯えの色はない。
あるのはレジスタンスへの怒りのみ。
玲奈が腹を立てるのは、決まって自分のことではなく、仲間のことがきっかけだった。
その優しさゆえに、仲間が不当な扱いをされている状況が許せないのだ。

玲奈「わたし…戦う!前田さんにヴォイドを提供する!」

玲奈はそう言うと、一目散に体育館の出口へと走って行く。


128 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 17:24:03.19 ID:+Lzy0J9yO
峯岸「あ、ちょっと待って玲奈ちゃん!どこ行くの?」

峯岸が慌ててその後を追った。

河西「佐江ちゃん…」

河西は答えを求めるように、宮澤を見た。

宮澤「たぶん玲奈ちゃんは、保健室に行ったんだよ。保健室にはあっちゃんがいる。自分のヴォイドを取り出してもらいに行ったんだ。珠理奈の仇を取るために…」

宮澤が静かに語ると、河西は考え込むように俯いた。

宮澤「あたしも戦うことに決めた」

宮澤が小さく呟くのを、河西は驚きとともに耳にする。
体育館は互いに相手を窺うような雰囲気で満たされていた。
やがて1人、また1人とメンバーが体育館を後にする。
その想いは皆同じだった。

――戦う。これ以上の犠牲者は出したくない。


130 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 17:26:06.66 ID:+Lzy0J9yO
一方その頃、保健室では――。

前田「じゃあ…行くね…」

前田が確かめると、相手は神妙な面持ちで頷いた。
そして、目を閉じる。
前田は左手を伸ばした。
光に包まれる。
手の平から伝わってくる、温かい心。
優しい心。
相手を思いやる犠牲心。

前田「何…これ…」

そうして現れたヴォイドは、紐状になった白い布。
それはまるで――。

篠田「包帯…みたいだね…」

篠田は珠理奈の手足に巻かれた包帯と、前田の手にしたヴォイドとを見比べて、驚いたように言った。
その言葉に、前田が動く。

高橋「あっちゃん駄目…!」

すかさず高橋が制止したが、前田はほとんど操られるように、それを行う。
別に確信があったわけではない。
なんとなく、と言ってしまえばそれまでの、だが確かに前田の中の本能を司る部分が、命令していた。
ヴォイドを、珠理奈に向けて使えと――。

高橋「駄目だよあっちゃん、ヴォイドを人に向けたら…やめて!!」

高橋が叫んだのと、ヴォイドが反応を示したのはほとんど同時だった。

小嶋「何これー?蛇みたい」

ヴォイドはまるで意思があるかのように動き、珠理奈の体に巻きついていく。
それからほどなくして、脱力したように床へ落ちると、すっと消えた。


131 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 17:27:53.80 ID:+Lzy0J9yO
松井珠「……」

珠理奈がベッドの上で半身を起こす。

篠田「珠理奈!」

篠田が慌てて駆け寄った。
珠理奈は何が起きたのかわからないようで、ぼおっとした表情を浮かべている。
それからすぐに気がついて、自分の手足を確認した。
篠田が止めるのも聞かずに、床へ足をつけると、立ち上がる。
いつもの凛とした佇まい。
体中から元気が溢れて、周りを笑顔にさせるような雰囲気。
先ほどまで怪我の苦痛に呻いていたはずなのに…。

篠田「珠理奈…怪我、大丈夫なの?」

篠田が訝しげに眉を寄せた。
珠理奈は今度、驚愕の表情で辺りを見渡している。

松井珠「痛く…ない…。なんで?」

大島「ごめん、ちょっと捲るね」

大島は珠理奈の服を捲り上げると、しげしげとその体を眺めた。
ついには巻かれていた包帯までも剥ぎ取ってしまう。
それは大島だからこそ許される行動だった。

――もしあたしがやったら、変態扱いされてたのかな…。

大島の動きを見て、高橋は不謹慎にもそう考えていた。
ちらりと小嶋のほうを見やる。
それにしてもヴォイドを向けられたのに、珠理奈は平気なんだろうか――。

大島「あれー?なんで?」

大島が驚きとともに、歓声を上げた。
振り返ったその顔は、やはり歓喜の表情。

前田「?」


132 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 17:29:46.81 ID:+Lzy0J9yO
大島「傷…塞がってるよ!全然なんともない!」

小嶋「わーい、すごいねー。良かったね」

小嶋も一緒になって喜んだ。
珠理奈はわけもわからぬまま、篠田に飛びつき、はしゃいだ笑顔を浮かべている。

前田「たかみな…」

首をかしげてる高橋に、前田が話しかけた。

高橋「ヴォイドは武器だけじゃない…。そうか、ともちんも戦闘タイプのヴォイドじゃなかったし。なんで早く気付かなかったんだろう。ヴォイドの形は人それぞれ。中には傷を癒すヴォイドだってあってもおかしくない」

高橋はぶつぶつと呟くと、前田の手を取った。

高橋「あっちゃん、やったね!」

前田「え…う、うん…」

高橋の声に、珠理奈が反応した。
篠田から離れると、前田の傍へ歩み寄る。

松井珠「前田さんが治してくれたんですか?あたしの怪我…」

珠理奈に人懐こい笑顔を向けられ、前田はたじろいだ。

前田「ううん、違うの。珠理奈の怪我を治したのはね…」

前田はそう言うと、ちらりと背後を振り返った。
そこにいたのは意識が戻ったばかりのヴォイドの持ち主。

松井珠「玲奈ちゃん!」


134 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 17:31:40.22 ID:+Lzy0J9yO
玲奈ははじめ、信じられないといった目つきで、元気に跳ね回る珠理奈を見つめていたが、やがてふっと息を漏らした。
緊張の糸が切れたように、表情を緩ませる。
それからきゅっと唇を結んだ。
笑いたいのに、涙が溢れてくる。
必死に堪えたが、無邪気な珠理奈に抱きつかれ、ついに涙腺は崩壊した。

松井珠「玲奈ちゃん!玲奈ちゃんありがとう!」

松井玲「うぁーん、珠理奈治った、珠理奈治った…良かったよぉ…」

泣きじゃくる玲奈を、高橋は脅威の眼差しで見つめている。

――戦いは何も、戦闘タイプのヴォイドだけが重要じゃない…。いくらレジスタンスを倒せたとしても、メンバーがみんな揃っていなければ意味がないんだ。玲奈ちゃんのヴォイドは…メンバーを救う唯一のヴォイド。そして、玲奈ちゃんは…。

高橋「レジスタンスへの怒り…恐怖、憎しみ。それだけが糧となったヴォイドは脆い。玲奈ちゃんの持つメンバーへの思いやり、優しさを象徴したヴォイドが、時として重要な戦力になる…」

保健室は今、歓喜の声で包まれている。
その時、扉が小さく開き、メンバー達が顔を覗かせた。

前田亜「あの、あたし…」

倉持「ちょっといいかな?」

それから体育館にいたはずのメンバーのほとんどが、保健室になだれ込んできた。

小嶋「えー?どうしたのー?」

高橋「ちょちょちょ、みんな待って、保健室狭いんだから…」

高橋が目を丸くした。
するとメンバーの中から宮澤が一歩前に踏み出す。

宮澤「あたしも協力するよ。あっちゃんに、ヴォイドを提供する」

前田「佐江ちゃん…」

前田亜「あたしもお願いします!」

倉持「あたしも!」

それから次々と、メンバーは名乗りをあげた。
詳しいことをまだ説明されていない珠理奈は、不思議そうにその光景を眺めている。
玲奈は涙を引っ込め、そっと珠理奈に解説をはじめた。
その間、前田は呆然とメンバー達の顔を眺めている。

前田「みんな…協力してくれるの?あたしを、信じてくれるの…?ありがとう…」


135 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 17:34:29.02 ID:+Lzy0J9yO
数日後――。

前田「佐江ちゃん!」

前田が手を伸ばす。
次の瞬間、握られていたのは宮澤のヴォイド――バズーカ砲のようなものだ。

前田「これで最後…!」

ロボットに向けて構える。
撃った。
一瞬遅れて、爆発音が耳に届く。
ロボットは木っ端微塵に吹き飛んだ。

仲川「痛たた…」

飛んできた破片で、前田の周りをうろちょろしていた仲川の頬に切り傷が走る。

前田「ごんちゃん、大丈夫?」

前田が問いかけたと同時に、玲奈が駆け寄った。

前田「玲奈ちゃん、いい?」

松井玲「はい、もちろん」

玲奈はきゅっと口角を上げた。
すぐに仲川は玲奈のヴォイドによって傷を処置してもらい、元気に走り出す。
他のメンバーはすでに物陰から這い出してきており、壊れたロボットをしげしげと眺めたり、指でつついてみたりしていた。
遭遇した際には7体いたロボット達は、すべてヴォイドにより破壊され、原型を留めているのは2体だけである。

倉持「これすごいね。中に人が乗ってるわけでもないし、どうやって動いてるんだろう…」

倉持はロボットに興味津々だ。
襲われた際の恐怖は既に克服できたようである。

倉持「耳に該当する部分はないんだね、残念」

そんな倉持の横では、松原が優しげな笑顔を浮かべていた。

仲川「なっつみぃのヴォイドすごかったねー。遥香びっくりしたよー」

仲川は次々とメンバーに話しかけては、走り回っている。
すでにこの生活に順応しているのがすごいところだ。


136 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 17:36:29.66 ID:+Lzy0J9yO
高橋「あっちゃん大丈夫?疲れた?」

高橋が前田のもとへ駆け寄った。

前田「大丈夫だよー。でもなんか、日に日に遭遇するロボットの数が増えてる気がする」

高橋「うん、そうだね…」

前田達は日中、何人かのグループとなってロボットを捜索することにしていた。
レジスタンスの正体はわからぬまま、しかし戦力であるロボットを倒していけば、いつかはレジスタンスの力は弱まるはずだと信じている。
ヴォイド提供者が増えた今、ロボットを倒すことは簡単だ。
ただ、倒しても倒しても、次の日には少し歩いただけでまた新たなロボットと遭遇する。
先の見えない戦いだった。
そして、ロボット狩りと平行して、未だ行方のわからないメンバーの捜索にも当たっているのだが、消息はつかめないまま。
今やロボットの攻撃よりも、心配なのは行方不明者達の安否である。

高橋「じゃあもう暗くなってきたし、そろそろ中学校へ戻ろうか」

高橋が声をかけると、メンバーをぞろぞろと歩き出した。
戦闘を終え、緊張の糸が切れたのか、歩きながら徐々におしゃべりの声が増えていく。

倉持「あれ?しーちゃんは?」

倉持が気がついて、きょろきょろと視線を動かした。

仁藤「しーちゃんは昨日ロボット狩り参加したから、今日は休みだよ」

仁藤がのんびりと答える。
ヴォイドを提供するメンバーは増えたが、前田は同時に複数のヴォイドを取り出すことはできない。
そこで、日替わりでロボット狩りに出ることにしていた。
今日の当番は仁藤と倉持、宮澤、高橋、仲川、松原、山内、川栄の8人だ。
それに加え、戦闘の際に負傷したメンバーを治療するためのヴォイドとして玲奈が常に加わるという体制を取っていた。


137 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 17:38:05.91 ID:+Lzy0J9yO
山内「疲れた?大丈夫?」

先程から山内が心配そうに声をかけているのは川栄である。
川栄は笑顔で頷くが、少し気を抜くと暗い表情になってしまう。
そんな川栄を気遣い、山内はそっと距離を置いた。
何か考え事でもしたいのだろう。

川栄「……」

確かに川栄は考えている。
このままでいいのだろうかと自答していた。

――みんなはヴォイドを提供してるのに…。

川栄が今日ロボット狩りに参加しているのは、ヴォイドを取り出され意識を失っているメンバーを安全な場所へと移動させるためだった。
他のメンバーは前田にいつ呼ばれてもいいように待機している。
メンバーを移動させる余裕はない。
するとどうしても、移動要員が必要になってくるのだ。
そしてその役目は、非ヴォイド提供者が行うことになっていた。
もちろん川栄も、まだヴォイドを取り出された経験はない。
なんとなく怖くて、拒否しているのだ。

仁藤「佐江ちゃんのヴォイドすごいよねー」

宮澤「え?萌乃だってすごいじゃん。刀だっけ?」

仁藤「うん、そうみたい。どんなのなんだろう。自分で見られないのが残念」

いつしか集団から外れた川栄の耳に、楽しげに話すメンバーの声が届いた。
同じ戦いをくぐり抜けたからこその仲間意識。
互いを労う会話。

――あたしはあの輪の中に参加出来ないんだ…。だってヴォイドを提供してないんだもん。

川栄は疎外感を味わった。
ヴォイドを提供していない川栄を責める者はいない。
むしろ川栄の活躍にみんな感謝している。
しかし川栄自身は、納得がいかなかった。
もちろん自分に向けられる感謝の言葉を、嘘だとは思っていない。
みんな本心から礼を言っているのはわかる。
だからこそ、辛いのだった。

――だってあたしはみんなのように戦ってないのに…。

そうして自身を責め、自ら孤独の殻の中に閉じこもってしまうのだった。
川栄は今、自分の弱さと対峙しようとしている…。


138 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 17:40:53.70 ID:+Lzy0J9yO
一方その頃、中学校では――。

阿部「みおりん、ヴォイドが水鉄砲だったってほんと?」

留守番を任せられたメンバーは、それぞれの時を過ごしている。
ゆっくりと休養する者。
食事の支度をする者。
屋上に出て見張りをする者。
おしゃべりに興じる者。
阿部はふらふらと中学校内を探索していたが、やがてそれにも飽きて体育館に戻ると、適当な集まりに加わったのだった。

阿部「わたしのヴォイドと似てるね」

隣に座っている市川に話しかける。
市川はそれまで、にこにこと聞き役に徹していたが、阿部の言葉に反応して口を開いた。

市川「えー?わたすぃのは水鉄砲じゃないよー」

阿部「え?違うの?」

阿部は心底驚いたが、いまいちそれが表情に出ない。
手をぱたぱたと動かしながら言った。

阿部「えー…あー、すみません。勘違いですね。あーどうして勘違いしちゃったんだろう?なんで?」

市川「え?知らないよ」

市川は困ったように笑うと、小さく首をかしげた。
それに合わせて長い髪がさらさらと頬にかかる。

大場「…ぷっ…」

2人のやりとりを聞いていた大場が、堪えきれずに吹き出した。

竹内「え?何…?」

竹内が不思議そうに大場を見る。


139 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 17:42:21.38 ID:+Lzy0J9yO
大場「みおりんのヴォイド、レモン汁なんだよ」

大場はそこまで言うと、ついに笑い声を上げた。

竹内「わぁすごい!キャラ通りなんだ!」

竹内は呑気に納得していたが、当の市川は慌ただしく視線を泳がせている。
大場は市川の反応が面白いのか、さらに続けた。

大場「見た目は水鉄砲みたいなんだけど、引き金を引くとレモン汁を発射するらしいよ」

阿部「あ、あれですね?唐揚げ食べる時に使える…」

大場「そうそう!ていうかそういう時にしか使えないヴォイド!」

市川は大場の言葉に顔を赤く染め、俯いた。
微かに肩を震わせている。
それからキッと視線を上げ、大場を睨んだ。
残念ながらそこに迫力は感じられなかったのだが、大場はひとまず口をつぐむ。

――言い過ぎたかな…冗談だったのに…。

こういう時だからこそ、お互い本音で接するべきだと大場は考えていた。
団結が必要だとして、気を遣うような間柄で出来るのは欠陥住宅のような物に過ぎない。
きちんとした骨組みがないから、何かのきっかけですぐに壊れてしまう。
お互い言いたいことを言い合ってこそ、強い関係が築けるのだ。

市川「そんなことみんなの前で言わなくてもいいじゃないですか!」

しかし市川は怒りを露にし、目に涙をためた。
その予想外の反応に、周りにいたメンバーは息を呑む。


140 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 17:45:29.36 ID:Gq9yVzS50
阿部「え?なんで怒ってるの?」

阿部だけは状況がわからず、きょとんとしていた。

市川「確かにわたすぃは役に立たないヴォイドかもすぃれないけど、他にもたくさん戦闘に向かないヴォイドの人がいるんです!そういう人達の気持ちが、みなるんさんにわかりますか?」

市川「みんな歯痒くて、でもどうすぃようもなくて、悩んでるんです!そんな…傷口を抉るようなことすぃなくたっていいじゃないですか…ひどい…ひどいよ…」

市川はそう言うと、子供のように泣きじゃくった。

中村「みおりん…」

中村が市川を宥めながら、座らせようとする。
竹内はうまい言葉が出ず、おろおろと市川と大場とを見比べていた。
そんな中、加藤は不安そうに阿部の体へ腕を巻きつける。

阿部「あれ?どうしたの?」

加藤「うん…あたしもみおりんさんの気持ちわかるなって…だってあたし…」

加藤はそう言って、声を詰まらせた。
先程の市川は、加藤の気持ちを代弁したようなものだったのだ。
加藤のヴォイドはカチューシャのような形状で、その見た目から戦闘向きではないと判断されていた。

市川「…ひ、ひっく…」

市川は泣き止む気配もなく、大場は気まずそうに俯いている。
ヴォイドによって対レジスタンスへの希望が見えてきた今、メンバーは新たな問題に直面していた。
ヴォイドによって力の差、役割の差が明らかとなったのだ。
役に立たないヴォイドを持つメンバーは、肩身の狭い思いを抱えることとなる。


141 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 17:46:18.00 ID:Gq9yVzS50
1時間後、調理室――。

北原「缶詰持って来たよー。何かに使えると思って」

備蓄倉庫から戻って来た北原は、抱えている缶詰をテーブルの上へと移しはじめた。
中学校には災害時用の備蓄倉庫があり、食料に困ることはない。
問題は電気とガスが止まっているので、満足な調理方法がないことだった。
使えるとすればカセット式コンロくらいだ。
それでも数台しかないため、極力使用しないようにしていた。
替えのガスボンベも数が限られている。
おかげでメンバーはもう何日も、温かい食事を口にしていなかった。

大家「あ、このタイプの缶詰は無理やけん、里英ちゃん」

温める前のレトルト食品を皿に移していた大家が、悲しげに指摘する。
今日の夕飯は冷たいカレーのようだ。
大家の手元を確認した北原は、げんなりとした表情を浮かべた。

北原「またカレーか…」

菊地「あ、乾パンもまだあるよー」

菊地が口を挟む。
北原は静かに首を振った。

北原「そうじゃなくて、あったかいごはんが食べたいなーっと思って」

おかずなんかいらない。
ただ炊きたての艶やかなごはんに塩を振ったものだけでいい。
いや、出来れば熱い味噌汁もあれば…。
北原は今、心底それを願っていた。


142 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 17:47:20.14 ID:Gq9yVzS50
北原「あ、そうだ!なんでこの缶詰駄目なの?」

しかしそんな夢、現在の避難生活では叶うはずもない。
気を取り直して、大家に尋ねた。

大家「家庭科の授業で缶詰を使った料理なんて普通作らんやろ?だからこの学校には缶切りがないけん。そのタイプの缶詰は缶切りがないと開けられんのよ」

北原「そんなぁ…」

北原は肩を落とした。
菊地は黙々とカレーを皿に移している。
夕日の差し込んだ調理室。
日が暮れるのは近い。
暗くなる前に食事の準備をしなければ、電気が通っていないので夜には何をするにも不便だ。

菊地「明日はあたしロボット狩りに出るから、今日は早くごはん食べて寝たいな…」

菊地が誰にともなく呟いた。

大家「あ、うちも明日はロボット狩り」

大家も思い出したように言う。
すると北原の顔色が変わった。
慌てて調理台に飛びつく。

北原「ごめんね、カレーの仕度手伝うよ」

北原のヴォイドはマグネットである。
戦闘には使えない。
それどころか使い道さえわからない代物。
それに対して大家と菊地のヴォイドはそれぞれ鎖型の鞭とブーメラン型の鎌だ。
ロボットに決定的な打撃は与えられないものの、大事な戦力となっていた。
無意識に北原は、戦力のあるメンバーに対してへりくだった態度になってしまう。


143 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 17:47:57.86 ID:Gq9yVzS50
大家「ありがとう。そっちの棚にまだレトルトのカレーが入ってるから」

北原「ここ?え、入ってないよ」

大家の指し示した棚を開く北原。
しかし中は空である。

大家「え、なんで…昨日倉庫からたくさん運んでおいたのに…」

大家も棚に駆け寄り、中をのぞきこむ。

大家「誰か夜中に盗み食いしたのかな?」

菊地「え?誰?」

北原「みゃおじゃない?」

大家「うん、みゃおだ」

3人はなんとなく宮崎を犯人扱いし、納得した。

菊地「あ!そういえばここに入れておいたレトルトのごはんもなんか減ってる気がする」

北原「まったくしょうがないなぁ、みゃおは。あたしもう一回倉庫行って、食料取って来るよ」

大家「うん、ありがと里英ちゃん」

しかし、宮崎は盗み食いなどしていないのだった――。


144 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 17:49:10.16 ID:Gq9yVzS50
翌日――。

高橋「じゃあ狩りに行って来るから、みんなお願いね」

高橋は留守を預かるメンバーに声をかけると、中学校を出発した。
前田を中心に、その周りをメンバーが囲むような体勢を取って歩く。
最後尾を歩くのは昨日に引き続き川栄だ。
本来は留守番の予定であったが、当番である加藤に無理を言って交代してもらっていた。
川栄はとぼとぼと歩きながら、前田の頭を見つめている。

――言うなら、今日しかない……。

川栄の目的は前田に話しかけることだった。
中学校にいる間、前田の周囲にはいつも先輩メンバーがいて、声をかける隙がない。
狩りの最中であれば、何かと話すチャンスが訪れるのではと期待していた。

――今日言わなかったら、きっと一生言えない気がする。この決意が揺るがないうちに、伝えなきゃ…。

川栄は密かに意気込んでいた。
そして川栄の期待はほどなくして現実のものとなる。

前田「なんか…気配が…」

前田は立ち止まり、辺りを見回した。

大家「ロボット?別に何も見えんけど」

前田「でもなんかいる気配がする。ともちんお願い」

前田が声をかけると、板野が一歩踏み出した。
互いに見合い、頷く。
板野が目を閉じたと同時に、ヴォイドが取り出された。
すぐに高橋が意識を失った板野の体を支える。

前田「やっぱりだ」

板野のヴォイドを使い、遠くを確認した前田は、小さく呟いた。


145 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 17:50:14.53 ID:Gq9yVzS50
篠田「何が見えるの?」

前田「まだかなり遠いけど、ロボット。4体いる」

前田は問いかけてきた篠田にそう答え、ひとまず板野のヴォイドを戻した。
メンバーを見渡す。

高橋「近づかれる前に1体でも戦闘不能にさせておこう。ただ、注意して。ロボットが自力で動ける程度には攻撃する。とどめは差さない。わかってるよね?」

高橋が忠告した。
前田が頷く。
昨晩相談して決めたことだった。
戦闘不能になったロボットは、おそらくレジスタンスの本拠地に戻ることになるだろう。
そこで修理、あるいは強化されるはずだ。
だとすれば、そのロボットの帰路を辿ることで、レジスタンスのアジトが判明する。
この状況で敵の本拠地を知っておくことはかなり有利になるだろう。

前田「わかってるよ。今日はあくまでロボットを傷つけるだけ」

篠田「じゃああたしの出番はなしか」

強力なヴォイドを持った篠田が、やや残念そうに肩をすくめた。

藤江「あたしも無理だ…」

藤江もまた、拍子抜けした表情を浮かべる。

大家「れいにゃんのヴォイドだとロボット一撃で停止しちゃうもんね」

藤江「うん、そうなの」

藤江のヴォイドは弓矢で、強靭なロボットの機体を射抜く力を持っていた。
篠田、藤江、そして高橋の3人はロボットに決定的な打撃を与えてしまうため、取り合えず様子を見ることにする。


146 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 17:51:10.42 ID:Gq9yVzS50
前田「でも危なくなったら助けてね。その時は悪いけど、ロボットを破壊するよ」

高橋「うん、お願いね。今日でなくても、チャンスはまたあるだろうし。くれぐれも無理はしないで」

残るヴォイドは大家と菊地、鈴木まりやと佐藤すみれの4人である。
まりやのヴォイドは巨大な泡立て機、すみれのヴォイドはハリセン。
一見すると戦闘には不向きなように思われるが、これで叩かれたロボットはひしゃげて歩行不能になる。
今回の作戦では使うわけにいかない。

前田「えっと…」

前田は困ったように大家と菊地を見つめた。
高橋が何かに気がつき、名案とばかりに声を高くした。

高橋「菊地だ!菊地のヴォイドなら遠距離戦に適してるし、ロボットをうまく傷つけることが出来るかも!」

菊地「え?あたしですか?」

菊地がおずおずと前田の前に歩み出る。
前田は真剣な眼差しで左手を伸ばすと、ヴォイドを取り出した。

前田「ともちんと玲奈ちゃんは遠くに避難してて。ロボットが近づいて来たらしーちゃんのヴォイドで行く!たかみな達は念のためあたしの傍に待機」

慌ただしく指示を出す。
メンバーは思い思いに返事をした。


147 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 17:52:01.05 ID:Gq9yVzS50
板野「玲奈ちゃん向こうに…」

松井玲「はい!」

板野と玲奈が離れたのを確認すると、前田は菊地のヴォイドを構えた。
投げる。
ヴォイドは凄まじい勢いで飛び、次の瞬間には前田の手の中に戻ってきた。

――やっぱりすごい…あやりんのヴォイド。

前田は手にしたヴォイドをまじまじと眺める。
すでに肉眼で確認できるところまで迫って来ていたロボット。
その中の1体はヴォイドに右腕を切り飛ばされ、バランスを失いふらついていた。
残るは3体。
前田は再びヴォイドを構える。
その時、高橋が何かに気がついた。

高橋「あいつら…銃を持ってない…。戦闘用じゃなくて捕獲用ロボットだ」

篠田「ラッキーじゃん。適当にダメージ与えておいたら、巣に戻るところを見られるかも」

いける。
勝てる。
誰もがそう思った。
しかし突然、すみれがガタガタと震え出す。

鈴木ま「すみれ…?」

まりやが駆け寄る。
すみれの目は見開き、恐怖の色を湛えていた。

佐藤す「おかしいよ…あのロボット達、止まってるよ?これ以上近づいて来ないよ?なんか…変だよ」


148 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 17:52:46.60 ID:Gq9yVzS50
鈴木ま「すみれ落ち着いて。あれは捕獲用。攻撃は仕掛けてこないって」

佐藤す「だったらなんですぐこっちに来ないの?捕獲用ならあたし達を捕まえに向かってくるはずなのに…」

高橋「まさか…」

前田「え?」

佐藤す「あのロボット達、こっちの様子を窺ってるみたい。まるで…」

すみれが言葉を切るのを待たずに、辺りを閃光が包んだ。
爆音。
爆風。
前田が目を開けた時には、周りにいたはずのメンバーの姿が消えていた。

――手榴弾…!油断してた…。

前田「たかみな?みんなー!無事なの?どこにいるの?」

地面から立ち上る煙で、視界は完全に覆われた。
メンバーを探すことが出来ない。
前田はおろおろと辺りを這いつくばり、メンバーの名前を繰り返した。
手探りで辺りを探るも、メンバーらしき人はいない。
そうこうしている間にも、ロボット達の気配が近づいて来る。
全身から汗が吹き出した。
焦りからか、菊地のヴォイドを戻してしまう。

――どうしよう…ヴォイドがなかったらあたし…。

無力だ。
戦えるわけない。
前田の心を絶望が襲った。
ロボットの足音。
近づいて来る恐怖。
耳を澄ます。

――聞こえる…!これは…麻里子の声!

篠田の呻き声が前田の耳に届く。


149 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 17:53:33.18 ID:Gq9yVzS50
前田「麻里子どこ?無事なの?」

前田が声を掛けると、篠田が今にも消え入りそうな声で返事をした。
それを頼りに、なんとか篠田の吹き飛ばされた方向を把握する。

――玲奈ちゃんを呼んで麻里子を治療してもらわないと…でもその前にロボットをなんとかして…あぁそれより玲奈ちゃんやともちんは無事なのかな…。

手榴弾の威力は板野達が隠れている場所まで及んだのだろうか。
前田の頭に不安がよぎる。
しかしすぐ近くまで迫って来たロボットの足音に、その思考は中断する。

――誰か…誰かのヴォイドを使って早く撃退しないと…。

いくらか視界は晴れてきたが、やはりメンバーの姿は確認出来ない。
と、煙の中から人影が飛び出して来た。

前田「嘘…平気なの?」

現れたのは――川栄だ。


151 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 18:16:03.78 ID:+Lzy0J9yO
川栄「平気です。わたしはちょっと離れたところで待機してたんで」

川栄は泥と埃に汚れた顔で、そう説明した。

前田「みんなは?」

川栄「わかりません。ロボットは?」

前田「向かって来る。早くたかみなかれいにゃん…誰かのヴォイドを準備しないと」

川栄「みなさん吹き飛ばされたみたいです…」

前田「どうしよう…」

前田は血の気の失せた顔で川栄を見た。
川栄は力をこめて言う。

川栄「前田さん、わたしを…わたしを使ってください!」

――言えた。ついに言えた。

その瞬間、川栄の心は完全に迷いを捨てた。
言ってしまえば後はもう、ヴォイドを取り出されることへの抵抗などなくなっていることに気付く。

川栄「お願いします!」

頭を下げる川栄。
一方前田にしても迷っている暇はない。
川栄の目を見つめて頷くと、即座にヴォイドを引き出した。

――これは…弾丸か何か…?それにしては妙に軽いけど…。

戸惑う前田。
迫るロボット。

前田「キャッ…!」


152 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 18:18:03.67 ID:+Lzy0J9yO
前田は咄嗟に、川栄のヴォイドを投げつけた。
弾丸は当たった。
しかしロボットはびくともしない。

――駄目だ、この子のヴォイドは戦闘タイプじゃないんだ…。

川栄のヴォイドが通用しないとなると、もはや残る手立てはない。
絶体絶命だった。
硬直する前田。
迫るロボット。

――やられる…!

前田は反射的に目を閉じた。

前田「……?」

しかしいつまで経ってもロボットが襲って来る様子はない。

――え…?

おそるおそる瞼を上げた。
途端に飛び込んでくるロボットの背中。

前田「嘘…やだ…やだよ…」

なぜか前田から離れていくロボット。
標的を変えたのだ。
ロボットが次に目をつけたのは――。

前田「麻里子逃げてぇぇぇ…!!」

前田が叫ぶ。


153 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 18:20:13.06 ID:+Lzy0J9yO
――麻里子を助けなきゃ…。

しかし誰のヴォイドも所持していない前田は、ロボットを前にして圧倒的に無力だった。

――どうして…どうして麻里子なの?あたしじゃなくて…。もしも麻里子がいなくなったら…そんなの…そんな世界なんて…。

前田「嫌だ!!」

前田の怒りが極限に達した。
自分は何に対して怒っているのだろう。
篠田を狙うロボット?
世界をこんなにしたレジスタンス?
違う――。
仲間の危機に何も出来ない無力な自分。
弱くて情けない自分。
前田は自分自身が許せなかった。

――このままでいいの…?

自分に問いかける。
既に答えは出ていた。

前田「……」

走る。
目指す場所はわからない。
背後で篠田の悲鳴が聞こえた。
一瞬、足がすくむ。
しかし前田はそれを振り切るようにして足を速めた。
まだ地面に残る煙の先、見えてきたのは――。

前田「やっぱり…」


154 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 18:22:11.92 ID:+Lzy0J9yO
煙を抜けたところでは、板野と玲奈が負傷したメンバーを避難させているところだった。

藤江「あっちゃん…」

藤江が気がついて、片足を引きずりながら歩み寄って来る。

前田「れいにゃんその足…」

藤江「あ、ううん大丈夫」

前田「他の子達は?」

藤江「みんな気を失ってる。それより今の悲鳴…」

前田「麻里子が大変なの!れいにゃん、怪我してるとこ悪いけど、ヴォイド…借りるね…」

前田は藤江の返事を聞かずに左手を伸ばした。
すぐさま駆け出す。

――急がなきゃ急がなきゃ…。

気持ちばかりが焦る。
足がもつれて、何度も転びそうになる。
篠田のいる場所が、遥か遠くに感じた。

板野「あっちゃん…」

板野は去っていく前田の背中を見つめながら、小さく呟いた。
その傍らでは、玲奈が必死に負傷者へ声を掛けている。

松井玲「板野さんこっち、傷口押さえてあげててください!」

板野「あ、ごめんね」

玲奈に言われ、板野は慌ててすみれの右腕を止血しにかかった。

藤江「わたしも手伝います」

藤江も負傷者の救護に加わる。

板野「え?」

松井玲「なんで…」

板野と玲奈は、信じられないものを見る目付きで、藤江を見た。

藤江「え?どうかしたんですか?」

藤江が尋ねる。

板野「なんで…なんでれいにゃん、ヴォイド取り出されてるのに意識があるの?」


155 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 18:24:03.95 ID:+Lzy0J9yO
一方前田は篠田の元へたどり着き、藤江のヴォイドを構えたところだった。
篠田は今、ロボットに捕まりぐったりとしている。

前田「麻里子…ごめんね」

弓を引く。
狙いを定める。
放つ。

篠田「……うっ…」

矢に射抜かれたロボットはその場に崩れ落ち、篠田は地面に投げ出された。

前田「麻里子!」

篠田に駆け寄る。
が、その瞬間、何かが上から覆い被さって来た。

前田「何これ…網?」

前田は蜘蛛の巣にかかったように、滅茶苦茶にもがいた。
後悔が襲う。

――油断した、ロボットはまだ2体残ってたんだった…。

どこに潜んでいたのか、突如前田の前に姿を現したロボットは、腕から網を発射し、前田を捕獲した。

前田「くっ…」

前田は網にかかったままなんとか体勢を整え、ヴォイドを構える。
しかし網が邪魔をしてうまく狙いを定めることが出来ない。

――やだやだやだやだ…ここで…こんなところで終わるわけにいかないのに…。

必死に抵抗する。
動けば動くたび、網は体にまとわりついてきた。
そのまま網ごと引きずられる前田。

――みんな…ごめんね…。

静かにヴォイドを下ろす。
悔し涙が頬をつたった。

――最後に玲奈ちゃんのヴォイドで、みんなの体を治してあげたかったな…。

もっとこうすれば良かった、ああすれば助かったかもしれない。
頭に浮かぶのは後悔ばかり。

――最後にもう一度、たかみなと話したかったよ…。

前田がそう考えた時だった。


156 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 18:25:52.36 ID:+Lzy0J9yO
高橋「あっちゃーん!!」

前田「嘘!たかみな?」

最初は幻聴かと思った。
高橋は今、板野と玲奈に救出され、気を失っているはずだ。
しかし目を見開いた前田の前に現れたのは、確かに高橋だった。
額から血を流し、長い髪は熱で焼かれてチリチリになっている。

前田「たかみなこっち来ちゃ駄目だよ!たかみなまで捕まっちゃう!」

前田は声を張り上げた。
高橋はどんどん近づいてくる。
ロボットが高橋に対し、臨戦体制を取る気配がした。

前田「あたしはいいから、たかみな逃げて!」

高橋「駄目だよあっちゃん。あっちゃんは、奇跡を起こしたんだ。自分を信じて…あたしの…あたしのヴォイドを取り出して!」

高橋は叫びながら、前田の捕まる網に飛び付いた。
前田は咄嗟に網目から左手を伸ばす。
高橋に触れた。

高橋「……」

出現したヴォイドをキャッチすると、高橋は不適な笑みを浮かべてそれをロボットに向けた。

高橋「よくもあっちゃんや麻里子…みんなを…」

殺気立った空気が高橋を包む。

高橋「うわぁぁぁぁ…!!」

高橋は飛び上がり、槍型のヴォイドをロボットに突き刺した。
前田はそれを網の中から目撃した。
高橋は日頃のレッスンで鍛えた俊敏な動作で、2体のロボットを痛めつけていく。

高橋「新しい戦力を備えて来ても、あっちゃんの起こした奇跡には及ばなかったみたいだね」

やがて動かなくなったロボットを前に、高橋は肩で息をしながら言い捨てた。

前田「たかみなこれ…どういうこと?何が起きてるの…?」

前田が呆然とした表情で問いかける。


157 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 18:27:08.38 ID:+Lzy0J9yO
高橋「あぁごめんあっちゃん、今出してあげるね」

高橋が駆け寄ってくる。

前田「うん…」

高橋の手を借りて網から抜け出た前田は、訝しげにヴォイドを見つめた。

高橋「あ、これ?」

前田の視線に気付き、高橋が自分のヴォイドを軽く上げてみせる。

前田「どうしてヴォイドが取り出されているのにたかみなは気を失ってないの?それに、自分のヴォイドを自分で使えるなんて…なんで?今まではこんなことなかったのに」

高橋「わからないけど、なんとなく予想はつく。でも話は後でにしよう」

前田「え?」

高橋「早く玲奈ちゃんのヴォイドを取り出して。みんなを…手当てしなきゃ」


158 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 18:30:27.21 ID:+Lzy0J9yO
数時間後、体育館――。

峯岸「それってじゃあ…ヴォイドが進化したってこと?」

高橋の話を聞き終えた峯岸は、首をひねりながら尋ねた。
メンバーは全員体育館に集合しており、先ほどのロボット戦について説明を受けた直後である。

高橋「うん、正確にはヴォイドを取り出すあっちゃんの力が進化したってことだけど」

高橋はそう言って、ちらりと前田を見た。
前田は今、堂々とメンバーの前に立ち、高橋の言葉に頷いている。

高橋「以前のようにヴォイドを取り出されている人間が意識を失うことはない。それどころか、自分のヴォイドを持って戦うことができる」

峯岸「てことは…」

高橋「うん、そう」

仲川「わーい、じゃあこれからはあっちゃんがひとりで戦うことはないんだね。良かったね、あっちゃん」

前田「う、うん…」

高橋「そういうこと。これまではロボットに対してあっちゃんひとりの攻撃しかできなかった。でもこれからは同時に複数の攻撃を仕掛けることができる。それで、本題はここからなんだけど…みんな自分のヴォイドを持って、戦ってくれるよね…?」

高橋はメンバーを見渡すと、窺うようにそう切り出した。

高橋「みんなで力を合わせれば、今までより楽にロボットを倒せると思うんだよ」

北原「あのぉ…でもあたし、ロボットと戦えるようなヴォイドじゃないんですけど…。ていゆうかそもそもどんなことが出来るヴォイドなのかも不明のままだし…えっと、そういう場合はどうしたらいいんですか?」

北原がおずおずと挙手する。
その左隣では亜美が同意するように深く頷いていた。

河西「あたしも自分のヴォイドが何に使えるかわかんないし…、それにやっぱり取り出されるのはまだちょっと怖いな…」

河西が呟く。
しかし独特の声質は本人の思っている以上に体育館によく響き、メンバーの間に波紋を呼んだ。


159 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 18:32:36.72 ID:+Lzy0J9yO
佐藤す「あたしはロボットと戦うのが怖いな…今日の戦いで改めてそう思った」

玲奈に傷を治してもらったとはいえ、手榴弾への恐怖までは癒えない。
すれみは自身の肩を抱くようにして、小さく震えた。

峯岸「あたしのヴォイドも用途不明」

佐藤亜「亜美菜もだー」

小林「才加あのね、香菜のヴォイドは、」

秋元「気にしないで大丈夫。あたしのヴォイドだって用途がわかったところで戦闘には使えない」

島崎「あたしのヴォイド…鋏…」

島田「鋏?つ、使えるよ」

島崎「何に?」

島田「えーっと…紙切ったりとか?」

島崎「……」

市川「鋏ならまだいいですよ。わたすぃなんて…レモン汁…」

メンバーの動揺は際限なく広がっていく。

役に立たないヴォイドを持った者は肩身の狭い思いをし、未だ用途不明のヴォイドを持った者は不安とプレッシャーに挟まれ…。
役に立たないと判明してしまえば、戦闘に駆り出される可能性はなくなるので一先ずの安全を得る。
しかしその代償として役立たずの烙印を押され、隅に追いやられるのだった。
どちらに転んでも、結果は最悪だ。
そして既に戦闘向きのヴォイドと判断されている者は、今後の戦いに恐怖と迷いを感じていた。


160 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 18:34:29.28 ID:+Lzy0J9yO
高橋「みんな聞いて!」

高橋が声を張り上げる。

高橋「もちろんさっき言ったことは強制じゃないよ。戦えるヴォイドを持ってる子でも、嫌なら無理に戦わせることはない。だけどもう一度、考えてみてくれないかな?あっちゃんはこれまでひとりで戦ってきた。その負担を、少しでも軽くしてあげたいんだよ」

すると話を聞いていたのかいないのか、小嶋が突拍子もないことを言い出した。

小嶋「ねぇー?今誰がどんなヴォイドを持ってるかわかんないから、チーム分けしてくれない?」

高橋「は?にゃんにゃん何言ってんの?今はそんな話じゃなくて、みんなの意思を確認したいというか…」

高橋が慌てて小嶋に答える。
それを大島が遮った。

大島「にゃんにゃんの案、あたしはいいと思う。あたしも同じこと考えてた」

高橋「ちょっ、優子まで…」

チーム分け。
高橋も考えていなかったわけではない。
今後レジスタンスとの戦いはさらに激化することだろう。
現に今日、見たではないか。
手榴弾という新しい戦力。
相手もまた、進化してきている。
捕獲用ロボットまで武器を所持しはじめた今、被害者が出るのも時間の問題。
一刻も早く戦闘の体制を整えなければならない。
そのためにはまずメンバーそれぞれの役割を明確にさせておくべきだ。

――だけど…。

チーム分けとは呼び名の問題であって、ようはヴォイドによるランク付け。
戦闘向きのヴォイドを持つメンバーはいいが、そうでない者は暗に役立たずと言われているようなもの。
レジスタンスとの戦い。
不便な避難生活。
未だ行方のわからないメンバーもいる。
そんな状況下でみんなの心は疲労し、バラバラになりかけている。
そこでもしランク付けなどしたら…いさかいの種を撒くだけではないか。
メンバーを信じていないわけじゃない。
確かに性格の違いでぶつかることもあったにはあったが、1人1人を見ればみんないい子達だ。
だからこそ、ランク付けでメンバーの仲を壊したくない。

――それに、追い詰められた人間は、何をしでかすかわからない――。

高橋「そ、そんなわざわざチーム分けしなくたって大丈夫だよ。これまでどおり戦えば、」

大島「違うのたかみな!」

高橋「?」

大島はそこで思い詰めた表情になり、一度口を閉じた。
それから慎重に話しはじめる。


162 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 18:42:43.26 ID:Gq9yVzS50
大島「心配なの。あっちゃん達がロボット狩りに出ている間、この中学校は隙だらけになる。もしレジスタンスにここが見つかって攻めこまれたりしたら、残っているメンバーはどうやって戦うの?」

高橋「……」

大島「ロボットを倒すのも、レジスタンスの本拠地を突き止めるのも、すごく大事なことだと思うよ。でもね、あたし達はそれ以外にも、まずここで生活しなきゃいけない」

大島「この戦いが終わるまで全員無事にここで生活していかなきゃいけないんだよ。誰か1人でも欠けるのは嫌。たかみなも…みんなも同じ気持ちだよね?」

高橋「うん…」

前田「あと…まだ見つかっていないメンバーも探さないと」

大島「うん、そう。だからあたし達がやるべきことは戦うだけじゃない。まず戦闘に赴く者、生活を整える者、ここが攻めこまれた時に備えて対策を練る者、そして、行方のわからないメンバーを探す者。仕事はたくさんあるんだよ」

大島「その割り振りをするためには、現時点でのみんなのヴォイドの状態を確認しておく必要がある。もちろん急ぎはしないよ。みんな色々と思うところがあるだろうし」

大島「でも、こういう考え方もあるってことを、知っておいてほしいんだ。そしてもう一度、考えてみてほしい。にゃんにゃんもきっとそう思ってチーム分けなんて言い出したんだよね?」

大島は小嶋に問いかけた。

小嶋「え?あ、そうそうー」

篠田「陽菜、今絶対優子の話聞いてなかったでしょ?」

小嶋「えー?聞いてたよー」

大島は2人のやりとりを聞いて、大げさに肩をすくめてみせた。

大島「ま、いいや。ごめんねたかみな、出しゃばって」

大島は今度、高橋を見た。


163 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 18:43:17.94 ID:Gq9yVzS50
高橋「え?あぁいいよいいよ。みんなも優子みたいに言いたいことがあったら溜めこまずにどんどんあたしに言ってね。遠慮しないで」

高橋はそう言って、とりあえず場をお開きにした。
その場で考え込む者。
近くのメンバーと意見を交換し合う者。
そっと体育館を出て行く者。
そして何人かのメンバーが高橋のもとへ寄ってきて、ぽつぽつと心情を吐露しはじめる。
高橋はそれを神妙な面持ちで受け止めていた。

――駄目だ、今日はたかみなと話せそうにないな…。

その様子を見て、前田は密かにため息を洩らした。
じゃれついてきた仲川とともに、体育館を後にする。
すると、出入り口のところで川栄と出くわした。

川栄「あ、あ、あのっ、お疲れ様でした」

がばりと頭を下げる川栄。

前田「あ、お疲れさまー」

前田も挨拶を返すと、仲川と並んで川栄の前を横切る。
前田は気付いていない。
川栄の頬に残る涙の痕に…。


164 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 18:44:00.37 ID:Gq9yVzS50
――あたしがあの時、あんなこと言い出さなければ…。

川栄は今、激しく後悔していた。
あの戦闘の場で、自分のヴォイドが役立たなかったばっかりに、篠田を怪我させてしまった。
篠田を救えなかった。

――わかってたことじゃない…。所詮あたしのヴォイドなんて、たいしたことないって…。

それでも、メンバーの一員として認めてもらいたかったのだ。
一緒に戦い、メンバーを助け、同じ気持ちを共有したかった。

――でも、それはあたしの自己満でしかないのかな。やっぱり、先輩達の絆には入り込めないんだ。だからあたしのヴォイドは…こんなに弱いんだ。きっと神様はあたしに、分不相応なことはするなって言ってるんだな。

あれから川栄は何度も篠田や前田に謝った。
玲奈により処置された篠田は、そんな川栄に辛く当たるどころか、優しく励ますような言葉をかけた。
それが一番辛かった。
逃げ出したかった。
優しくされるより、ののしられたほうがまだいい。
そんなに優しくされたら――涙が堪えられないではないか。
高橋や大島の話を聞き終え、トイレでこっそり泣いてきた川栄は、あることを心に決めた。

――もう上を目指すのはやめよう。あたしみたいな人間は、下でくすぶっているのがお似合いなんだ…。


165 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 18:44:54.12 ID:Gq9yVzS50
数日後、職員室――。

秋元「本当に動くの?」

秋元は訝しげに小林を見た。

小林「うん、見てて」

小林は自分のヴォイドを手に、一度大きく深呼吸した。

秋元「聴診器?」

小林「うん、香菜のヴォイドだよ」

小林は聴診器を装着すると、それをパソコンに向けた。
静かに目を閉じる。
それから数分間、小林はそのままの姿勢でパソコンと向き合った。

秋元「ちょっと香菜、何してんの?」

さすがに心配になった秋元が、小林の肩をつつく。
すると小林はすっと聴診器を外し、秋元に顔を向ける。
大きな目を輝かせ、にっと笑ってみせた。

小林「これで話はついたよ」

秋元「はぁ?何言ってんの…」

小林「見て、ほら起動した」

小林がモニターを指差す。
秋元はそれを見て、息を呑んだ。

秋元「どうして…」

電気は通っていないはずである。
それなのに今モニターは秋元の前で光を放ち、薄暗い職員室を静かに照らしている。

秋元「どうやったの?これ」


166 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 18:45:49.22 ID:Gq9yVzS50
小林「ヴォイドを使って直接パソコンと話したんだよ」

秋元「そんなことできるの?電気通ってないのに」

小林「うん、香菜そういうのよくわかんないんだけど、きちんと話してお願いすれば動いてくれるよ?」

秋元「すごい…すごいよ香菜」

秋元が目を丸くする。
しかし小林は至って冷静である。
まだ自分のヴォイドの凄さに気づいていないのか。

秋元「香菜のヴォイドを使えば学校中の電化製品が使えるようになる。これで少しは生活がましになるよ」

小林「うん、そうだね。これから学校中回って電化製品にお願いしてみるよ」

秋元「あ、このことみんなには言ったの?」

小林「あっちゃん達は知ってるけど…なんで?」

秋元「え?」

小林「先に調理室のほう行ったからまだ全員には話してないや」

秋元はまじまじと小林の顔を見つめた。
小林に自身のヴォイドを誇示しようとする気はない。
本当であればみんなを集めて今の力を披露したっていいくらいだ。
そうすれば小林はメンバーから賞賛されるだろう。
しかしそうしなかった。
まるでちょっとした手品を披露するような感覚で秋元だけを職員室に呼び出して――。

秋元「香菜…」


167 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 18:46:36.06 ID:Gq9yVzS50
こんな状況でも、小林は自分を見失わない。
変わらず真面目で純粋で…。
秋元は小林の態度に感動を覚えた。
未だ自身のヴォイドの持つ能力を理解出来ていないメンバーも多い。
そういうメンバーの中には、諦めて投げ出してしまっている者もいる。
その中で小林は、きっと人知れず努力していたのだろう。
根気よく何度もヴォイドを試し、さっきの力を発見した。

――香菜の純粋な心は、人間以外の物をも動かしてしまう力を秘めていたんだ…。

秋元は小林に対して、尊敬の眼差しを向けた。
小林は無邪気に笑いながら、ヴォイドを首にかける。

小林「見て見て―。こうすると香菜、病院の先生みたいじゃない?」

秋元「うん、そうだね…」

小林「じゃあ香菜はこれから電化製品と話しに行ってくる。才加、付き合ってくれてありがとね」

秋元「うん、いってらっしゃい」

小林はデスクの間を通り、職員室の出口へ向かった。
しかし途中で思い出したように立ち止まり、秋元を振り返る。

秋元「?」

小林「さっき調理室のレンジ使えるようにしたんだ。だから今日は久しぶりにあったかいごはんが食べられるよ!楽しみにしてて」

秋元「ほんと?うれしい!」

小林は秋元の喜ぶ様を満足気に見ると、軽い足取りで職員室を出ていった。


168 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 18:47:13.26 ID:Gq9yVzS50
秋元「……」

小林の姿がなくなると、秋元はポケットを探り、グローブを取り出した。
右手に嵌めてみる。
それが秋元のヴォイドだった。

秋元「レンジ…使えるようになったんだ…」

秋元はグローブを嵌めると、その手をじっと見下ろした。

秋元「あたしのヴォイド…料理の時に使えるかと思ったんだけど、駄目だったな…」

握った手をそっと開く。
そこに現れたのは小さな火。

秋元「こんなんじゃ全然みんなの役に立たないよね…」

薄暗い職員室に、秋元の呟きだけが響く。
彼女はその後長いこと、ひとり佇んでいた。


169 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 18:47:53.24 ID:Gq9yVzS50
その夜――。

高城「うわっ、玲奈ちゃん何してるの?」

なかなか寝付けずにいた高城は、気晴らしに散歩をしていた。
昼間は飛んでばかりいたので、自分の足で大地を歩くのが気持ちいい。
高城のヴォイドは羽根のため、上空からの偵察係としてロボット狩りのグループに加わっていたのである。
日頃から夜更かしは好きなほうだ。
ついつい調子にのって、校舎の裏手まで来てしまった。
いざとなれば飛んで逃げればいいとしても、さすがに一人歩きは危ない。
そろそろ戻ろうかと踵を返した時、視界の端に玲奈の姿が映った。

高城「玲奈ちゃんもお散歩?」

高城は尋ねながら、秋元が寝る前に点けておいたローソクの火を、玲奈に向けた。
仄かな明かりに照らされ、玲奈はバツの悪い表情を浮かべている。

高城「?」

松井玲「あ、あのね、散歩じゃなくて、わたし…ヴォイドを試していたの」

高城「え?でも玲奈ちゃんのヴォイドって傷を治す力でしょ?何を試してるの?」

高城はおっとりとした口調でそう言うと、これまたおっとりと首をかしげてみせた。
一方玲奈は何やら気まずそうに口ごもると、緊張したように何度もまばたきを繰り返す。
しかし高城はそんな玲奈の様子を見ても、気を利かせて立ち去るようなことはしない。
にこにこと笑いながら、玲奈を見つめていた。
ついに玲奈のほうが観念して、口を開く。
玲奈は自分のヴォイドの可能性について実験していたことを、高城に説明した。


170 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 18:49:13.00 ID:Gq9yVzS50
高城「玲奈ちゃんえらいねー。亜樹は飛ぶだけしか出来ないけど、玲奈ちゃんはきっとまだまだいろんなことが出来るようになるんだね!すごいね!」

高城は玲奈の説明を半分も理解していなかったが、素直な感想を述べると、持っていたローソクを玲奈に差し出した。

松井玲「え…?」

高城「あげる。暗いと大変でしょ?」

松井玲「う、うん…でもいいの?あきちゃさんは…」

高城「亜樹は飛んで帰るから大丈夫だよ」

松井玲「あ、じゃあ…ありがとう」

玲奈がローソクを受け取ると、高城は満足気に頷き、ふわりと宙に浮いた。
ヴォイドを羽ばたかせ、玲奈におやすみを言うと、颯爽と飛び去っていく。
その姿は雲の切れ間から射しこんだ月明かりに照らされ、輝いて見えた。
玲奈はしばらくの間、高城の飛んでいった方向をぼんやり眺めていたが、月が雲に隠れると、改めて気合いを入れ直した。

――わたしも頑張らないと…。

ヴォイドについての実験を再開した。
結果は玲奈の考えた通りであっているようだ。
そうして長いこと、玲奈は実験に集中していた。
それは時間の経過など気にならないほどの集中力であった。

――よし、出来た!

すべての作業が終わった時、まるで謀ったようにローソクの火が消えた。


171 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 18:49:51.23 ID:Gq9yVzS50
松井玲「あ…」

辺りを暗闇が包む。
高城と別れてからどのくらいの時間が経ったのか、玲奈にはまったく見当がつかなかった。
しかし空気の感じから、今が人間の活動時間をとうに超えていることだけはわかる。
実験の興奮がまだ収まらなかった――睡魔の気配すら忘れていた――が、ふと気づいてみると、真夜中にひとりで外にいるというこの状況が、とてつもなく危険で恐ろしいことを思い出した。
スッと血の気が引く。

――やだやだ、早く校舎に戻ろう。

玲奈は真っ暗な中を歩みはじめた。
そしてそのまま消息を絶つ。
メンバーがそのことに気づいたのは翌朝であった。


180 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 19:49:10.06 ID:+Lzy0J9yO
翌朝――。

河西「たかみな、玲奈ちゃんがいないって…」

河西が目を覚ました時、すでに校舎内は半狂乱の状態であった。
自分では早起きをしたつもりだったが、実際はメンバー全員とうに起床していて、玲奈がいないことに気づき、捜索にあたっていたのである。
河西は自分がみんなより出遅れていたことに、目覚めて早々気づかされたのだった。

高橋「そうなんだよ。あきちゃが昨日の夜に学校裏で会ったのが最後」

河西「ひっ…!もしかして玲奈ちゃん…」

河西は口元に手で覆い、目を見開いた。
それから悪い想像を頭から追い出すように、激しく頭を振った。

高橋「だ、大丈夫だよ。みんなで探してるんだし、きっとそのうち見つかるよ」

高橋はそう言って河西を宥めたが、実際のところ心の中では河西と同じことを考えていた。

――玲奈ちゃんは、レジスタンスに連れ去られた…?

あの玲奈が勝手にどこかへ行くとは考えにくい。
考えられる可能性はレジスタンスに連れ去られたということ。

高橋「もう少し探して見つからなかったら、一度メンバーを体育館に集める。ともーみも早く捜索に合流して」

河西「うん、わかったよ。あたし行ってくる」

河西はすっかり眠気が覚めたようで、血の気の失せた顔のままふらふらと走り出した。


181 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 19:51:02.66 ID:+Lzy0J9yO
ひとりになった高橋は、宙を睨み、襲い来る恐怖と絶望をやり込めることに集中する。

――あたしが弱気になっちゃ駄目なんだ…。

高橋の責任感が、涙の気配を遮断する。
本当は誰よりも涙もろいはずなのに、高橋は戦いがはじまってからずっと、泣いてはいけないと自分に言い聞かせてきた。

――泣いていいのは、レジスタンスを制圧して、もとの生活が戻ってきた時だ。

高橋は怖かった。
しかしそれを誰かに打ち明けることは出来なかった。
自分が崩れれば、メンバーに動揺が走る。
余計な不安を与えてしまう。
そうなった場合、一番影響を受けるのは前田だろう。
今は申し訳ないけれど、前田の持つ力だけが頼りだ。
それは恐らく、前田にとってかなりのプレッシャーだろう。
本当に玲奈が連れ去られたのだとしたら、前田はきっと自分のせいだと思いこむはずだ。
そうなった場合高橋に出来ることといったら、前田を精神的にサポートして、これからもヴォイドを使いやすいように配慮してやることだけ。
前田がもしヴォイドを使うことに不安や矛盾を感じたのなら、その負の感情はすべて自分が受け止めよう。
高橋はそう決心していた。

――すべてはみんなのため。あっちゃんを利用するようで悪いけど、もとの平和な生活を取り戻すためには、レジスタンスを倒すしかないんだ…。

高橋は気づいていない。
ひとり涙をこらえ、不安に耐える彼女の姿を、前田がこっそり盗み見ていたことに――。


182 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 19:52:58.73 ID:Gq9yVzS50
数時間後――。

大島「えいっ…!」

大島の放った一撃が、最後のロボットを破壊する。

前田「優子…」

大島「ごめんあっちゃん、とどめは差さないって決めてたのに」

前田「ううん、いいよ。でも…ロボットからレジスタンスについての手掛かりが掴めれば、玲奈ちゃんを助けに行くことができるのに…」

大島「そうだね…」

大島は肩を落とした。
メンバーの必死の捜索にも玲奈の行方はわからず、そして横山、中塚、永尾の3名も爆発以来消息不明である。
おそらく全員レジスタンスに捕まったのだろう。
無事でいれば…何かひどいことをされていなければと祈るばかりだ。

前田「早くみんなを助けに行きたいのに…」

何か手掛かりが掴めればとロボット狩りに出てみたが、遭遇したのは戦闘用ロボットでかなり手強く、やむを得ず全滅させてしまった。
今は高橋達がロボットの機体を探っている。

高城「もう近くにはいないみたいですー」

と、上空から偵察していた高城が舞い戻って来た。


183 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 19:54:01.71 ID:Gq9yVzS50
前田「今日のところは引き上げるしかないのかな…」

前田が渋い顔で決断する。
すでに辺りは薄暗い。

板野「うん、あたしもちょっと見えずらくなってきた」

板野は自身のヴォイド――望遠鏡――を握り直すと、悔しげに唇を噛みしめた。

仁藤「駄目。手掛かりになりそうなものは見つからなかったよ」

高橋らと一緒になって機体を調べていた仁藤が、浮かない顔つきで戻ってきた。

高城「そっかー、駄目だったんだ」

仁藤「うん、やっぱり明日、あきちゃが行くしか…」

高城「え?」

仁藤の言葉に、高城は目を見開いた。

高城「そんな…亜樹にできるかな…」

仁藤「ううん、これが出来るのはあきちゃだけだもん」

仁藤は何かを強制するというより、信頼のこもった眼差しで高城を見つめた。
しかし大島は、そんな仁藤を物凄い剣幕で叱り飛ばす。

大島「駄目だよ!萌乃何言ってんの?それは危険すぎるってさっきたかみなも言ってたじゃん!」

仁藤「え…でも」

仁藤は思わず縮み上がった。

大島「あきちゃをひとりで行かせて、何かあってからじゃ遅いんだよ?」

仁藤「ごめんなさい…でもみんなが心配で…」

仁藤は素直に謝った。
すると大島は自分も言いすぎたと頭を下げる。
今は仲間割れしている時ではないと思い出したのだ。


184 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 19:54:43.34 ID:Gq9yVzS50
前田「何か、別の方法を考えなきゃね…」

玲奈が行方不明となり、レジスタンスの本拠地を突き止めることは最優先事項となった。
メンバーは話し合い、そこで出されたのは高城にロボットを尾行させてはどうかという案だった。
高城ならヴォイドを使って飛ぶことが出来る。
上空からロボットを見張り、アジトに戻るところを掴めれば、自ずとレジスタンスの居場所が判明する。
しかしこの案は、高橋らの反対により却下された。
高城がもし見つかり、攻撃されてしまったらと考えると、認めるわけにはいかなかったのだ。
捕まったメンバーを救出することも大事だが、高橋にはこれ以上中学校にいるメンバーを欠けさせたくない、守らなければならないという思いがあった。
とりあえず今は地道に戦い、手掛かりを掴んでいくしかない。

大島「それにしても…人数減ったね…」

大島は悲しげに眉をひそめると、辺りを見渡した。
今回ロボット狩りに参加しているメンバーは、前田や大島の他に高橋、板野、篠田、小嶋、柏木、渡辺、仁藤、高城、宮澤、仲川、梅田、増田、藤江、倉持、珠理奈の17人である。
他にも戦闘タイプのヴォイドを持つメンバーはいるのだが、玲奈が連れ去られたことが影響してか狩りにはついてこなかった。
仲間も大事だが、やはり自分の命が一番大事――。
その考えを責めることなど、誰にも出来ないのだった。


185 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 19:55:20.07 ID:Gq9yVzS50
高橋「よし、今日は戻るよー」

高橋が声をかけ、メンバーはぞろぞろと歩き出した。
しばらくすると板野が何かを見つけて足を止める。

前田「ともちん?」

板野「大変…」

板野の声が上擦る。

板野「これを見て」

板野が差し出したヴォイド。
受け取った前田は息を呑んだ。

前田「そんな…」

それからすぐにメンバーへ報告する。

前田「ロボットの大軍が中学校に向かってる。みんなが…みんなが危ない!」


186 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 19:56:09.19 ID:Gq9yVzS50
一方その頃、中学校では――。

田名部「お肉解凍できたよー。なかやんお願い」

仲谷「はーい」

仲谷がステッキ型のヴォイドをかざす。
田名部の持っている皿の上には解凍したばかりのかたまり肉がのっていた。
小林が片っ端から電化製品を使えるようにしたおかげで、今や缶詰やレトルトに頼らない食事作りが可能になっている。
調理室には玲奈連れ去りの不安から逃避するかのように、料理に熱中するメンバーが溢れていた。
みんな考えは同じだ。
何かをしていれば、気が紛れる。
食事作りは格好の逃避手段だった。

仲谷「うーん、たぶんこれでいいかな」

仲谷はヴォイドを下ろした。
田名部が確認する。

田名部「すごい…ほんとにお肉が軟らかくなってるよ」

仲谷「うん…」

仲谷のヴォイドは物を軟化させるという力を持っていた。
田名部は嬉しそうにかたまり肉をまな板へ運んでいく。
しかし仲谷は浮かない顔だ。
今のところ、彼女のヴォイドは安くて硬い肉を軟らかくしたり、硬いマットを寝心地よく整えるくらいにしか使い道がないのだった。
仲谷はそのことで自分を不甲斐なく感じている。


187 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 19:56:56.57 ID:Gq9yVzS50
――ヴォイドでも、あたしは非選抜か…。

落ち込む仲谷の傍では、河西が似たようなヴォイドを使ってコロッケを丸めていた。
河西のヴォイドは物を球体にする。
これもまた料理以外には使えないヴォイドだったが、本人は丸いおにぎりやドーナツを作るなどして楽しそうだ。
戦闘用のヴォイドを持ってしまったために狩りに同行させられるより、メンバーのために料理をしているほうがよほどいいと河西は割りきっていた。

――役立ずみたいに思われたって、ロボットと戦うよりはいいもん…。

河西は次々ときれいな球体のコロッケを作っていく。
この生活がはじまってからだいぶ時間が経ち、メンバーはそれぞれ自分のヴォイドが持つ能力に気づきはじめていた。

北原「これをこうして…ほらっ」

秋元「ちょっ、何やっての?中身飛び散ってるよ?わかってる?」

北原「あ、ごめんなさい…」

北原も自分のヴォイドの力を見せようと、珍しく張り切って料理に取り組んでいた。
缶詰を開けようとしたものの、まだうまく使いこなせないヴォイド。
結果、缶詰の中身は辺りに飛び散り、散々なことになってしまった。

大家「あぁいいよ。しーちゃんが拭くけん」

北原「ごめんねー、ありがとう」

大家が後片付けをかって出ると、北原は申し訳なさそうに下唇を噛んだ。
その間、秋元はぷりぷりと腹を立て続けている。
秋元は、ロボット狩りに参加出来ないことが不本意で仕方ないのだ。
なぜ自分のヴォイドはこんなにも無力なのか。
メンバーのために何かしたいという気持ちが強いぶん、何も出来ない現状が秋元を苛立たせる。


188 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 19:57:58.35 ID:Gq9yVzS50
大家「里英ちゃんのヴォイドって、もしかして缶詰開けられるの?」

大家は床を拭きながら、何気なく訊いた。
そうだとすれば、今まで開けることが出来なかった缶詰を食べられるようになるのだ。
食料は豊富にあるといっても、メンバーは大勢いる。
食べ盛りの子も多い。
いつかは尽きる食料に、大家は不安を感じていたのだ。

――もしそうなったら、レジスタンスと戦うどころかみんなここで飢え死に…。

それだけはどうしても避けたかった。
惨めに死んでいくのは御免だ。

北原「うーん、どうやらそうっぽいんだけど、なかなかうまく使いこなせなくて、今みたいに中身が飛び散っちゃうんだよね…」

大家「そうか…何でだろうね」

北原「缶詰を開けるっていうか…あたしのヴォイドは圧力を高めて無理やり缶を破裂させてるってぽくて…あー、難しい」

大家「焦らなんとゆっくり練習したらいいけん」

北原「うん。しーちゃんのヴォイドはいいな。ロボットと戦えるもんね」

大家「うちのは戦えるといっても、たかみなさんや優子ちゃんみたいにとどめを差せるほどの威力はないんよ。なんていうか…中途半端…うちはいっつもそうやけん」

大家はそう言って、自虐的に笑った。

北原「しーちゃん…」

北原が眉を下げる。
どんなヴォイドを持ったとしても、それぞれ悩みはあるようだ。


189 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 19:58:33.09 ID:Gq9yVzS50
佐藤亜「ねぇねぇやっぱりおかしいよー。食材の減りが早い」

互いに肩を落とした大家と北原の間に、亜美菜が割って入った。
唇を尖らせ、その瞳は不信感に満ちている。

北原「どうしてだろう?昨日食料庫から持ってきて補充したのに。レトルトのリゾットとかパスタソースとか」

佐藤亜「でもないよー」

大家「?何それ?おかしくない?」

佐藤亜「ちょっとみゃおー?」

亜美菜は即座に犯人の目星をつけ、宮崎を呼んだ。
奥でじゃがいもの皮を剥くのに悪戦苦闘していた宮崎が顔を上げる。
亜美菜に手招きされ、こちらにやって来た。

宮崎「え?何ー?どうしたの?」

佐藤亜「みゃお昨日盗み食いした?」

宮崎「え?してないよー。あたしダイエット中だもん」

北原「あ、そうだったね。じゃあ…誰…?」

佐藤亜「えー?もう誰なんだろう。貴重な食料なのにぃ…」

だが結局盗み食いをした犯人は名乗り出ることはなく、うやむやのまま話を終わった。

秋元「今度同じことがあったら徹底的に調べよう」

秋元が言う。
その時、凄まじい爆風が窓を叩いた。
メンバーは一斉に外を見る。


190 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 19:59:19.56 ID:Gq9yVzS50
秋元「嘘…」

校舎のすぐそこまで、ロボットの大軍が迫ってきていた。

河西「そんな…強いヴォイドを持ってる子達はみんな狩りに出ちゃってるのに」

河西が早くも泣き出す。
と、どこかに行っていたはずの峯岸が調理室に飛びこんできた。

峯岸「外見た!?どうしよう…」

秋元「あっちゃん達はまだ帰らないし…みんなで、戦うしかないね」

峯岸「そんな…あたし達だけでどうやって戦うの?強いヴォイドを持ってる子はほとんど狩りに出ちゃってるし」

峯岸の顔が青ざめる。
秋元は悔しげに拳を握った。
その手は微かに震えているが、ロボット襲撃の危機に騒ぐメンバー達に気づかれることはない。

秋元「誰か…誰か戦える人はいる?」

竹内「はるぅが戦えるけど、今は放送室に行ってて…」

秋元「すぐ呼んで来て!」

竹内「は、はいっ…!」

峯岸「才加…」

秋元「え?」

峯岸「すごい勢いでこっちに来る。あんなにたくさん…倒せるわけないよ」

秋元「だったらどうする?おとなしく降伏するの?あたしは嫌だよ」

峯岸「でも…」

中田「あ、なっつみぃ…?!」

中田が慌てる。
松原がメンバーの間から飛び出した。
窓を開け、身を乗り出す。


192 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 20:00:18.83 ID:Gq9yVzS50
峯岸「え…?」

と、次の瞬間には数体のロボットがひざまずくようにして倒れた。

松原「あたしがここで出来るだけロボットを食い止める!戦える人は下へ。そうじゃない人は避難!何がなんでもあいつらをここへ侵入させるわけにはいかないんだよ!みんなが…あっちゃん達が帰って来る。帰る場所はここなんだ。それをあいつらなんかに壊させちゃいけない!」

秋元「なっつみぃ…」

松原は続けざまにヴォイド――手裏剣――を投げた。

そのたび、確実にロボットが倒れていく。
しかし相手は大軍だ。
どこまで食い止められるか――。

松原「くっ…」

秋元「……」

秋元は戦う松原をぎりぎりまで見守っていたが、諦めて避難することにした。
と、そこで菊地の姿を見つける。


193 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 20:00:51.75 ID:Gq9yVzS50
秋元「避難するの?」

菊地「あ、はいー」

秋元「菊地のヴォイドはブーメランみたいなものだって聞いたけど」

菊地「そうそう」

秋元「だったら菊地はなっつみぃの援護しなよ。遠距離で戦えるんだから」

菊地「あ、はーい」

菊地は秋元に背中を押され、窓に近づいた。
ヴォイドを投げる。
しかしこれだけであの大軍を制圧できるとは考えにくかった。

松原「あ、下に晴香ちゃん達が出て来た!晴加ちゃーん、こっちはこっちでなるべく数減らせるように頑張るから、絶対に中学校の門は突破させないでねー」

松原が下に向かって声をかける。
すぐに島田の大声が返ってきた。

島田「任せてー!」

島田の傍には山内。
遅れて駆け寄る大家、中田、田名部、宮崎、石田、紫帆里、夏希、すみれ、鈴木まりやの9人。
全員がほぼ同時にヴォイドを構えると、校舎を守るように整列した。


194 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 20:01:36.34 ID:Gq9yVzS50
島田「来た…」

島田がぎゅっと前方を睨む。
松原達はだいぶ頑張ってくれたが、まだまだロボットの数は多い。
そしてほとんどのロボットが手にレーザー銃を所持している。

――いけるか…でも、やるしかない!!

島田「うわぁぁぁぁ!!」

先に攻撃をしかけたのは島田だった。
島田のヴォイド――マシンガン――が次々とロボットを倒していく。

山内「はるぅすごい…でもあたしだって…負けないんだから」

山内の負けず嫌い精神に火がついた。
以前の戦いの際は島田に先越され、くやしい思いをしたのだ。
今回こそは活躍してみせる。
山内はそう決心していた。

山内「……!!」

ヴォイドを片手に、山内は走り出した。
そのまま大軍を回りこむようにしてサイドにつける。
そうして片っ端からロボットを破壊しにかかる。

山内「ゴルフクラブなめなぁぁぁぁ」

山内は叫びながら、ヴォイド――ゴルフクラブ――を振りかざした。
しかしここでおとなしくやられるロボットではない。
すぐに山内はロボットに囲まれた。
そして向けられるレーザー銃。


195 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 20:02:15.86 ID:Gq9yVzS50
山内「ひっ…」

忘れていた恐怖が一気に山内を襲う。
それを打ち消すかのように、滅茶苦茶にクラブを振り回した。
相手が怯む様子はない。
感情のないロボット達は、じりじりと山内に迫ってくる。

――やられる…!!

山内の力が抜ける。
と、その時、目の前を高速で何かが横切った。
それは山内に向けられたレーザーを包み込むと、今度はふわふわと漂いはじめる。

――しゃぼん玉…?

山内はロボットに包囲されていることも忘れ、呆然と辺りを見回した。
その間に飛び出してきた石田がヴォイド――鞭――で、山内を包囲していたロボットを次々となぎ倒していく。

山内「はるきゃんさん!」

石田「ったく、無茶すぎるんだよあんた」

石田は戦いながら、ちらりと山内を睨んだ。
山内は石田のその表情から、優しさを感じ取る。

山内「ありがとうございます」

石田「お礼ならみゃおに。ほら、あんたもさっさと戦ってよ」

山内「え…?」

山内が振り返ると、そこでは宮崎がこの状況下において神経を疑うような行動を取っていた。


196 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 20:02:48.60 ID:Gq9yVzS50
宮崎「ふぅ…」

宮崎はなんとロボットを前にして、しゃぼん玉で遊んでいる。
呆気にとられる山内。
が、すぐに思い至った。

宮崎「えー?もうロボット多すぎ。間に合わないよ」

宮崎は文句を垂れながらも、しゃぼん玉を作り続ける。
それは次々とレーザー銃の攻撃を包みこみ、戦う石田を守っていた。

山内「みゃおさんのヴォイド…そういうことだったんですね」

山内は納得すると宮崎に礼を言い、石田の援護に回った。
一方大軍を正面から受け止めるのは中田と大家、夏希、紫帆里の4人。
中田はヴォイド――ボウガン――を確実に決めていく。
それを援護する形で大家と夏希、紫帆里が戦っていた。
さらにその3人の後ろには、前方での攻撃をかいくぐって責めてきたロボットを倒すための砦として、田名部、すみれ、まりやが控える。
後列のロボットは松原達が相変わらず攻撃し続けていた。

――これならあっちゃん達が戻って来るまで持ちこたえられるかも…。

減少したロボットを見て、中田は密かに勝利を確信している。
それも束の間、背後で絶望的な悲鳴を聞いた。


197 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 20:03:36.12 ID:Gq9yVzS50
田名部「キャーーー!!」

中田「たなみん?!」

一体何が起こったのか。
しかしロボットと対峙している今、後ろを振り返ることが出来ない。
中田の背すじがすっと冷たくなり、全身に鳥肌が立った。
大家と夏希、紫帆里も同じように硬直した表情をを張り付かせ、しかし攻撃の手を休めることができない状況に苛立っていた。

大家「何があったの?」

鈴木紫「大丈夫?」

すみれ「ひぃっ…」

鈴木ま「たなみん逃げてぇぇぇぇ!」

中田は急いで大家に目で合図する。
大家は頷くと、すっと身を引いて後ろに駆けていった。
大家が抜けた穴を夏希と紫帆里がカバーする。

大家「たなみん…」

そこで大家が目にしたものは、自身のヴォイド――鉄扇――を弾き飛ばされ、レーザー銃を前に無防備となった田名部の姿だった。

すみれ「やめてよ…やめて…」

すみれは泣きじゃくりながら、しかし田名部を助けに行く余裕はなく、戦い続けている。
まりやも同じく、なかなか田名部のもとへ駆け寄る隙が出来ない。
田名部は腰を抜かして、自分に向けられたレーザー銃を凝視していた。

大家「たなみんよけて!」

大家はヴォイドを振り上げる。
その瞬間、田名部の前に立ちはだかっていたロボットが音を立てて崩れ落ちた。


198 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 20:04:14.74 ID:Gq9yVzS50
大家「え…?」

ロボットが倒れた先に見えたのは、高橋のヴォイドを持った前田の姿。

前田「ごめんね、遅くなっちゃった」

前田が鼻に皺を寄せて笑う。
田名部に続き、今度は大家が腰を抜かした。

大家「あっちゃん…みんな…」

前田の背後には狩りに出ていたメンバーが勢ぞろいしていた。
板野は気がついて、田名部を助け起こしてやる。
宮澤が田名部のヴォイドを拾い上げ、手渡した。

宮澤「大丈夫?」

田名部「ありがとう…」

大島「さーて、いっちょやっちゃいますかー?」

大島はにやりと笑うと、俊敏な動作でロボットの間に割って入っていった。
それに続いて、メンバーも前田の背後から飛び出していく。
最後に高橋が前田からヴォイドを受け取り、ロボットに向かっていった。
前田はメンバー達が戦う様子をぐるりと見渡していたが、ふっとため息をつくと、大家に歩み寄ってくる。


199 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 20:05:02.34 ID:Gq9yVzS50
前田「しーちゃん、みんなで学校を守ってくれてたんだね。ありがとう」

大家「ううん、うちは何もしてないけん。なっつみぃがみんなを先導して、それを見たからうちも頑張らなきゃって思えたんよ。でも全然駄目。あっちゃんが来なかったら、うちがたなみんを助けてあげられてたかどうか…」

前田「しーちゃんは凄いよ。大丈夫」

前田はにっと歯を見せると、大家に手を伸ばした。
その笑顔は少し悲しげに見える。
大家はとまどいながら、前田の手を握った。
立ち上がる。

前田「大丈夫そう?」

大家「うん。ありがとう。うち…行ってくるわ」

大家はヴォイドを握り直すと、再び大軍に向かっていった。
残された前田は、もう出来ることがない。
今や自分自身でヴォイドを使うことが出来るようになったメンバー達。
前田はまたしても、言いようのない疎外感を味わっていた。


200 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 20:05:52.78 ID:Gq9yVzS50
数時間後――。

前田「ふぅ…」

前田はひとり屋上でため息をついていた。
フェンスにもたれかかると、そのままずるずる腰を下ろす。
月明かりが前田の横顔を照らしていた。
その表情は疲れ、思い詰めている。
メンバーの前では決して見せられない顔だ。

――今朝、たかみなひとりで震えてた…。みんなの前では平気なふりしてるけど、たかみなだって怖いんだ…。

前田は高橋の弱気な姿にショックを受けていた。
そしてその高橋を追い詰めているのは、きっと自分なのだ。

――この力…ヴォイドを取り出す力がなかったら、戦わずに済んだのかな…。あたしがこんな力持ったばっかりに…。

前田はじっと左手を見つめた。
レジスタンスとの戦いを決めたのは高橋だ。
前田の力に未来を託したのだ。
しかし高橋は今、自分の決断に迷いを感じている。
玲奈が連れ去られ、次は自分が…と不安に思うメンバー達。
すべては自分がレジスタンスとの戦いを決めたせいだと、ひとり責任を背負いこんで…。


201 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 20:06:30.34 ID:Gq9yVzS50
――このままだと…たかみながおかしくなっちゃうよ…。

前田は高橋が心配でたまらなかった。
今も高橋は体育館でメンバーの不安を一身に受け止め、相手が落ち着くまで話を聞いている。

――あたしさえこんな力を持たなければ、たかみなはきっと今とは違う決断をしてた。そうしたらあんなに責任を感じてひとり震えることなんてしなくてすんだ。全部、あたしのせいなんだ…。あたしがたかみなを苦しめてる。

前田はぎゅっと拳を握ると、力任せに床を殴った。
瞬間、痛みに飛びのき、左手をさする。
涙が滲んだ。
嗚咽が洩れそうで、唇を噛み必死に耐えた。
前田はそのまま呆然と宙を睨み続ける。
どのくらいの時間が経っただろうか――。

大島「あっちゃん、ここにいたんだ?」

大島がひょっこりと顔を出した。
手にはローソクを持っている。

前田「優子…」

前田は火に照らされた大島の顔を見つめた。
大島は優しい眼差しで見返してくる。
そうして無言のまま前田の横に腰を下ろした。
ローソクを床に置くと、膝を抱え、肌寒いねぇと言ったきり、また黙ってしまう。

――寒くなんかないよ。

大島の体から発せられる熱を、前田はほんのり感じていた。
しかしそれ以上に、隣にいる大島からは何か大きくて温かいものが伝わってくる気がした。
大島は何も言わない。
前田はなぜか安心して、めそめそと泣き出した。
それから長いこと前田の涙は止まらなかった。


203 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 20:25:25.59 ID:+Lzy0J9yO
前田「ありがとう…優子…」

やがて前田が掠れた声で言うと、大島は小さく微笑んだ。
それから2人はぽつぽつと言葉を交わし始める。

前田「今日は大変だったね」

大島「うん、でも中まで攻めこまれなくて良かったよ。ロボットは全部制圧したし」

前田「すごい数だった」

大島「うん」

前田「優子は…怖かった?戦ってる時」

前田の問いかけに、大島は少しの間黙りこんだ。
言葉を探すように唸ると、ゆっくりと口を開く。

大島「怖かった…のかな?玲奈ちゃんもいないし」

前田「致命傷を負えば助からない」

大島「うん、戦いながらそういうことがちらちらよぎったよ。失敗したらそこで終わり。次はないって」

前田「……」

大島「でもね、そのたびあっちゃんの顔が浮かんだ。あたし達に特別な力を与えてくれた、あっちゃんの女王としての能力。それに恥じることがないようしっかり戦おうって思ったんだよ」


205 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 20:33:43.12 ID:+Lzy0J9yO
前田「あたしは…女王なんかじゃない。最初はいい気になってみんなのヴォイドを使って、だけど今はそのヴォイドを取り出すことしかしてない。後は遠くからみんなが戦ってる姿を見てるだけ」

前田「ヴォイドを手にしてなければ、あたしはただの役立たずなんだよ。高みの見物してるの。たかみなや…ヴォイドを取り出された子達はみんな戦いの恐怖と向き合って、悩んで…それなのにあたしは取り出すだけ取り出したら後は何もしない」

前田「無責任だと思わない?ずるいと思わない?こんなのが女王なんて呼ばれる資格ないよ。最低だよ…あたし…」

大島「それは違うと思う」

大島は毅然とした表情で前田の言葉を否定した。

前田「え…?」

前田が叱られた子供のような顔で大島を見る。

大島「あっちゃんがいなければ、そもそもあたし達は戦うことができない。戦うあっちゃんの姿を見て、あたし達もようやくレジスタンスと対決する決心がついた」

大島「やっぱりあっちゃんは正真正銘のセンターなんだよ。みんな…あっちゃんの背中を見てる。あっちゃんに追いつきたくて必死になってる」

大島「ロボットとの戦いは厳しい。玲奈ちゃんがいなくなった今、命の危機と隣合わせで戦ってる。それでも今日、みんなは戦おうとしてたでしょ?逃げないで、この校舎を…みんなの居場所を守ろうと戦ってくれた」

大島「それだってあっちゃんがいてくれたからなんだよ。みんなを守りたいというあっちゃんの気持ちが、メンバーを変えたんだよ」

前田「あたしが…?でも、」

前田が何か言おうとするのを、大島は手で制した。

大島「女王がそんなにうじうじしてたら、みんなの士気が下がっちゃうよ。大丈夫、あっちゃんは役立たずでもずるくもない。救世主なんだよ。この世界で、ただ一つ残された希望なんだよ」

前田「優子…」

大島「だから…あっちゃんならきっとこれからもみんなをまとめて、優しい女王になれる。あたしもたかみなもサポートするから、みんなで戦おう」

前田「う、うん」

大島「それでこの前の話なんだけど…」

前田「?」


206 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 20:35:38.50 ID:+Lzy0J9yO
大島「メンバーをヴォイドによってチーム分けするって話」

前田「え?でもあの話は、メンバーの間に不満がたまるだけだからって、たかみなが終わりにしたはずだよ?」

大島「うん、でもね、あたし考えたんだ。今のあっちゃんなら、みんな信じてついてきてくれると思うの。だってこれまでだってずっとそうだったじゃない」

大島「それに今日のことを考えたら、やっぱり校舎の警備や修繕、玲奈ちゃんの救出、行方不明のメンバーの捜索…やらなきゃいけないことがたくさんあるんだよね。だからもう、みんなのヴォイドの力をはっきりさせる必要があると思う」

前田「でも…」

大島「あっちゃんがメンバーを思って決断したことなら、時間はかかっても必ずみんなには伝わる。それともあっちゃんはメンバーのこと、信じてないの?」

前田「そ、そんなことないよ!みんな大切な仲間だよ」

大島「でしょ?無理にとは言わないけど、たかみなとも相談してちょっと考えてみてくれないかな?」

大島はそう言うと、重くなった空気を変えるかのように片目をつぶってみせた。

前田「わかったよ…」

しかし前田は今のことを高橋に相談する気はない。
これ以上、高橋に負担をかけるわけにはいかないのだ。


207 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 20:36:56.75 ID:+Lzy0J9yO
大島「さーってと、じゃあそろそろ下に戻ろうか?こんなとこいつまでもいたら風邪ひいちゃうよ」

大島は立ち上がると、服を軽く手ではたいた。
前田も慌てて腰を上げる。
それからふと気になって、大島に問いかけた。

前田「前から気になってたんだけど…」

大島「?」

前田「どうして優子のヴォイドは、」

仲川「あぁ2人ともやっぱりここにいたんだ」

前田の言葉を遮るように、仲川が屋上に飛びこんできた。
また走り回っていたのか、息が切れている。

前田「何?もう戻るところだよ。どうしたの?」

仲川「大変なの。ぱるるが…ぱるるが行方不明になっちゃったんだよ」

前田「えぇ?!」


208 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 20:48:13.29 ID:+Lzy0J9yO
翌日――。

島田「ぱるる…どこ行っちゃったんだろう…」

結局あれからメンバー総出で捜索したが、島崎は発見できなかった。
メンバーは不安のまま朝を迎える。

山内「確か…シャワーを浴びに行くって言ってたんだよね?」

島田「うん」

シャワー室はプールの横にある。
一旦校舎から出て外を歩いていかなければならない場所だった。
島崎はおそらくシャワー室に行く途中か、校舎に戻る間に連れ去られたのだろうとメンバーはみていた。
臆病な島崎が、ひとりでどこかへ行くとは考えにくい。

島田「らんらん…今日狩りは?」

山内「今日はおやすみしなさいってたかみなさんが…たぶん、うちらがぱるるのことでショック受けてると思って、気を遣ってくれたんだよ」

島田「でもただこうして体育館に座ってるより、まだ狩りに出ていたほうが気が紛れるっていうか…。うち馬鹿だから体動かしてるほうが余計なこと考えなくていい」

山内「たかみなさん達が戻ってきたら相談してみようよ。うちらだけでもぱるるの捜索をさせてほしいって」

山内「しばらく狩りに参加は出来なくなっちゃうけど、そこは許してもらえると思う。それにみなるんにも一緒に来てもらえば、もし捜索の途中でロボットに遭遇してもなんとか戦えるじゃん」

島田「だけどそうして…もし昨日みたいな大軍と遭遇しちゃったら?」

山内「……」

島田の鋭い問いに、山内は口ごもった。
島田も島崎が心配なことに変わりはない。
しかし自分達がここで出過ぎた行動を起こした結果、またメンバーを悲しませるようなことがあってはならないのだ。
島田はそういったことをよく自覚していた。

島田「今は時期を待とう。大丈夫、ぱるるはきっと無事だよ…」

そして気になるのは永尾の行方だった。

山内「まりや…」

山内も同じことが頭をよぎったらしく、小さく呟いている。

山内「みんな…今どこにいるの…」


209 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 20:50:53.38 ID:+Lzy0J9yO
一方その頃、前田は――。

前田「やっぱり昨日の大軍の後だから、今日はロボット少ないね…」

ロボット狩りに出たものの、出くわすのは捕獲用の武器を所持していないロボットばかりだった。
メンバーは昨日のこともあってか、すっかりヴォイドを使いこなしている。
淡々とロボットを破壊し、調べ、しかしレジスタンスに繋がる手がかりは出て来ない。

――何かおかしい…。

前田は考える。
さっきから妙な胸騒ぎがする。
静かすぎるのだ。
出会うロボットみんな簡単に倒れていく。
ヴォイドの力が勝っているとも考えられるが、やはり妙だ。

――もしかして…レジスタンスは何かを企んでる…?

そこまで考えると、背中の辺りがぞくりと冷たくなった。

高橋「あっちゃん…?」

高橋が心配そうに前田の顔を覗きこむ。
前田は返事をすることも忘れ、考え耽っていた。

今日出会った捕獲用ロボットは武器を所持していなかった。
以前は手榴弾を投げてきたこともあったはずなのに…なぜ?
それに昨日までと比べて明らかに数が少ない。
まるで自分達を油断させるためにわざとやられてるみたいだ。

――油断…。

そうだ。
相手はこれから大きな作戦を仕掛けてくるつもりなのだ。
油断させて、一気に攻めるつもりだ。

前田「みんなちょっと待って、」

前田が口を開いたのと、板野が緊迫した声を上げたのはほとんど同時であった。


210 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 20:53:57.34 ID:+Lzy0J9yO
板野「来る!すごい数だよ!」

高橋「昨日みたいな?」

板野「ううん、そこまでは…でも…あ、やばいかも」

板野はヴォイドを使いながら、反射的に後ずさりした。

前田「ともちん?」

板野「数は昨日ほどじゃない。でも、見たことない武器を持ってる。あ、なんか投げてきた」

その瞬間、辺りは閃光し、凄まじい爆音とともにメンバーは吹き飛ばされた。
直前に高橋は前田の手を引いて、半壊したビルの地下階段へと避難させが、他のメンバーがどこへ飛ばされたのかまでは不明だ。

前田「手榴弾…でも前よりパワーアップしてるみたい」

高橋「奴らも馬鹿じゃないからね。一度試して効果がなかった武器を改良くらいするよ」

前田「みんな大丈夫かな?」

高橋「…わからない」

階段から顔だけを出して、外を確認してみる。
辺りは厚ぼったい煙に包まれていた。
耳を澄ます。
かすかに聞こえるメンバー達の呻き声。
それをかき消すかのように、ロボットの押し寄せる音が響いてくる。


212 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 21:02:50.89 ID:+Lzy0J9yO
前田「すぐ近くまで来てる。急がなきゃ」

飛び出した前田は、何かにぶつかってよろめいた。

前田「痛…」

板野「その声は…あっちゃん…?」

前田とぶつかり尻もちをついた板野が、おそるおそる問いかける。

前田「ともちん!!大丈夫?」

板野「平気。それよりこれを…」

板野にヴォイドを差し出され、前田はそれを手探りで受け取った。
覗く。
見える――メンバーの姿。
みんな地面に横たわり、痛みに呻いている。
そして持ち主を離れ、転がっているヴォイド――。

前田「あれは…陽菜の大砲…!!」

前田は板野を助け起こすと、その手にヴォイドを握らせた。

前田「向こうに地下階段がある。ともちんはそこに隠れてて」

板野「う、うん…」

高橋「状況は?」

前田「あ、たかみな」

高橋も地下から這い出し、前田に駆け寄った。
入れ替わりに板野が階段の奥へと避難する。


213 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 21:05:55.36 ID:+Lzy0J9yO
前田「向こうに陽菜のヴォイドが落ちてる。たぶんさっきの衝撃で手放しちゃったみたい。あたしはそれで戦いながら、陽菜を救助する。たかみなはあっちをお願い」

高橋「わかった」

高橋が煙の中へと飛び込んでいく。
前田は反対方向へ駆けた。
小嶋のヴォイドを拾い上げる。
すぐさま1体目のロボットが襲いかかってきた。
タッチの差で前田が勝つ。
小嶋のヴォイドで機体に穴を開け、さらに先へと進む。

――陽菜は今無防備な状態。早く見つけ出してヴォイドを持たせてあげないと。でも…。

煙のせいで前田は自分の足元すらはっきり見ることができない。
次第に目が痛み出す。
このような状態で、どうやって小嶋を探すというのか。
さらにいつロボットが視界に飛び出してくるかわからない。
前田を焦りと緊張が襲う。

――どうしよう…。

と、突然視界が晴れてきた。
煙は一瞬のうちに吹き飛んでいく。
そして前田が見たものは、圧倒的なロボットの力を前にして、無抵抗となったメンバー達の姿だった。

前田「なんで…」

右手から足音が近づいてくる。

仲川「あっちゃん!」

前田「ごんちゃん!」


214 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 21:07:55.04 ID:+Lzy0J9yO
仲川「遥香頑張ったよ。自分でヴォイドの力を制御できたよ。煙、晴れたでしょ?」

前田「ありがとう。でもこれ以上は駄目。メンバーまで吹き飛ばされちゃう。向こうにともちんが隠れてるからごんちゃんも早く行って!」

仲川「でも、」

前田「行って!怪我する前に」

仲川「わ、わかった…」

仲川がその場を離れたと同時に前田はヴォイドを構えた。
宮澤を担ぎ、連れ去ろうとしていたロボットに狙いを定める。

前田「佐江ちゃん…ごめんっ!!」

次の瞬間、崩れ落ちたロボットとともに、宮澤は地面へ投げ出された。
気を失っているようだが、とりあえず今は次のメンバーを救うことが先と判断する。

前田「萌乃ちゃん!!」

今度は仁藤を抱えたロボットを撃つ。
躊躇している暇などなかった。
頭を狙う。
反動で、仁藤はその体を回転させながら、地面に倒れた。
それから前田は周囲にいるロボットを次々と破壊すると、宮澤と仁藤のもとへ駆け寄った。

宮崎「あっちゃん…」

と、瓦礫の隙間から宮崎が顔を出した。


215 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 21:10:13.76 ID:+Lzy0J9yO
前田「ちょうど良かったみゃお、2人を攻撃から守りながら、向こうの地下階段へ避難させてあげてくれる?」

宮崎「わかった」

宮崎が宮澤と仁藤の体を揺する。
前田はそのまま2人を宮崎に任せ、走り出した。
そうして片っ端からロボットを撃つ。
相手が倒れたのを確認している余裕はない。
ただひたすらに走り、撃った。
今はロボットを完璧に制圧することより、メンバーを探すことのほうが大事だ。

小嶋「あ、あっちゃーん」

視界の端に、小嶋が両手を挙げて跳ねているのが映る。

――無事だったんだ…。

小嶋のもとへ駆け寄った。

前田「はい、陽菜のヴォイドだよ」

小嶋「ありがとー…!!あっちゃん危ないっ!後ろ!」

前田「…え?」

ジュッ…――。

背後で短い音が聞こえた。
前田が振り返った時にはすでに、後ろにいたはずのロボットはその原型がわからないほどに溶けて崩れている。

前田「……」

そしてそのロボットだった物の後ろから、大島が顔を出した。


216 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 21:12:21.12 ID:+Lzy0J9yO
大島「間一髪…てところかな」

ニッと八重歯を見せると、大島は軽快にロボットの残骸を飛び越え、前田達のもとへやって来た。

前田「ありがとう、優子…」

大島「いいってお礼なんて。それより残ってるロボットの数は?」

前田「陽菜のヴォイドでだいぶ撃ったけど、完璧に当たったかどうかはわからない。とにかく夢中だったから…」

大島「とにかくやらなきゃ駄目ってことだね。行こう」

前田「うん」


217 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 21:15:07.57 ID:+Lzy0J9yO
一方その頃、高橋は――。

高橋「ゆきりん!!」

戦いの最中で、高橋の視界の先に横たわる柏木の姿が見えた。
攻撃の手を休めることなく、呼びかける。

高橋「ゆきりん、返事して!」

柏木「…ん、んんっ…」

柏木は苦しげに眉を寄せながら、微かに瞼を開いた。
それからすぐに高橋の声を聞き、飛び起きる。
自分に何が起きたのか。
理解するより先に体が動いた。
幸いヴォイドは無事に手の中にある。

柏木「たかみなさん!」

柏木は高橋の背後から回りこむと、残りのロボットを破壊しにかかった。
柏木は夢中だった。
とにかく目の前のロボットを倒すことだけを考える。
思いは一つ。
早くこの戦いを終わらせたい。
早くみんなの待つ学校に帰りたい。
それだけだった。

高橋「……」

やがて視界にあったすべてのロボットを破壊すると、高橋はへなへなと座りこんだ。
柏木がふらつきながら、高橋のもとへやって来る。


219 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 21:18:13.86 ID:+Lzy0J9yO
柏木「まだ残りはいるんでしょうか?もうこの辺りにはロボットいないみたいですけど」

高橋「あっちゃんが向こうで戦ってる。早くあたし達も行かなきゃね」

高橋は立ち上がろうとして、しかし再び腰を下ろした。

柏木「?」

高橋「あれ?あはは…ちょっと安心したら力が抜けたみたい。情けないね。悪いけどゆきりん、手貸してくれる?」

高橋は眉を下げ、力なく笑う。
柏木は優しく目じりを下げると、高橋に手を差し出した。
だが――。

高橋「あれ?おかしいな、立てないよ」

柏木「…ハッ…!!」

高橋「え?」

柏木は気付いた。
そして、がくりとうな垂れた。
柏木の変化を見て、高橋に焦りの表情が浮かぶ。

高橋「どうしたの?」

高橋の問いに、柏木はくぐもった声で答えた。

柏木「たかみなさん…足、折れてます…」


220 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 21:20:19.46 ID:+Lzy0J9yO
一方その頃、板野は――。

板野「あっちゃんは陽菜と優子に会えたみたい。他のメンバーはわからないけど」

板野は階段の上に身を伏せ、辺りの様子を窺っていた。
奥に避難しているメンバーに声をかける。

仲川「良かった、3人ならきっと強いよ。すぐにロボットやっつけちゃうよ」

仲川が歓声を上げる。
その隣では宮澤と仁藤が暗い顔でうつむいていた。

宮澤「あたし達のヴォイド…」

仁藤「どこ行っちゃったんだろうね」

宮崎にカバーしてもらいながら階段へと逃げ込んだ2人だったが、ここへ来るまでに自分達のヴォイドを見つけることはできなかった。
前田が探してくれていればいいのだが、ヴォイドを所持していないことに心細さを感じる。

板野「大丈夫だよ。ほら、優子と陽菜にカバーしてもらいながら、あっちゃん地面ばかり見てるもん。絶対あれ、ヴォイドを探しているんだよ」

板野はそう言って、自分のヴォイドを2人に貸そうとした。
しかし2人は受け取ろうとしない。

板野「あ、そうだった…。他人のヴォイドを使うことが出来るのはあっちゃんだけだったね…」

板野はバツの悪い表情を浮かべると、再び外の様子を窺おうと向き直った。
そして、こちらへ近づく足音に気付く。


221 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 21:22:33.21 ID:+Lzy0J9yO
板野「まゆゆ…」

板野は呟くと、今度は大声でこちらの場所を知らせた。

板野「まゆゆこっち!こっちにみんな隠れてるよ」

渡辺は少しの間きょろきょろと声のした方向を探していたが、手を振る板野の姿に気付くと、ぱたぱたと駆け寄ってきた。
そして階段まで来ると、手にしていたヴォイド――盾――を下ろす。
現れたのは篠田、倉持、松原、藤江、すみれ、鈴木まりやの6人。
渡辺はその巨大な盾でメンバーを守りながら、避難する場所を探していたのだった。
6人のメンバーは全員ヴォイドを所持していない。

宮澤「みんなもヴォイド失くしたの?」

篠田「気を失って、気がついた時には持ってなかった」

倉持「あたしもそう」

藤江「あたしも。気を失って、気がついたらみんながいて、まゆゆの盾で守ってもらいながら逃げてきたんだ」

それから避難した面々は次々に爆発直後の様子を口にした。
話を聞いていた板野はふと、おかしなことに気付く。

板野「まゆゆはヴォイド持ってるよね?あの爆発の勢いで手放さなかったのはすごいね」

渡辺「うん、わたしはしっかり握ってたから…。それで爆発が起きてからみんなを探して、ここに辿り着いたんだよ」

板野「やっぱり…」

宮澤「ともちん?」


222 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 21:24:45.05 ID:+Lzy0J9yO
板野「たぶん、進化したヴォイドは今度、持ち主が意識を失うと元に戻っちゃうんじゃないのかな」

篠田「どういうこと?」

板野「話を聞くと、ヴォイドをなくした人達はみんな爆発の衝撃で一度気を失っている。そして気がつくとヴォイドを持っていなかった。だけど意識を失わなかったまゆゆはヴォイドを失くしていない。これってつまり、そういうことなんじゃないかなって…」

宮澤「じゃあまたあっちゃんに頼めばヴォイドを取り出してもらえるってこと?失くしたんじゃなければ」

板野「うん、たぶん」

宮澤「急いであっちゃんを探そう」

宮澤は慌てて立ち上がると、駆け出した。
しかし篠田に引き止められる。

篠田「待って、ヴォイドを持っていない状態で外に出るのは危ないよ。まだ敵がうろうろしているかもしれない」

宮澤「でも、あっちゃんやたかみなだけに戦わせるわけには…」

篠田「それで今無理して出て行って、もし佐江ちゃんに何かあったら、みんなが悲しむんだよ?そんな危ない真似されても、敦子とみなみは喜ばないと思う」

宮澤「……」

篠田「今は2人を信じて待とう。ヴォイドが戻れば、また戦うことはできる。自分の命を大切にできない人は、メンバーを守ることもできないとあたしは思うな」

宮澤「…そうだね…」

宮澤が肩を落とす。
と同時に、またしても何かが爆発する音が響いた。
砂埃が吹き込んでくる。
メンバーは互いに抱き合いながら、恐怖に震えた。

渡辺「……」

入り口を渡辺が盾で塞ぐ。

板野「外…見えなくなっちゃった…」

篠田「衝撃がおさまるまではまゆゆに入り口を塞いでいてもらおう。大丈夫?まゆゆ」

渡辺「平気」

こうして外の様子がわからなくなった地下階段で、メンバーは不安を抱えたまま、ただ時間が経過するのを待つしかなかった。


227 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 22:43:54.90 ID:+Lzy0J9yO
一方前田達は――。

前田「今ので…最後かな…」

小嶋の放った一撃で相手が倒れると、地面に伏せいていた前田が立ち上がった。

大島「うん、たぶん。もう見あたらない」

前田「良かった…」

小嶋「ねーねー?それよりみんなのヴォイド、見つかった?」

前田「ううん…どうしてだろう?これだけ探してるのに」

大島「もっと遠くに飛ばされたのかな?とりあえず他のメンバーを探そう。今ならみんなで手分けしてヴォイドを見つけだせるでしょ」

前田「そうだね」

前田は焦っていた。
ヴォイドを破壊されれば、持ち主の人間は死ぬことになる。
この状況下で、メンバーのヴォイドは無事なのだろうか――。

大島「あっちゃん?」

大島が不思議そうに前田の顔を覗きこむ。
ヴォイドの真実を知らされていない大島には、前田の焦りが理解できない。

前田「え?ううん…なんでもないよ」


228 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 22:46:48.69 ID:+Lzy0J9yO
大島「そ?行こう。たかみなはひとりで戦ってるんだっけ?大丈夫かな?」

前田「向こうよりこっちのほうがロボットの数は多いみたいだったから、平気だと思うけど…」

大島「誰かメンバーを見つけて一緒に戦ってたかもしれないしね。とりあえず探すとしたらたかみなが先かな?もうロボットは全滅したって教えてあげなきゃ、いつまでも警戒させたままだとかわいそうだよ」

小嶋「普通に教えたんじゃつまんないから驚かせようよ」

大島「たかみなを?」

小嶋「うん。みなみのリアクション面白い」

大島「にゃんにゃん悪っ!」

小嶋「えー?そんなことないよ」

大島「またまたぁ~。ほんと小嶋さんにはかないませんよ、……っ……」

大島は突然放心した表情になり、ゆっくりと地面に倒れた。


229 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 22:50:23.53 ID:+Lzy0J9yO
前田「優子!?」

大島を助け起こし、その肩を揺する。

小嶋「え?優子撃たれたの?変に動かしちゃまずくない?」

小嶋が前田の腕を掴んだ。
大島は浅い呼吸を繰り返しながら、目を閉じている。

前田「うわっ…うわぁぁぁ…」

前田の手に温かいものが触れた。
大島から流れ出た血が、前田の手を赤く染めている。

前田「優子!!そんな…優子…!!」

前田が呼びかけると、大島は薄く瞼を開いた。

大島「警戒しなきゃいけなかったのは…たかみなじゃなくて…あたし…だったんだね…」

大島はこんな時でも前田や小嶋に心配をかけたくないのか、無理に笑ってみせる。

前田「大丈夫だよ!大丈夫だから…みんなのとこ行こう」

前田が大島の体を起こそうとすると、小嶋も恐々手を差しのべた。
しかしそれを大島自身が制止する。

大島「駄目!!」

大島は目を見開くと、鋭い声を上げた。
小嶋の手がびくりと震えた後、引っこむ。

大島「あたしが撃たれたってことは…まだ敵が近くに残ってるってこと…。あたしはいいから、あっちゃん達は次の攻撃に…備えないと…危ない…よ…」

前田「危ないのは優子のほうだよ」

大島「あたしは…平気…こんなの掠り傷だから…」

前田「嘘!!こんなに血が出てるのに…」

小嶋「あっちゃん…なんか気配がするよ…」

小嶋が両腕を抱くようにして、辺りを窺う。

前田「そんな…」


230 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 22:53:44.77 ID:+Lzy0J9yO
大島「あっちゃん…陽菜…みんな…大好きだったよ。ずっと一緒にいたかったよ…」

前田「優子それ以上喋んないで!一緒にいるよ。これからもずっとずっとみんな一緒にいるんだよ!」

小嶋「うん」

大島「あたしがいなくなっても…あっちゃんはみんなを引っ張って行って。決して自棄を起こさないで。今まで通りみんなをまとめて…女王になるの。あっちゃんを中心とした平和で穏やかな王国…。誰も何も不満なんかない…幸せな王国になるよ」

前田「何言ってんの優子」

小嶋「そうだよもう黙りなよ」

大島「……」

前田「優子?」

大島「なれるよ。あっちゃんなら優しい女王に…なれると思うんだ…だから…」

大島は最後の力を振り絞って前田を突き飛ばした。

前田「優子!!」

大島「陽菜!あっちゃんを連れて走れ!早く!」

小嶋「うん!」

大島のもとを離れまいと抵抗する前田を、小嶋は無理に引っ張った。
小嶋は密かに泣いていた。
大島の言葉に従った時点で、大島の死を受け入れたということなのだ。
悲しい決断だった。
出来ることなら小嶋も大島の傍についていたい。助けたい。
しかしそれが叶わないことを、小嶋はすでに悟っていた。
その場から離れた直後、大島のもとに爆弾のようなものが投下された。


231 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 22:55:44.55 ID:+Lzy0J9yO
前田「……」

小嶋に羽交い締めにされ、地面に伏せていた前田は、爆風がおさまるより先に顔を上げた。
そこにあるのはえぐれて焦げた地面だけ。
大島の体は跡形もなく消えていた。

前田「嘘だよ…こんなの嘘だ…嘘だぁぁぁぁ!!」

前田は小嶋のヴォイドを奪うと、滅茶苦茶に撃った。
すべてを壊してしまいたかった。
レジスタンスも、ロボットも、そして大島のいないこの世界を――。
すべて壊れて消えてしまえばいい。

小嶋「あっちゃんやめて!返して!メンバーに当たったらどうするの?」

前田「うるさいな!」

小嶋「えーん」

一心不乱に撃ち続けると、おそらく先ほどの攻撃の主らしき生き残りのロボットに当たった。
ロボットは瓦礫の下敷きになりながら、それでも最後まで自分の役目を全うするがごとく攻撃してきたのだった。
もうほとんど壊れ、かろうじて腕を動かすだけのロボットを、前田はいつまでも撃ち続けていた。

板野「あっちゃん…」

遠くからその姿を確認していた板野は、言葉を失った。
板野の目に、前田は錯乱しているように映ったのだ。


232 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 22:57:27.84 ID:+Lzy0J9yO
ロボットはついに粉々に壊れ、飛び散り、それでも攻撃をやめない前田。
だがふいに手を休めると、放心したように宙を見つめた。
その目から大粒の涙がこぼれ落ちる。

――どうして優子が死ななきゃならなかったの?優子は何も悪いことしてないのにどうして?こんなの…ないよ…。せめて体だけでもみんなのいる所に連れて行ってあげたかった。それすらも許されないなんて…ひどすぎる…。

泣き崩れる前田を、小嶋はただ見守ることしか出来ない。
そして静かに友人の死を悼んだ。
きれいな顔を歪ませ、涙は流れるままに拭おうともしない。

前田「…決めたよ」

突然、前田が低い声で呟いた。

小嶋「……」

前田「絶対にレジスタンスを許さない。奴らを倒すためだったらなんだってやる。嫌われてもいい恨まれてもいい。レジスタンスと戦う。あたしはみんなをまとめる…女王になるよ…!」


233 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 23:00:39.07 ID:+Lzy0J9yO
数日後――。

小森「いいですよー」

小森の気の抜けた呼び声に、片山と亜美は地面を探りはじめた。

片山「こもりん、ここもうちょっと上げてくれる?」

小森「あ、はーい」

小森が自身のヴォイドであるグローブを嵌めた手を、ふわりと動かした。
足元の瓦礫が浮かび上がる。

前田亜「小森さんのヴォイドはいいな、便利だね」

亜美はそう言いながら、休みなく両手を動かした。
亜美の手には軍手。
それは片山も同じである。

片山「あった!これなんかどう?金網?何かに使えそうじゃない?」

片山が、泥だらけの金網を引っ張り出した。

前田亜「持って帰りましょう」

片山「うん」

3人は今、防壁を作るための材料探しをしている。
次にいつまたロボットが襲ってくるかわからない。
そのための対策が急がれていた。
現在メンバーはそのヴォイドの力によってグループ分けされ、それぞれの仕事をこなす日々を送っている。
戦闘や行方不明のメンバー捜索などに使えないヴォイドを持った片山と亜美は、最も格下の仕事。
一日中ひたすら瓦礫の下を探り、使えそうなものを拾うという作業だ。
小森はそのサポートをしていた。
彼女のヴォイドは物を浮かせる力を有している。


235 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 23:03:55.68 ID:+Lzy0J9yO
小森「あのぉ…」

片山「何?どうしたのこもりん」

小森「わたしもう飽きちゃったんですけど」

片山「え?早っ!まだ午前中だよ?」

小森「でも片山さん達がそうやって色々掘り起こしている間、わたしはずーっと瓦礫を浮かせてるだけなんですよね」

片山「え?やめてよ。途中で瓦礫下ろしたりしたら片山達潰されちゃうんだからね」

片山が危険を察知して飛びのいた。

小森「え?それはちゃんとやりますよ?でもなんか…地味っていうか…」

前田亜「いいじゃないですかー。地味でも」

小森「でも他の皆さんは戦ったり、監視したり、ごはんの準備をして感謝されたりしてて…。それなのにわたし達はごみ拾いみたいなもんじゃないですか?なんか…ずるくないですか?色々」

片山「し、しょうがないよ。ヴォイドランク制が実施されたんだから。力のない者はこうして裏方に回ってみんなをサポートする。決まったことじゃない」

小森「でもなぁ…。あやりんとか狩りに出ててかっこいいんだよなぁ」

前田亜「あ、わかるー。しーちゃんもかっこいい。本人はあんまり納得してないみたいだけど」

片山「まゆゆの盾もいいよね。みんなを守る!みたいな感じで…」

前田亜「はぁ…」

小森「つまんないの…」


236 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 23:05:34.48 ID:+Lzy0J9yO
片山「って、さっきから片山達全然作業進んでないじゃん!もうこもりんが変なこと言うから」

小森「え?わたしのせいなんですか?」

大島という存在が消え、メンバーは悲しみに浸る間もなく、前田からある宣言をされた。
前田の決断に、すべてのメンバーは衝撃を受けた。
中でも高橋の動揺はひどかったが、前田は顔色一つ変えず言ったのだ。
「ヴォイドランク制を導入する。すべてのヴォイドはあたしの管理下にある」
メンバーに反論する余地を与えぬ、強い口調だった。
その瞬間、メンバーはようやく自分達の置かれている状況に気付いたのだ。
前田に逆らえば、自分達は力を失う。
前田は簡単にヴォイドを引き出すことも出来れば、それを戻すことも出来てしまう。
危険と隣合わせの生活の中で、どんなちっぽけなヴォイドだって、持っていないよりはマシなのだ。
前田にヴォイドを取り上げられてしまうくらいなら、言うことを聞こう。
こうしてヴォイドランク制がはじまった。
メンバーは能力分けされ、仕事を割り振られた。
前田は大島の一件以来、メンバーに対して壁を作り、極端に口数が少なくなった。
笑わなくなり、いつも不機嫌な顔でメンバーの仕事ぶりを監視して回っている。
そこにはもう、昔の面影はない。
柔らかな空気を振りまき、明るく笑う前田敦子はもういない。
ここにいる前田は、冷酷な眼差しでメンバーを管理する、独裁者だ。
そんな前田が傍を横切るだけで、メンバーは緊張に表情を強張らせるだった。


239 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 23:10:05.32 ID:+Lzy0J9yO
一方その頃、中学校では――。

高橋「ありがとう、みぃちゃん」

高橋は包帯を巻き直してくれた峯岸に礼を述べた。
峯岸が疲れた顔で頷く。

高橋「いいの?行かなくて」

手当てが終わった後も出て行く気配のない峯岸に、高橋は問いかけた。

峯岸「うん…。まだ材料が集まってないから、あたしのヴォイドは出番なし」

高橋「そっか…」

峯岸のヴォイドは目盛りの入った三角形の盾のようなもので、それは三角定規に似ていた。
目的の物に向けてかざせば、その物を長く伸ばすことが出来る。
使い道は限られていて、主にメンバーが集めた材料を伸ばし、防壁作りのために使用していた。

峯岸「それより怪我の具合はどう?」

高橋「うん、大丈夫」

高橋の右足は柏木が指摘した通り、折れていた。
あの場で動いて戦えたのが不思議なくらいだった。
現在高橋は、前田を避けるかのように、最上階の奥にある薄暗い美術室に閉じこもり、静養している。

高橋「あたしはもういいから、みぃちゃん行って。じゃないと、」

小嶋「あ、たかみな元気ー?大丈夫?」

高橋が切羽詰った様子で何か言いかけた時、美術室の扉が開いて、小嶋が顔を出した。


240 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 23:18:02.38 ID:+Lzy0J9yO
高橋「にゃんにゃん!」

小嶋「あ、みぃちゃんもいたんだ?」

峯岸「うん」

小嶋「あーあ、なんか疲れちゃった」

小嶋はそう言っててくてくと部屋の中央まで歩いてくると、手近な椅子を引き寄せて高橋達の前に座った。

高橋「にゃんにゃん、こんなとこ来てていいの?もしさぼってるのがあっちゃんに見つかったら…」

小嶋「いいよ。なんかあたし、今のあっちゃん苦手…」

高橋「そんなこと言っちゃ駄目だよ。あっちゃんはあっちゃんなりにみんなのことを思って、決断したんだと思うよ。何の考えもなしにこんなことする子じゃない」

小嶋「うん、それはわかってるんだけどー、なんかわざとみんなに嫌われるような言葉を選んだりしてるみたいに見えるんだよね。あたし達のことも遠ざけようとしてるみたいで」

峯岸「あ、わかるわかる。なんかこの間までのあっちゃんと違う。別人だよ。怖いもん。すぐ怒って、メンバーを脅して働かせるようなこと言うし」

小嶋「今のあっちゃんを見てるのやだー」

高橋「…もう少し付き合ってあげてよ。ほらあたしは今こんなだし、それに今の状況でメンバーをまとめるのはあたしじゃなくてあっちゃんだと思う」

高橋は申し訳なさそうに、自分の右足を指差した。


241 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 23:20:24.43 ID:+Lzy0J9yO
小嶋「優子がいてくれたなら…」

小嶋がぼそりと呟く。

高橋「にゃんにゃん…」

峯岸「やっぱりあっちゃんが変わっちゃったのって、優子のことがあるから?あの日からあっちゃん、顔つきが変わった」

小嶋「ずるいよ。優子がいなくなって辛いのはあっちゃんだけじゃないのに」

大島の最後の瞬間を小嶋も目撃していた。
だからこそ、もっと前田と支え合いたいと思っているのだ。

小嶋「またみんなで歌ったり踊ったりしたいよ…」

小嶋は珍しく弱気な顔で、深いため息をついた。
その時、美術室の扉が勢いよく開け放たれる。
3人は一斉にびくりと肩を震わせた。

小嶋「あ、あっちゃん!」


242 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 23:22:46.17 ID:+Lzy0J9yO
扉に向こうに立った前田は、じろりと室内を見渡すと、荒々しい足取りで小嶋に近づいた。
無言で腕を引っ張る。

小嶋「い、痛いよあっちゃん」

小嶋がしかめ面になって抗議する。

前田「陽菜、もうすぐ狩りの時間だよ。行こう」

しかし前田は抑揚のない声で言った。
小嶋は助けを求めるように高橋と峯岸を見る。
2人は今、驚愕の表情で前田を見つめていた。

前田「行くよ。早くして」

小嶋「…わかったよ…」

渋々立ち上がった小嶋を引き連れ、前田は踵を返した。
美術室を出て行く。
しかし扉のところで立ち止まると、峯岸を振り返った。

峯岸「?」

前田「みぃちゃん…たかみなを、お願いね」

前田はそれだけ言うと、後は振り返らずに離れて行った。

高橋「……」


243 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 23:26:25.47 ID:+Lzy0J9yO
《ヴォイドランク》

A(ロボットに対して決定的な打撃を与える)
小嶋陽菜――大砲
篠田麻里子―鉄網。強靭な力で対象を包み、押し潰す
高橋みなみ―槍
中田ちさと―ボウガン
松原夏海――手裏剣
藤江れいな―弓矢
仁藤萌乃――刀
宮澤佐江――バズーカ砲
柏木由紀――クレセントアックス
佐藤すみれ―ハリセン
鈴木まりや―泡立て機
増田有華――剣
島田晴香――マシンガン
松井珠理奈―ピストル

B(ロボットに対して決定的な打撃は与えられないものの、戦闘向きではある)
大家志津香―鎖
倉持明日香―金属バット
梅田彩佳――猫手
菊地あやか―ブーメラン型の鎌
田名部生来―鉄扇
石田晴香――鞭
佐藤夏希――スパイクド・クラブ
鈴木紫帆里―グレイブ
大場美奈――トマホーク
山内鈴蘭――ゴルフクラブ


244 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 23:29:59.87 ID:+Lzy0J9yO
C(戦闘を補助する)
高城亜樹――羽。上空からの偵察
仲川遥香――プロペラ。強風を起こして対象を吹き飛ばす
板野友美――望遠鏡。地上からの偵察
渡辺麻友――盾
宮崎美穂――しゃぼん玉。敵の攻撃を閉じ込め、無効化する

D(戦闘に適さない)
多田愛佳――旗。光を放ち、対象を保温する。
片山陽加――懐中時計。対象になった物の時間を経過させる。
仲谷明香――ステッキ。対象を軟化させる。
秋元才加――グローブ。火を出現させる。
内田眞由美―ハンマー。岩を出現させる。
峯岸みなみ―定規。物体を伸長させる。
河西智美――ブレスレット。対象物を球体に変える。
小林香菜――聴診器。電気機器と会話し、使用可能にする
小森美果――グローブ。物体を浮かせる。
佐藤亜美菜―杖。対象となった物を太くする。
阿部マリア―ホース。水を出す。
高橋朱里――グローブ。物体を凍結させる。
田野優花――グローブ。怪力を発揮する。


245 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/09(月) 23:32:03.45 ID:+Lzy0J9yO
E(用途未確定、あるいは不明)
岩佐美咲、前田亜美、野中美郷、松井咲子、北原里英、近野莉菜
市川美織、入山杏奈、岩田華怜、加藤玲奈、川栄李奈、竹内美宥、仲俣汐里、中村麻里子


275 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 07:35:15.16 ID:cKc6HvOD0
一方その頃、篠田は――。

篠田「……みんな…無事?」

砂埃が舞う荒野で、篠田は声を張り上げた。
あちこちでメンバーの返事が上がる。

宮澤「なんか今日の簡単だったね」

宮澤が首をかしげた。

増田「あっさりしすぎてて調子狂わ」

増田は納得のいかない表情を浮かべる。
ロボット狩りはたった今決着がついたばかりだった。
戦闘グループのメンバーはそれぞれ辺りに転がるロボットを不思議そうに眺めている。
ここ何日かでロボットは数を増すものの、力は逆に弱まっている気がした。
まるで自分達を本気で襲う気などないみたいだ。
そしてメンバーの誰もがこの事実を勝利の兆しとは思っておらず、ただただ不気味であった。
嵐の前の静けさとならなければいいが…。

宮澤「このロボット、一体くらい持ち帰って香菜に調べてもらわない?香菜なら機械と会話できるし、レジスタンスについて手がかりを掴めるかも」

藤江「あ、それいい!」

宮澤の提案に、藤江は飛び上がって同意した。


276 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 07:36:06.26 ID:cKc6HvOD0
宮澤「でしょ?もし何もわからなくても鉄屑にして防壁の材料にすればいいし」

柏木「でも佐江ちゃん、これどうやって学校まで運ぶの?」

宮澤「あ…、もぉこんなことなら田野ちゃん連れてくればよかったぁぁ」

柏木「そうだねぇ…」

篠田「だけどロボットの構造がわかったくらいでレジスタンスの居場所がわかるとも思えないよ」

篠田が落胆の表情で呟いた。
隣では柏木が何やら身をよじり、抵抗をこころみている。

柏木「ちょっ、麻友?変なとこ触らないでよ…」

柏木は渡辺にしがみつかれ、たしなめるように声をかけていた。
しかしすぐに渡辺の様子がおかしいことに気付き、眉をひそめる。

柏木「麻友…?どうしたの?」

渡辺「あ、あそこ…今、なんか光った…」

渡辺は怯えた顔をぐいぐいと柏木の胸に押し付け、指だけでそちらの方向を示す。
増田が駆け出した。


277 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 07:36:37.09 ID:cKc6HvOD0
篠田「あ、ゆったん気をつけてよ?」

増田「平気平気」

増田はヴォイドを掲げてみせると、そのまま渡辺が示した方向を探った。
光の元はすぐに判明する。
破壊され地面に転がったロボットのうち一機が、胸に嵌めこまれたカプセルを光らせていた。

増田「何やろこれ…」

他のロボットと比べてみる。
カプセルを嵌めこまれているのはこのロボットだけだ。
おそるおそる手を伸ばす。
カプセルを取り出した。
それはちょうどペットボトルくらいの大きさで、青白い光を点滅させている。
持ってみると案外軽い。

増田「……」

と、突然増田の手の中でカプセルが回転し、音もなく開いた。
中には一枚の紙が折りたたまれた状態で入っている。

増田「手紙…?」

増田はカプセルを脇に抱え直すと、ゆっくりとその紙を開いた。


278 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 07:37:29.40 ID:cKc6HvOD0
その夜――。

篠田「相手は直接対決を望んでいる。明日の正午、ここから西に五キロほど進んだ地点でレジスタンスが待っている」

篠田はそう言って、体育館に集まったメンバーの顔を確認するように見渡した。
その手には一枚の紙が握られている。
昼間、増田がカプセルから取り出したレジスタンスからの手紙だった。

篠田「明日、ついにレジスタンスの正体がわかる。向こうはどのくらいの戦力、武器を持っているかわからない。念には念を入れて、なるべく多くの人に同行してもらいたいんだ」

手紙の内容は、レジスタンスからの要求を示すものだった。
この長い戦いに、明日で決着をつけようというもの。
こちらが勝てば、全員おとなしく投降し、一切をレジスタンスの指示に従う。
しかし負ければ、自分達は退却し、全員の無事を約束する。
その際、現在レジスタンスが捕らえているメンバーを解放する。
手紙にはそう書かれていた。
願ってもいないチャンスだった。
もしこの機会を逃せば、終わりのない戦いへとまた逆戻りすることになり、レジスタンスの正体を知るきっかけをなくす。
そして、捕われたメンバーを救出することが困難になる。

秋元「…向こうからこんなこと言ってくるなんて、それだけ敵も苦戦してるってわけか」

秋元が首をひねる。


279 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 07:38:19.66 ID:cKc6HvOD0
梅田「戦力であるロボットはあたし達がだいぶ倒しちゃったってことなんだろうね、きっと」

宮澤「うん」

篠田「あたし達はもちろんこの戦いを受ける。戦闘タイプのヴォイドを持つ者で、これに協力してくれる人はー?」

篠田は軽く手を挙げると、もう一度メンバーを見渡した。
すぐに宮澤が立ち上がる。

宮澤「もちろんあたしはやるよ!優子の仇だ」

河西「佐江ちゃん…大丈夫なの?」

宮澤「平気。今までだって戦ってきたんだもん」

河西「でも、レジスタンスがどんな戦力で攻めて来るかわからないんだよ?こんなこと言ってくるくらいだから、ロボット以上の兵器を用意してるかもしれないよ」

河西はそう言って、涙ぐんだ。
全員が河西の言葉に絶句する。
宮澤に続いて立ち上がりかけていたメンバーのうち何人かが、再び腰を下ろしてしまった。

篠田「お願い、なるべくたくさんの人の力がいるの」

しかし、メンバーは動かない。
すでに宮澤に続いて立ち上がっていた珠理奈以外、全員が目を伏せ、かたまっていた。
その様子を見て、黙っていた前田が動く。
篠田の前に立ちはだかると、睨むようにメンバーを見つめた。

前田「みんなで決められないなら、あたしが決める」


280 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 07:39:20.94 ID:cKc6HvOD0
篠田「え?そんなあっちゃん…」

前田「麻里子は黙ってて。あたし達は絶対に優子の仇を取らなきゃいけない。そのためだったらなんだってする。何も怖くないはず。これは全員の戦い。だったら誰がその戦いに挑むか、あたしが選んでも文句はないでしょ」

前田が厳しい声で言い放つと、渡辺は思わず隣の柏木にしがみついた。
柏木はそんな渡辺をなだめるように、頭をなでる。
前田はまずその2人に目をつけた。

前田「まゆゆは参加でいいよね?」

渡辺「ひぃっ…」

柏木「待って、」

しかし前田は柏木の言葉を無視して、今度は珠理奈に顔を向けた。

前田「珠理奈は念のため最初は学校に残って。待機組のメンバーを警護。もしもの時はあきちゃが飛んで呼びにくるから、その時はただちに戦いの輪に加わること。あきちゃ、お願いね」

高城「はい…」

松井珠「そんな、なんであたしは最初から参加しちゃ駄目なんですか?優子ちゃんのこともあるけど、あたしは…あたしは玲奈ちゃんを助け出したいんです。この手で、玲奈ちゃんを助けたい!!」


282 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 07:40:11.72 ID:cKc6HvOD0
前田「玲奈ちゃんは責任を持ってあたし達が救出する。全員が潰れるわけにいかないの。だから珠理奈は残って」

前田と珠理奈はしばらくの間睨み合った。
メンバーが緊張の面持ちで見守る中、先に目を逸らしたのは珠理奈だ。

松井珠「絶対に、玲奈ちゃんを助けてくださいね」

前田「約束する」

珠理奈は前田の言葉を聞くと、渋々腰を下ろした。
それから前田は淡々と、しかし強制力のある言葉でメンバーを割り振っていく。
明日の戦いには、前田、篠田、小嶋、板野、渡辺、宮澤、高城、倉持、松原、宮崎、仁藤、藤江、山内、佐藤すみれ、鈴木まりやが赴くこととなった。
一方戦闘タイプのヴォイドを持ちながら学校に残る珠理奈、柏木、梅田、菊地、増田、石田、中田、大家、田名部、佐藤夏希、鈴木紫帆里、大場、島田は、その他のメンバーを警護しながら、第2陣として戦いに備えることとなる。
明日で、すべてが決まる。
メンバーはそれぞれ、眠れぬ夜を過ごした。


283 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 07:40:59.10 ID:cKc6HvOD0
音楽室――。

藤江「あれー?ちか来てない?」

藤江は困ったように問いかけると、肩を落とした。
音楽室で布団を並べていた野中が、小さく首を振る。

野中「ちかりな?来てないよ。どこか他の部屋で寝てるんじゃないかな」

藤江「そっか、じゃあもし来たら教えてくれる?」

野中「うん、なんか用事だったの?」

藤江「…うん、わたし明日、レジスタンスと対決しなきゃいけないから…」

藤江はそう言うと、隣に立つ石田に腕をからめた。
やはり強力なヴォイドを持っているとはいっても、明日のことを考えると不安なのだ。
さっきまで石田に激励を受けていたが、それでもまだいつもの調子を取り戻すことができないでいる。
このままだと眠れそうにない。
元気のない自分は、自分じゃない。

――明日は絶対に笑顔でみんなに勝利の報告をするんだ。それまでは泣かない。流していいのは嬉し涙だけなんだから…。みんなの前で元気のない顔を見せちゃいけないよね。

だから明るい近野と一緒にいれば、いつもの自分に戻れる気がした。
あの底抜けに明るい笑顔を見れば、不安に怯えている自分が馬鹿らしく思えてくるだろう。

藤江「今日は一緒に寝ようって伝えてくれる?あたしははるきゃんと茶道室にいるから」

野中「うん、わかった伝えとく」

藤江「じゃあおやすみ」

野中「れいにゃん、明日頑張ってね」

藤江「はーい」


284 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 07:41:49.20 ID:cKc6HvOD0
藤江と石田は野中に挨拶をすると、音楽室を後にした。
歩き出して間もなく、仁藤と出くわす。

仁藤「あ、れいにゃん、はるきゃん」

藤江「今ね、ちか探してるの。どこにいるか知らない?」

藤江が尋ねると、仁藤が不思議そうな顔をした。

仁藤「ちかちゃんなら今一緒に…って、あれ??」

藤江「?」

仁藤はきょろきょろと視線を動かし、ついには首をかしげる。

仁藤「おかしいな、今一緒にいたんだけど」

石田「…いないよ?」

仁藤「うん。あれー?」

藤江「もうちか、明日は大事な日なのにどこうろついてるんだろう」

石田「困った人だね」

仁藤「まぁいいや、来たられいにゃんが探してたって言っとく」

藤江「ありがとう。じゃあおやすみー」

藤江と石田が立ち去る。
仁藤はそれからもしばらくその場にとどまり、近野を探していたが、結局諦め、音楽室に向かった。


285 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 07:42:28.69 ID:cKc6HvOD0
野中「あれ?早かったね」

野中はすでに布団を敷き終え、ストレッチをしていた。

仁藤「うん、シャワー混んでなかったから」

仁藤は濡れた髪をほどきながら、布団の上に座る。

仁藤「さっきそこでれいにゃんとはるきゃんに会ったよ」

野中「うん、ちかりな探してるんでしょ。あれ?萌乃ちゃん一緒じゃないの?」

仁藤「一緒だったんだけど…いつの間にかいなくなっちゃった」

野中「お手洗いかな?」

仁藤「さあわかんない」

それから仁藤と野中は近野を忘れ、明日のことを話し合った。
仁藤は明日、レジスタンスとの対決に赴くことになっている。
しかし藤江のように不安を抱えてはいなかった。
仁藤はすでに腹をくくっているのだ。

――やると決めたことを後悔している暇なんてないんだよね。

仁藤の中に、逃げるという選択肢は存在しない。

しばらくすると近野が現れ、野中から伝言を聞くと、茶道室に行ってしまった。
やがて野中の口数が少なくなり、仁藤もまた言葉が重たくなった。
数分後、音楽室には2人に安らかな寝息が響く。


287 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 07:51:23.29 ID:ieVPZnSiO
深夜――。

松井珠「あんなのないよ。なんであたしは明日の戦いに参加しちゃいけないんだろう」

篠田と小嶋に挟まれるようにして布団を敷いた珠理奈は、前田への不満を2人にぶつけた。
日頃他人の悪口や愚痴を口にしたことのない珠理奈にしては珍しい言動だったが、それだけ同じグループである玲奈への思いが強いのであろう。
2人はしばらく珠理奈の話に付き合ってやることを決め、布団の上に座った。

篠田「珠理奈はあっちゃんが意地悪で、珠理奈を第2陣にしたと思ってるの?」

松井珠「…そうじゃないと思うけど…」

小嶋「きっとあっちゃんにはあっちゃんの考えがあるんだと思うよー」

松井珠「でも、あたしはやっぱりこの手で玲奈ちゃんを助けたい。それに優子ちゃんのことで、レジスタンスを許せないのはあたしも同じです」

松井珠「それなのに前田さんは、自分だけが優子ちゃんのことで傷ついているみたいなふりして、あたしそういうの許せないの。優子ちゃんがいなくなって悲しいのはみんな一緒なのに、ひとりで責任をおって、メンバーを遠ざけて…」

篠田「あっちゃんはね、なんていうか不器用というか頑固というか…ひとりで考えこむところがあるから…」

小嶋「心配になっちゃうよね」

松井珠「でも、」


288 ◆TNI/P5TIQU 2012/07/10(火) 07:53:59.78 ID:ieVPZnSiO
篠田「今のあっちゃんは正直冷静じゃない。それでもちゃんとみんなのことを考えて、珠理奈を第2陣にしたんだと思う」

篠田「明日は相手の戦力がわからないとこに飛びこんで、決着を着けなきゃいけない。一先ず退却したり、隠れたりすることも出来ない」

篠田「だから万が一のことを考えて、あたし達が全滅した時、珠理奈にみんなをまとめて欲しいんだと思うよ。それだけあっちゃんは珠理奈のことを認めてるってこと、わかってあげて」

松井珠「麻里ちゃん…」

小嶋「玲奈ちゃんはきっと助かるよ。大丈夫」

小嶋は枕を胸の前に抱え、眠たそうに言った。
それが睡魔と闘いながら適当に発した言葉であっても、なぜだか小嶋の言葉は人の心を捉える。
珠理奈は納得すると、布団にもぐりこんだ。

松井珠「明日は、お願いします。そして…必ず無事に帰ってきてください」


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AKB前田「あたしはAKBにいてもいい人間なのかな…」



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